がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
デルタガンダムとプロトゼータ
 ではリクエストの一番多いネタいきます。

 割と最近デザインされた可変百式ことデルタガンダムですが、このMSは頭部やシールドのデザインがプロトZガンダムと酷似しているのがポイントです。また、その変形機構はほとんどZガンダムと同一です。これはどうも「変形に失敗した百式が当初予定していた姿」というよりも「Zを参考に改めて変形できるよう再設計した百式」であるようなので、当然と言えば当然なのですが、元々こういう変形機構を考えていたという方がわかりやすかったりもします。「当初はフレーム強度の問題で無理だった→メタス式の可変システムはどうだろう→Mk-IIのフレームが手に入った。これならデルタ式でも変形できるんじゃね?→問題なし。これで決定→メタス式のはゼッツーってことで採用」って流れだと綺麗に整理できますし。
 それはそうとして、プロトZガンダムと百式って、いわゆるMS形態のプロトタイプがプロトZで、変形機構そのもののプロトタイプが百式=デルタガンダムだと考えると、この2機は具体的にどういう関係にあったのか、というのが気になってきます。少し考えてみました。
 なお、今回は世界で一番プロトZの資料が充実しているであろうゼノタさんのブログを最大限活用させていただきました。

 まず、プロトZガンダムは「ガンダムMk-II奪取以前に試作されていた非可変MS」であり、「フレームやアビオニクスがZガンダムに流用された」というのがほぼ確定事項です。
 対する百式は「Zガンダムの候補として開発されたが」「変形機構に問題があり」「非可変MSとして再設計された」機体です。

 要するに、どちらも「ゼータガンダム」の名を冠する可能性があった機体なんですよね。MSZ-006Xがいつからプロトゼータと呼ばれていたのか定かではありませんが、もしかしたらプロトゼータという名称は本来はその時点でのZガンダム候補であった、百式のプロトタイプという意味で名づけられたのかもしれないと思いました。
 で、じゃあプロトZと百式はどっちが先に完成したのだろうと思ったのです。調べてみると…

リック・ディアスの後に開発が進められていたMSN-100百式のムーバブル・フレームを設計変更し、可変機構を組み込もうとしたが、失敗し通常のMSに戻している。これはかなり複雑な変形を行わせようとしたためで、それには更にデータを蓄積する必要があった。そこで簡易変形機構のMSA-005メタスに着手した。これは難なく試作機が完成し、データを得ることができたが、MS形態時のスタイルは、これまでの機体と大幅に異なるものとなった。続いてMSZ-006Xプロト・Zガンダムを試作後、Zガンダムの正式開発に入った。:EB MS大図鑑Part.2 グリプス戦争編

Zガンダムの開発ベースとなったプロトタイプZガンダムは、Mk-II入手以前に開発されていた機体で、アナハイム独自のブロックビルドアップの概念が導入されていた機体である。(中略)そこにムーバブル・フレームの概念が導入され、百式のベースデザインが生まれた。:データコレクション機動戦士Zガンダム下巻

Zプロジェクト当初のXナンバーのプロトタイプは、どちらかといえば、同時期に開発されていたMSN-00100百式に近いか、あるいはそれまでにアナハイム社が開発した機体に似たものだった。:MG Zガンダム インスト

 と、「百式が先」「プロトZが先」「ほぼ同時期」と完全に割れているんですが(苦笑)

 …とりあえず冷静に考えて見ましょう。EBは百式が非可変→可変→非可変と2度設計変更が行われたとしています。最後の非可変が一般に知られている百式でしょう。デーコレやMGインストだと「百式」としか書いてなく、可変MSだった頃の話が書いていないため、最後に再設計された百式のことだと考えれば、どうにか…

(1)非可変MSとして百式の原型(零式?)が設計される
(2)可変MSとして再設計(Zガンダムの予定)するも、失敗
(3)代わりにメタスが開発される
(4)非可変MSとしてブロックビルドアップ方式のプロトZガンダムが開発される
(5)ほぼ同時期に非可変MSに再々設計されたムーバブルフレーム方式の百式が完成

 この順番なら一応三つの文を同時に肯定できるでしょう。たぶん。というわけで、プロトZがプロト百式の意味で名づけられたことはなさそうです。たぶん、ある意味ではどちらも「プロトZガンダム」だったのでしょう。そうなると、デルタガンダムより先にゼータガンダムという名前がつけられたのではないかという気がするんですが、それはまた別の機会に。

 ところで、近藤氏のコミック「プロジェクトZ」では、非可変MSであるプロトZガンダムと、可変MSであるZガンダム(当時未完成)は対立関係にあったように描かれていました。まぁ対立というか、百式で失敗したから非可変MSを主力にしようとしていた上層部と、それでも可変MSにこだわっている一技術者という関係でしたが。どちらかというと、プロトZの方は可変MSが失敗したときの保険としての意味合いが強かったのかな?
 結局は、メラニー会長の一声とMk-IIのフレームやカミーユのアイデアのおかげで可変MSが完成し、制式にZガンダムの名が与えられるわけです。
 ただ、ZガンダムはプロトZを流用したおかげですぐに完成できたとも言われます。可変MSの採用が決定した時点でプロトZは廃案となり、その部品がZガンダムに流用された…ということになるのですが、上述しているようにプロトZって「ブロックビルドアップ方式」であってムーバブルフレーム構造ではないですよね。でも「フレームを流用」とか書いてあるわけで、まぁ、ブロックビルドだからフレームがないってわけではないでしょうから別にいいんですけど、なんで百式のフレームじゃだめだったの?って思うわけですよ。実際旭屋のフィルムブックだと百式はZガンダムのムーバブルフレームの実験機だったとされているわけで。
 設定画を見比べても、プロトZとZの外見上の似ている点って胸部装甲(コクピットも?)くらいで、あとはせいぜい頭部と腕くらいでしょうか。Zって頭部と腕以外はどこかしら変形しますから、非可変MSが参考になるのってそのくらいでしかないと思えます。フレームというのは、もしかしたら腕部のフレームくらいしか意味していないのかもしれません。腕部はほとんど変形機構と無縁ですし。あとは、頭部とコクピットというのがセンサー系や操縦系のアビオニクス流用を意味しているのかなと思います。まぁ、要するに非可変MSと共通なところは可能な限りプロトZから流用したと考えるべきでしょう。
 ただ、1つひっかかることがあって、それが「ブロックビルドアップ」って何なのよっていうことなんですよ。これはデータコレクションによると以下のように記されています。

これは、機体各部をブロックごとに分割することによって、生産性やメンテナンス効率を向上させようとするものであった。しかし、各部を独立させることによる弊害も多く、制御系の改善が検討されていた機体でもあった。

 簡単に言えば機体を完全に分割して、それぞれが完成した部品で構成されている設計と言うことなんだと思います。それ故に全体を制御することが難しかったと。ある意味ではヘイズルやウーンドウォートに近い設計思想だと思います。ただ思ったのが、このブロックをムーバブルフレームで繋げれば可変MSになるんじゃね?っていうこと。
 つまり、プロトZとZでは変形するしないという決定的な違いがありますが、パーツごとに分割した場合、実はほとんど同じ機体だったんじゃないかと思ったんです。例えばZガンダムの腹部は変形する際に腕を収納するために外に開きますが、開くスライド機構はオリジナルのものであっても、その腹部のユニット自体はプロトZと同じユニットなんだ、とかね。
 そう考えると、「プロトZに変形機構を組み込んだのがZガンダム」なんて言われるのもあながち間違いではないのかな、と思います。

 で、各部品ごとに見た場合はプロトZがベースであっても、フルシステムのムーバブルフレーム機構であるという点ではやはり百式が母体になっているんじゃないかと思います。といっても、直接フレームが流用されているわけではなくて、ムーバブルフレームの稼動データとか、実際の運用面についてですね。クワトロが宇宙に戻るときに、最悪(クワトロ本人はいいから)百式だけでも宇宙に上げろという指示が来ています。これは、百式のデータがないとZガンダムが完成しないから、という意味だったのかもしれません。
 多分、エゥーゴ初のフルシステムでのムーバブルフレーム採用機って百式(の原型機)だったんだと思うんですよ。ナガノ博士が百式の設計を自賛していたのもその部分が大きいんじゃないかと。ただ兵器としての信頼性はいまいちで、その点でMk-IIのフレームに劣るために、実際はMk-IIタイプのフレームが主流になってしまったということになるんですが、Zの脚部なんかは外見上Mk-IIより百式に近いですし、ZガンダムはMk-IIのフレームがなければ完成しなかったとはいえ、そもそもMk-IIは非可変MSですから、元々可変MSになる予定だった百式のほうがベースとしては近いのではないかと思います。デルタガンダムの可変機構の問題点は胴体部であって、脚部のほうではないですからね。

 というわけで、デルタガンダムの変形機構をMk-IIタイプのフレームで実現し、プロトZガンダムのパーツを組み合わせ、フライングアーマーを装備したのがZガンダムだったのではないかと思います(劇中の「Mk-Ⅱとディアスに新しい装甲を付け足してみた」という台詞から、カミーユのアイデアはエクステリア部分に反映されているのかも)。
 つまり、やっぱりデルタもプロトゼータもどちらも「プロトZガンダム」だったということですね。

 じゃあ、なんでデルタガンダムの頭部とシールドがプロトZに似ているかということなんですが、頭部に関しては単純に同じ「百式タイプのヘッド」というだけなんだとおもいます。問題はシールドですね。デルタではしっかり機首ユニットになっているので(だよね?)、非可変MSに装備させる理由にないように思えます。
 ただ、プロトZが純粋に「ZガンダムのMS形態の試作機」だというなら、シールドも可変MS用のものを持たせたほうがバランス的に都合がいいわけで、おそらくはそういう理由なのではないかと思います。
 そう考えると近藤氏のコミックの描写がおかしく感じられるんですが、「当初は次期主力候補機として開発されたが、最終的には可変MSのMS形態バランス実験機として運用された」ということならなんとかなるかな?と思います。

 ちなみにプロトZからZに受け継がれた部分は「フレーム」「アビオニクス」ではなく「兵装やジェネレーター(データコレクション)」という説もあって、まぁ両方なんでしょうけど、ジェネレーターというのは微妙なところなんですよね。Zガンダムは両脚にジェネレーターを搭載していますが、プロトZはおそらく脚にはジェネレーターを積んでないと思うんですよ。プロトZと同型のものがZガンダムの脚に1基ずつ…というのも出力の数値的に疑問が残りますし、ちょっと解釈が難しいところです。

 まとめます。

(1)デルタガンダムは変形に失敗したが、その基本的な機構はZガンダムにそのまま継承されている
(2)デルタの失敗を受けて非可変MSの決定版として開発されたのがプロトZガンダム
(3)デルタガンダムはナガノ博士の手で百式として再設計される
(4)一方でメタスによるデータとMk-IIのフレーム、カミーユのアイデアを採用してデルタガンダムを再設計した可変MSの開発が企画される
(5)(4)の案が採用され、プロトZガンダムはそのMS形態の実験機として運用される
(6)プロトZのパーツを可能な限り流用して短期間でZガンダム完成
(7)Zガンダムのコストが高すぎたので、Zガンダムを参考にデルタガンダムも本来の形で完成、デルタプラスが生産される

 こんな感じでしょうか?最後のは付け足しですが、「Zガンダムはコストが高すぎて量産できなかった」というのはZプラスやリ・ガズィの設定の決まり文句みたいなものですから、直系量産機が存在しないのもそのためでしょう。
 デルタプラスは大気圏突入能力も持つらしいのである意味Zガンダムの直系と言えますが、ZプラスC1型には劣る結果だったんでしょうね。決め手はわかりませんが。
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>デルタではしっかり機首ユニットになっているので
なってない感じですが…
絵的に見る限り機首パーツの下にシールドがくっ付いた2重構造に違い感じがします
2008/02/06 (水) 19:39:14 | URL | わんこ #2DdjN05.[ 編集 ]
うーん、MSグラフィカのCGだとシールド正面の形状が分からないのでなんとも言えないです。
機首パーツというのは、MS形態時はどこにあるんでしょう?
2008/02/08 (金) 22:17:25 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
デルタガンダムとUCで出てきたデルタプラスは、どういう関係で、どう違うのでしょうか?
2012/11/12 (月) 03:07:54 | URL | #-[ 編集 ]
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