がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
ガンダムの設定に対する接し方について
 今まであまり深く考えてなかったんですが、ここいらでそろそろ自分の考察スタイルというか、ガンダムシリーズの設定の扱い方をどう考えているかを明文化しておこうと思います。

 ガンダムの設定に対する接し方というのはいくつかあると思うんですが、人によるスタンスの違いが特に顕著に現れるのは、「一般に公式と呼ばれる設定の説得力が乏しい場合」と「複数の矛盾する設定が存在する場合」なんじゃないかと思います。

1.一般に公式と呼ばれる設定の説得力が乏しい場合
 ガンダムは所詮創作物なので、その設定にも現実味がない場合が往々にしてあります。そういう設定に対してのアプローチは、以下のようなものがあると思います。

(1)なんとか屁理屈を捻り出して肯定する
(2)別の設定を考える

 自分がどちらにあたるかというと、(1)寄りですが、両方です。なんというか、別に説得力がある設定を作り出すことが出来ればそれでいいと思うんですが、だからといって現状の設定を「なかったこと」にしようとは思わないんです。というのも、非公式設定ならいくらでもなかったことにできますが、このケースは「公式設定」の場合なので、自分の脳内でいくら否定しても絶対に「なかったこと」にはならないわけなんですよね。むしろ否定するより、「これって一見おかしい設定だって言われてるけど、こう考えればおかしくないんじゃない?」という提示ができたら最高だな、と思うんです。
 要するに。「新たな解釈を導き出すことで、現状の設定を肯定する」ということですね。新しい設定を考えたりもしますが、それも現状の設定を肯定するためのものであって、否定するためのものではないんです。

2.複数の矛盾する設定が存在する場合
 ガンダムは、スタジオぬえやらストリームベースやらバンダイやらが、その時代に応じて設定を塗り替えてきたこともあって、複数の設定が混在しているケースが多々あります。例えばAとBという矛盾する二つの設定がある場合、どう扱うかは以下の通りだと思います。

(1)設定Aを採用する
(2)設定Bを採用する
(3)設定Aと設定Bが両立するように上手く理屈をひねり出す
(4)全く別の設定Cを作る

 これに関しては、一番近いのは(3)ですね。(4)だけはできるだけやらないようにしています。というのも、ただでさえAかBかで混乱しているのに、もう1つ増やしたら余計混乱するじゃないですか。自分はそれで納得できたとしても、他人にとっては、その設定Cが相当説得力のあるものでないと、納得するのは難しいものです。そしてそこまで説得力のある設定を作ってしまったら、それはもうリメイクというレベルですよね。ジ・オリジンの設定をアニメ版の設定に取り込もうとする人がいないのと同じことです(レビルのフルネームとか、矛盾しない範囲では取り込む動きがあるようですが)。リメイクを否定するわけではありませんが、考察とリメイクは区別すべきだと思います。
 ただ、二つの設定を両立するように考えるといっても、その二つの設定を平等には扱いません。なぜなら、必ずどちらかが先に発表された設定であり、どちらかが後付け設定だからです。そして、そのどちらが優先されるかは、「どちらの設定が他の設定と親和性があるか」「どちらの設定がより説得力があるか」「どちらの設定の方が映像作品中の描写に近いか」等で判断します。基本的には初出の設定の方を尊重したいところなんですが、その設定がすでに大幅に塗り替えられていて、全面的に肯定するのは難しい場合(ガンダムセンチュリーとかね)は、後付けの方を優先するべきですし、かといって古い設定を完全になかったことにするわけでもありません。
 だから、こういう場合は可能な限り原典を確認します。そして双方の設定の文章を比較した上で、その中で「何故後付け設定が生まれたのか」ということを考慮に入れて(よほどのぶっ飛んだ設定でない限り、後付け設定には必ず作られた理由があります。それを考えずに「こいつは過去の設定も知らずにこんなこと書きやがって」と言うのは、浅はかかなと思います。理由を知った上で否定するのは問題ないと思いますが)、最終的な結論を導き出します。
 また、(4)はやらないと書きましたが、例えば設定Cを作ることで、設定AとBの両方も同時に肯定できるというのであれば、それも構わないと思います。以前ジムスナイパーカスタムの考察をした時に、「プロトタイプスナイパーカスタム」が存在するのであれば、SC型とSP型の設定を両立できるとしたのがいい例ですね。ただ理想は、その設定Cが完全のオリジナル設定ではなく、別の作品の別の設定で賄えることです。自分で設定を考えるのもいいですが、「そのアイデアは前に別の人がやってたよ」って突っ込まれるのがすごく嫌なんですよ(笑)

 以上が自分のスタンスです。総合すると、基本的に設定を「認める/認めない」の2つだけで考えないということです。性格的に、白か黒かという思考の人間じゃないんですよね。どちらかというと、白より鮮やかなグレーの方が好き、という感じでしょうか。ニ面性ってものが好きな人間なので。
 結局のところ、一般に公式と言われる設定を否定するのではなく、発想を転換して新しい解釈を持ち込むことで、さらに説得力を高めようというのが基本方針です。そして、その新しい解釈へのヒントとして、非公式設定やオリジナル設定を使うという感じですね。独自の設定に「作り変える」ためではなく、マイナーな設定を発掘するためでもなく、ただ誰もが知ってる設定に新しい解釈を加えて、更に説得力のある設定を「補強」したい、というのが自分にとっての「設定遊び」なのです。

 …ということを理解していただいた上でコメントをいただけると、コミュニケーションがスムーズになるかもしれません。
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あと、問題なのが「設定の引用元(いわゆるソースというやつ)」ですよね。
MGの取説の機体解説などは、全ての設定を「肯定的すぎるぐらい」雑多な設定をとり入れて(また、知らぬ間に新たに設定されたり)纏められているのでかなりの破綻が見られますが、それを「公式」とするのか(まぁ、バンダイ的には公式なんでしょうが)どうかですよね。
例を挙げると、陸戦ガンダムですがMGの解説書では「RGM-79[G]のアップデートバージョン」などと書かれており、陸戦型ジムの改良型のような記述がなされてます…。

こんな風に、どの資料をベースとするのか、同じ資料でもどれをアリにしてどれをナシにするのか…。これが意見の食い違いを生む元ではあるんですよね…。
明確な引用先を提示して書き込むのが望ましいのですが、やはり記憶に頼ってる部分があったりしますからね。

まぁ、ぶっちゃけ公式の話してるのに「アウターガンダムシリーズ(ムーンクライシスやレオンを含む)」を引用されても困るんですよね…。
あれは、もう根本から全然世界が違うじゃん…と。
2008/03/01 (土) 00:17:24 | URL | コンラッド #8l8tEjwk[ 編集 ]
オレはわりと単純です。
鳥瞰目線で「そーゆー学説もある」と。
まあ、歴史解釈と同じみたいな。

ちなみにアニメなどの映像作品も『実写の記録フィルム』以外は「真実」として扱わないコトにしてます。
つまりオフィシャル=真実ではないってスタンスですね。
逆に言えば、オレが実写と区別のつかないようなCG作品を描けば、それがオレの「真実」足りえるということなんです。うん。はい。
2008/03/01 (土) 00:41:45 | URL | 亡 #-[ 編集 ]
私は完全に初出優先派ですね。
センチュリーやMSVにリアルさを感じており、戦略戦術大図鑑などの数字に違和感を感じます。
といっても、ヲラ設定はあくまでも自分の二次小説用と考えているつもりです。

公式設定や準公式設定については取捨選択をし、通説に対する異説として扱うことにしています。
無理に整合性を取ろうとすると互いの微妙に食い違う世界観にヒビが入り魅力を損ねてしまう気がします。

まぁ、所謂ファースト厨な部分もあるので、ルロイさんが相手するのに苦労されるかなぁ…と自省してみたり(笑)

ただ、真っ向から違う意見を戦わせるのも、より説得力ある説を確立するためには必要なんじゃないかな?なんて思うのでこれからもカキコさせてくださいませ♪(深々)
2008/03/01 (土) 03:49:06 | URL | サリエル #nL6A2.tM[ 編集 ]
「一般に公式と呼ばれる設定」の「定義」なり「範囲」も問題だと思うんですよね。

前にサリエルさんから下記記載を教えて頂きましたが、
サ社の言葉を借りると、サ社「公式設定」とは「厳密に言えば映像化されたもの及び映像作品の中に登場するものに限って認められると考えていい」物である。更に「あと、映像化されていないからといって原作者である富野さんが書いた小説をオフィシャル扱いで無いとするのもおかしな話です。ガンダムの創造者、ある意味”神”である富野さんが作ったガンダムならばメディアを問わず、皆が正史と捉えますよね?」ともあります。
それに対して次の物はサ社「準公式設定」とされる物です。「ガンダムワールドを扱った書物やゲームなどに関してはサンライズが監修して出版許可を出していますから、そこに登場したオリジナル設定も広義的には準オフィシャルと言えるのかもしれません」

つまりガンダマーが『「考察」とか、「設定の扱い方」で議論している物』=「一般に公式と呼ばれる設定」の大半は、厳密に言えば実はサ社認識では「準公式設定」とされる物だという事を認識しておく必要があるのかなと。

そして、「一般に公式と呼ばれる設定」の「認識」も「取り扱い」も“いちご大福座談会”で
(堀口氏も含めて白、グレー、黒と)言われている様に人それぞれですからね。。。
( “いちご大福座談会”の内容については下記「kita082」さんのHP内をご参照ください。
ttp://f16.aaa.livedoor.jp/~robo/library/ichigodaifuku/ichigodaifuku-1.htm )

自分のスタンスについてはまた後ほど。
2008/03/01 (土) 19:05:26 | URL | ねも #-[ 編集 ]
>コンラッドさん
「どの資料をありにするのか」というのは、つまるところ「その資料を所持しているのか」とほぼ同義になる気がするんですよね。
もちろん個人の好みで取捨選択する場合もありますが、
どちらかというと知識量の差による齟齬のケースの方が多い気がします。

あと、出典の選別もそうですけど、自分の脳内設定と資料の設定をごっちゃにする人が非常に多いのもかなり問題だったりします。
ムンクラとかは、「ムンクラだからなぁ」と思えますが、ソースが脳内にしかないということを明示されずにさも何かに書いてある設定のように語られてしまうと、どう受け取ったらいいのかわからなくなってしまうんですよね。
さも自分の解釈のように語りながら、実は与謝野折檻氏の受け売りだったりすることもありますしねぇ。

いずれにしても、公式の解釈さえ人によって違うわけなので、
出典をできるだけ明示することが、一番無難だとは思います。
「2ちゃんさえソースが求められる時代」と言われたのはもう何年も前でしたしね。

>亡さん
要するにそれって「自分が真実であると認めたものが絶対の真実である」ってことですよね。
その真実の基準が人によって違うから、ガンダムを人と語るのは難しいんですよね(苦笑)

>サリエルさん
んー、サリエルさんがファースト厨だと思ったことはないのですが、
「出典の明示」を今以上にいただけると非常にありがたいというのが正直なところです。
意見をぶつけ合うのは楽しいし、より説得力の高い解釈を生む可能性も高くなるのですが、
相手の意見の根拠がわからないと、反論すべきなのか自分が反省すべきなのか判断できなかったりするので…。
お互い間違った認識で意見をぶつけ合うのは不毛ですしね。

>ねもさん
正直なところ、ガンダムは元々ファンが勝手に空想していい、という土壌を作ってきただけに、
(古いファンほど)「自分が公式だと思ったものが公式」と考える人が非常に多いというのが現実だと思います。
そういう人に「それは非公式設定だよ」と言っても、
「自分の脳内では公式なんだ」で返されたらおしまいなんですよねぇ。
相手の脳内まで理解することは不可能ですから、
できるだけお互いのスタンスを明示した上で、
かつ互いに相手の考え方を尊重しながら意見交換するしかないのかなぁ、と思います。
だから、まず自分が自分のスタンスを示しておこう、と思ったのです。
2008/03/01 (土) 21:51:40 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
以前はテキトー書いていた部分が多々ありましたが、
たくさんのサイトや、運営しているひとの文章を読んだりして
新しいこと(解釈の仕方も含めて)を書くことにスゴい臆病になりました。
設定とは少しズレますが、ファーストも劇場版があるので、
Gアーマー、ザクレロなどは絶対に如何ともし難いかも…。
2008/03/01 (土) 23:06:59 | URL | カセクシス #xk7ru7UM[ 編集 ]
お久しぶりです
個人的には、マクロス方式みたく開き直ってもいいかなと思っています。
つまり昔1年戦争があったという史実があり、それを元に富野監督が「機動戦士ガンダム」を製作した。「z」も「V」も「0083」も全てそう。富野監督以外にも史実を背景にいくつモノ作品を発表されている。その中でも富野監督の作品群が最も再現度高いと評判。
全ての作品が劇中作に過ぎない。

まぁ本当に開き直りなんですが。
煮詰まったら、こんな感じで開き直るのもありかと
2008/03/02 (日) 00:11:11 | URL | トロント #-[ 編集 ]
出典の明示は可能な限りしてるつもりなんで、明確に記載がないものは記憶の中で私も何処で見たのか記憶になかったりすることが多いかもしれません(苦笑)当時のアニメ雑誌などはあらかた処分してしまったので…<今後不明は不明と記載して行きますね。
以後より一層の努力をいたします(深々)

手元にある資料が基本的に以下のものしかないです…

MSV
公式百科事典
ロマンアルバム
初代映画パンフ
神の著作物(笑)=小説(初代~ハサウェイ)
フォウ・ストーリー
ZZ小説
ガンダムメカニクス1~5、7
Z映画パンフ
戦略戦術大図鑑(EB)
ガンダム大事典
初代LD(TV版&劇場版)
ZLD(TV版)
ZZLD(TV版)
0080LD
0083LD
近藤作品(MS戦記、新、ジオンの再興、バニングス、ガンダム0079、Zガンダム、サイドストーリー)

…こうしてみると私、Z関係あまり持ってないですね(爆)旭屋のヤツ買ってみます。

ねもさんがおっしゃった基準で私も考えていますが、作品ごとに異なる解釈も、神の作品優先であり、神の作品に合わせるのが一番だと思います。

また、グリーンダイバーズやガンダム・ザ・ライドなども公式にあたる映像媒体に含まれるのに対し(どちらも映画扱いらしい※)、EVOLVEは実験、IGLOOが別解釈(これは監督自身がそう語ったらしいです。ルウムの解釈などは「一つの可能性を示唆したに過ぎない」/出典不明)だそうで、参考程度にしかしていません。

※ガンダム・ザ・ライドについてはG3ガンダムの公式カラーリングが変更になったことが傍証になるかと思います。グリーンダイバーズについては明確な答えがないもののサンライズ的にはZplusを否定し、Z3号機をオフィシャル認定したい意向がEVOLVEへのホワイトユニコーン、レッドライトニング、グレイウルフの登場に繋がっていると推察されます。
2008/03/02 (日) 01:26:30 | URL | サリエル #nL6A2.tM[ 編集 ]
自分のスタンスについてですが、(長文ですいません)
相手との議論の範囲(「(準)公式範囲内」と「(準)公式+非(準)公式を含む範囲内」)によって考察スタンスを変える様に心掛けています。

「俺Z小説」を製作する上で、「俺Zの世界観」に合う設定を整備するという作業も行なっているので、その「俺設定(や解釈)」と「一般に公式と呼ばれる設定」とのバランスの確認も時々したくなるんですよね。特にルロイさんは以前「俺Z小説製作構想を持っている」と書かれていた様ですので、「公式設定考察」と、その先にある「ルロイさんや(他の方の)俺Z小説作製用設定」の一部をベンチマーク(説得力があればその部分の設定だけでも共用)にしたいとか、いうのも仄かな狙いとしてはあるのですが。。。

1の「一般に公式と呼ばれる設定の説得力が乏しい場合」ですが、
ここは基本ルロイさんと同じですね。
ただ、“いちご大福座談会”からも、サ社は「公式」も「準公式」も厳密には管理していない状態の様なので、
「公式」の「現実味の無さ度(=解釈での救済不可能度)」によっては、現状の設定を「誤解」や「誤解に基づく誤った演出」と捉えています。(丁度、トロントさん紹介のマクロス方式(って言うんですか?)の様に)
もともと論で言うと、サ社の(問題となる)公式設定もまた「作られた物でしかない」訳ですし、しかも1stは三十年位前の作品で、当時の(設定)製作者が、「そこまで考えていなかった」ので、あきらかに駄目な物は駄目(演出上の誤り)だが、製作された時期や『「ガンダム」である事』を考慮して、駄目(非現実)のままでも大勢に影響なし「黙認」というスタンスです。
実際の線引きは議論する各ガンダマーの考察スタンスや器量が問われるところではありますが。。。

TV版や、映画版、小説版、オリジンの本編に「描かれなかった物も(常識的にある方がより自然な場合は)有るだろう」派です。
ただ「描かれなかった理由」も確認・考察します。製作スタッフも「分かっていて」だから「ぼやかして描いていた」発言は尊重します。1stでは「描かれなかった物」でも「有る」だろうと勝手に言っていた物の内、幾つかは1stの後に作製された作品では描写された物もありますしね。(自己基準はどちらが自然で、リアルで、カッコイイ(爆)か(=リアル度)ですが)
「背景」として「各作品の作られた年代の科学技術」も考慮しますが、合わせてMSを存在させる事の出来る技術や思想からの逆算としてのUC年代の科学技術レベルも考慮します。
「(0080での)義手の技術」描写は製作者側の明らかなSF科学考証力の無さの露呈ですからね。
年代が30年も進めば科学技術も現実に自立二足歩行ロボットも歩きだす程、進歩しますしね。
「実際の物理法則」も考慮します。

自分の中ではサ社の「公式」も「準公式」も(管理されていないと思っているので)「絶対」では有りません。が、良く絶対視している様に思われます(苦笑)。それは、下記理由で「重視」はしてはいるからだと思うんですね…、

「俺Z小説作製用の準備設定」で、気を付けているのは、本家Z(旧約、新約、小説)との「距離感」と(最低限Zや前後)ガンダム作品に連なる物として他の人に認知される「バランス」ですね。その範囲内に踏みとどまる為に、“俺設定を作る必要がない部分”は「準公式」を“一字一句変えずにそのまま”取り入れているんです。
が…、そこも一緒に(苦笑)「(準)公式」じゃないと言われて…、確認すると、「相手が知らなかっただけだったり」、「主流から外れていたり」、「設定が変えられていたり」なので、ここら辺が難しい訳ですが…。

2「複数の矛盾する設定が存在する場合」
(3)が可能なら(3)が理想ですが、A説とB説の2つの「乖離度」、「各設定の製作者」の過去作品含めたガンダム・サーガ作品(と準公式白と主流の準公式グレー設定)への「理解度」と、上記自己基準のリアル度によって(1)か(2)を選択して、それ(背骨設定の(1)か(2))に裏打ち(周りの補則)設定を付与して採る場合もありますが、これは(4)とは少し違います。必要(公式度の高さ)に応じて裏打ち設定部分を薄めれば(1)か(2)に戻る訳ですから、完全新設の(4)より準公式ネイティブに近いかと思います。
で、「裏打ち設定」は、そのまま俺Z小説用の設定にスライドする部分もある為、「リメイクというレベル」に踏み込んでしまう場合もあります。

ただ「考察」の方向性によっては「議論している設定の範疇」は区別すべきだとは思います。
が、自分のブログで記事にしている考察でも、その箇所を「(準)公式のみによる考察」、「リメイク級俺説」、「解釈級俺説」部分と区別して表記すると文章が分かり辛くなるところが頭が痛いんですよね。
かと言って「俺説」を誤って「(準)公式」と思われたくもないし…、

>自分で設定を考えるのもいいですが、「そのアイデアは前に別の人がやってたよ」って突っ込まれるのがすごく嫌なんですよ(笑)
自分の場合は、その様に突っ込まれたら、逆に無駄な考察するよりもっと前に教えてくれよと突っ込み返しますね。ソースを教えてもらって、使える同様説なら(自分で新設を用意しなくて助かるので)偉大なる前任者説を採用方針ですね。自分のと、ほぼ同じアイデアで、製作サイドの人、発の設定が準公式に採用されれば、俺説を他のガンダマーに宣伝・説明する手間も省けてこれまた大助かりだと思いますね。しかも自分の考えていた方向性の正しさの確認もできる(自己満足)のでこれまたラッキーです。

つまり、自らが製作サイドでは無く、未だに1st周辺の新作が追加されている、老朽化した公式設定の管理もされていない、現在の公式設定も永遠に公式であり続けるかは不明な、この(他人の土俵で他人のフンドシで相撲をとっている)状況下では、「(準)公式設定考察」は、「その時点でのコース・レコードの様な物」でしかなく、新しい設定が追加されたら、また塗り直す必要が生じる可能性がある物で、自分としては不毛と感じるのであまり関心が有りません。「絶対的な正解を求める物ではない」以上、「否定」も「肯定」もしない「公式や準公式の考察については、最終的にリアル度が全てで、どっちでもどれでもいい派」なんです。
ただ、「俺Z小説」を書く上ではそうも言っていられないので、「ある時点での(一人一人の内の自分の)コース・レコード」を足場にしているというだけで…。
最後に、「設定」は、面白い「作品」をつくる為の裏方の道具でしか無いと思っています。
2008/03/02 (日) 12:30:33 | URL | ねも #-[ 編集 ]
>カセクシスさん
Gアーマーやザクレロは、確かに扱うのが難しいですね。
ザクレロなんか、一体いくつのデザインがあるんだってくらいリファインされてますしね(笑)
すでに出来のいい考察がごまんとあふれているので、
後から参加するには壁が高いと感じることも確かにあります。
結局は昔の人さえ思いつかないアイデアを思いつけるかどうか、というところでしょうね。

>トロントさん
アナハイムジャーナルでは、08小隊を仰るような劇中劇と解釈していましたね。
映像作品なんかは特に演出というものがありますから、
全てを歴史的事実と捉える必要はないと思います。
例えば、ア・バオア・クーでアムロは仲間全員にテレパシーを送っていましたが、
あれは演出で、本当はそこまではやっていなかったんじゃないか、とか思いますし。
ただ、現実の戦争映画とかと違って、先にアニメがあって、それに合わせて設定が作られているのがガンダムですから、
映像の内容からあんまり剥離する設定を作るのもナンセンスだと思いますし、
このあたりのさじ加減は難しいですね。
そのさじ加減を調整するのが楽しいんですが(笑)

>サリエルさん
記憶ってすごく信用ならないもので、
自分も記憶頼りにブログ書くとすぐ指摘されちゃったりしますし、
「まず調べて」から文章を書くというのは大事なんだろうなって最近つくづく思うんです。
学校でレポート書かされるっていのも、そういう訓練だったのかなぁとか思ったり。

自分もサイトを立ち上げた頃は、挙げていただいた資料くらいしか持っていなかったんです。
でもネットをやってると知らない設定が掘れば掘るほど出てきてしまって、
それを調べているうちにこんなになっちゃったという感じですね(笑)
アホみたいな設定もあれば、これは非公式と切り捨てるのは惜しいという設定もあって、
その選別をするのが楽しくなってしまったという状態です。末期です(苦笑)

>ねもさん
詳細な解説をありがとうございます。

ガンダムって多分「未来の話」っていうのが唯一の絶対前提だと思うんですよね。
で、人々の思い描く未来というのが、30年前と今とでもずいぶん違いますし、
これからもどんどん変わっていくと思います。
その時その時に思い描かれた未来に応じて、ガンダムの未来像もまた修正されていくもので、
今の視点で見たら昔の設定はどう解釈されるべきなのか?
というのを考え続けてきたから、1年戦争の設定が未だに塗り替えられ続けてるんだろうなと思います。

自分が主にやってることは、いずれ公式サイドに塗り替えられるであろう設定を先に塗り替えてしまおうというもので、
例えば設定本の記述に「あ、ここはうちのサイト参考にしたな」と明らかに分かるようになったら成功という感じですね。

自分の「俺ゼータ」というのはまだ形にすることさえ考えていない状態ですが、
方向性としては「新訳Z」にかなり近いものです。
というか、多分小説版新訳Zという形になるでしょう(自分にもっと作家としての才能があれば、すでに小説を書き上げて富野監督か角川あたりに送りつけていると思います)。
登場人物やメカ、世界背景もまったく変えずに、
足りない設定を補い、人物関係を整理し、曖昧な部分をはっきりさせて、
1つの完成された物語にしたいなぁというのが現在のビジョンです。
そのため、アニメ設定は極力変えずに、足りない部分だけ補うという形で、「Zガンダム考」というカテゴリを作っています。
2008/03/02 (日) 14:00:25 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
自分の俺Zは旧約をベースに新約、小説版、後付け準公式設定と、自分含め様々な人のgoodな俺説から作った「ディテール・アップ・キット」を付けただけのポップでカッコイイSF(笑)ゼータも目指しているんですが、「ディテール・アップ・キット」を付ける為の調整を行なうとか、「曖昧な部分をはっきりさせる」と、「巧妙に成立しているバランス」が崩れ、(極力、アニメ設定には手を入れない方針ですが)いろいろ取り繕わなければ成らなくなるんですよね。
最低限、自分が納得出来る「コラージュによるZのアップデート、ディテール・アップ」が出来ればいいだけなんですが…。
あと、「タネ」の分かった「マジック」をプロで無い者がやる(興醒めな作業な)訳ですから、多少(?)の俺演出家による演出のアレンジ「趣向(笑)」も必要かなとも思ってます。
2008/03/02 (日) 15:14:03 | URL | ねも #-[ 編集 ]
プロが仕事としてリメイクするわけではないですから、
多少の遊び心というか、個性は発揮したくなりますね。

今は小説より先に、ガンダムセンチュリー的なものをゼータでやりたいという欲求の方が強いです。
2008/03/02 (日) 22:24:46 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
創作と設定
設定の解釈や考察とかっていうのは、ガンダムであればフィルムに矛盾しなければなんでもいいと思います。しかしながら、考察者のあるべき姿勢として、厳密には(最終的には)作品ごとに切り離して考えるというのがあると思います。シリーズは繋げて考えたくなりますが。
一方、ねも様やルロイ様がやろうとなさっている「俺Z小説」や「Zセンチュリー」等においては、それはもう創作であって音楽で言えばラップみたいなものですよね。
・・・設定考察は、ある音楽が存在していて、その音楽について「この楽器のこの音ならこれに近い音が出る」「いや、こっちだろう?」「お前が言ってるのは、そもそも音符が合ってない」みたいな議論をしてるイメージ・・・って良く分からない例えですね(汗
話を戻しまして。創作の場合は作者の世界観を優先しても全く問題ないと思います。もう元の作品とは別次元の話になってしまっているので。
2008/03/04 (火) 03:02:23 | URL | R.M #-[ 編集 ]
二次創作の評価
連続コメントすいません。
上の続きで・・・
ですので、そういった2次創作の評価というのは、当然それ自体が面白いかどうかということが第一に問われると思います。
その面白さの一つの要素として、人によっては元の作品へのリスペクトを問う人もあると思います。
2008/03/04 (火) 03:14:47 | URL | R.M #-[ 編集 ]
面白いかどうかというのは、実は考察でも大事だと思います。
やっぱり文章はある程度面白みがないと読んでもらえないですし、
重箱の隅をつつくような考察はほとんどの人にとって「どうでもいい」ことですからね。

あとはやっぱり、空想作品の設定だと、創作と考察の区別が曖昧なんで難しいです。
設定資料の話を創作設定で否定されると、さすがに困っちゃいますし。
2008/03/04 (火) 21:20:32 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
R.M.さんゑ、
ルロイさん、いや、もとい…ルロイ様は別にして、何故に急に”様”付けなのか良く分かりませんが(笑)

自分では良く「設定の解釈や考察」は、車(他の物でもいいんですが)のチューンアップや、カスタマイズに似ていると思うんです。
「フィルム」=「標準仕様の市販車」、「(シリーズ)作品」=「(接続された)道路」と想定すると、元々は「同じ車」を買っても、拘る人は「チューンアップ」や、「カスタマイズ」にそれぞれの方向性と深さで、満足出来るまで拘りますよね。また、「全然拘らない、手を加えないという(一種の)拘り方」もあります。
この「チューンアップ」や、「カスタマイズ」が、「考察」や「解釈」の方向とか深さに通じる様な気がします。
そんな事しなくても当然、車は「走れます」し、作品は「視れます」。
が、拘って手を加えれば「自己満足度は増します」し、「周りの人はあきれます」 「極めれば尊敬され」 「やり過ぎれば(○チガイ?と)恐がられます」(笑)

>シリーズは繋げて考えたくなりますが。
「がんだまーめ、これが「他の作品」と「地続き」で無いと何故分からん!!」とグリプス2に侵入したクワトロ”大佐”に怒られるかも知れませんが…、「宇宙世紀」で繋がっている筈の「作品」=「舗装」で同じ筈の「道路」。「ガンダム」で、「宇宙世紀」なら、「地続き」だと考えたくなるのが人情(ガンダマーの心情)でもあります。

「考察」も「解釈」も方向性と深さに拘って、分かりやすくて、面白い文章であれば、それはもう充分立派な「2次創作」だと思います。自分はどちらかと言うと文章よりもビジュアル(絵のインパクトで勝負)の人なので、ルロイさんには全然及びませんが…。プロも含めて他の人が書(描)いてくれない物は、自分で書(描)くしかないので…下手の横好きです。。。

余談ですが、WBの中でのアムロは描き方(演出)を大胆に変えると…(WBの難民の少女・(軍事マニアの)少年視点で描くと…)銀英伝のラインハルトの様にも出来る訳です。

ググーン(カタパルト・ハッチ展開音)
「ハッ、この振動。あの方(アムロ様)が出撃なさるんだわ」(脳裏に金髪(少女の妄想による美化)で蒼氷色の瞳が印象的な卓絶した美貌の少年の姿が浮かぶ…)
「白の貴公子…」
「爪を噛む仕草が痺れるわ、キャー」とか…(笑)


人(ルロイさん)のブログのコメント欄で何やってんだか…
2008/03/07 (金) 02:16:35 | URL | ねも #VtGGODes[ 編集 ]
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がんだまぁblogのルロイさん、Zの書のねもさんが書かれているので、私も書いてみようかと思います。 私の考察のスタンスは2種類あります...
2008/03/05(水) 07:29:22 | MOBILE SUIT IN ACTION:blog
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