がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「新世紀ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」
 先日見てきましたので、予告通りヱヴァの話をしたいと思います。

 自分はTV版放映時に中学生でした。そういう意味で、直球ど真ん中の「エヴァ世代」です。実際は同時期にガンダムにはまり、そちらの影響が大きいのであまりエヴァに関して特別な感情は持っていないのですが、それでもこの多感な時期にああいうアニメを見たということが、精神的に大きな影響を与えたことは、言うまでもありません。社会現象になったアニメをリアルタイムで体験したという意味では、ファーストガンダム直撃世代の感覚が全く理解できないわけではないのです。
 まぁ、「私とエヴァ」みたいな話はどこにでもあるでしょうし、今回は話題にしません(来月するかも…)。あくまで、今回の新劇場版の話をしたいと思います。

 単純にガノタ目線でこの映画を見た場合、思ったのは「ガンダムは向こう50年かかってもこの境地には達しそうにないな」という感想です。庵野監督が「この10年エヴァを超えるアニメがなかった」と言うのも伊達ではないな、と思います。
 サンライズという会社はこういう、「時間も金もかけて作った超大作」のアンチとして生まれた会社ですから、物理的にこのような作品は作れないし作らない、ということもありますが、それ以上に作品にかかっている情熱、熱量というものが桁違いだなと感じました。特に、リメイクの劇場作品という意味で似ている新訳Zと比較してしまうと、比べるのがバカらしくなるくらい作品を作る姿勢というものが違っていると思います。個人的な感覚ですが、同じ予算・同じ準備期間をかけたら、新訳Zも同等以上の作品になっていたかというと、それは違うな、と思うんですよ。富野監督は昔からインタビュー等でアニメ業界の若いスタッフを馬鹿にしてきましたが、全然できるじゃないかと。こういうスタッフもいるんじゃん、と。そういうスタッフを集められない監督なり会社なりが問題なんじゃないの、と。それくらい映像が感情に訴える力のあった作品だと思います。
 かつてエヴァはアニメ界に大きな影響を与えましたが、その時エポックと認識されていたのは、キャラクターの性格やカット割の演出手法、謎めいたストーリーといった部分ばかりだったと思います。今回は(「序」ということもあって)そのあたりはあまり変えず、「動く絵」としてのアニメーションの限界に挑んでいたのかなと感じました。あまり詳しくないので現状はそうでないかもしれませんが、最近のアニメは泣けるほど「動かない」ように思えますから(苦笑)。
 このあたりの影響は、今後のアニメにも現れてくるでしょうから、とりあえず結構長い時間をかけているように思える劇場版SEEDが、これに呼応してどういうクォリティになってくるかは注目してみたいところです。期待はあまりしていませんが。

 最近のエヴァは、変なギャルゲーもどきのゲームばっかり出していたり、パチンコに進出してみたり、なんか原作者の知らないところでオタク限定の商売を好き放題やってるなぁという感じでいい気分ではなかったんですが、その一方でこれだけの作品を、あまり前情報を出すことなく(最近のフジテレビの露骨な番宣は酷いし…)発表してきたので、いい意味で裏切られたな、という気持ちもありました。それもここ数年で大きく固まっていたエヴァ=オタクというイメージを打破するような、普段あまりアニメを見ない人でも楽しめるような内容で(終盤はちょっと最近のトレンディードラマっぽいと思った)作られていた、という意味で、新訳Zがやるべきだったことを全部やった作品なのかな、とも思います。

 前半はほとんどTV版と同じ内容でした。全て新規作画ですが、ストーリーの概要はおろか台詞さえ同じです。ただ、カットされている内容もいくつかありました。特にシンジが学校に通い始める過程が大幅カットされているのは、説明不足なんじゃないか、とも思います。しかしこのあたりはテレビと映画の違いであって、映画の場合はこういうところでくどくど説明するよりも、その時間を派手な映像やクライマックスシーンの描写に費やした方が効果的というか、観客の心に残る作品にすることができるんだということなんだと思います。トウジとケンスケとの和解に関してはちゃんと外していないどころか、むしろTV版より強調していたように見えましたしね。
 まぁ、個人的にはシンジがエヴァに乗るまでの葛藤はもう少し丁寧に描いて欲しかったというのはありますが。あそこでエヴァが誰も乗っていないのに腕だけ動かしてシンジをかばう、という描写がなくなっていたのは、なにかの伏線なんでしょうかねぇ。
 でも、いきなりロボットに乗れと言われて困っているところに、「お前がダメならこの子を乗せる」と重傷の美少女が現れたら、男なら「乗ります!」って言っちゃいますよねぇ。ここのくだりは上手く出来ていると思いますね。アムロがガンダムに乗るきっかけも、フラウの両親がザクに殺されたことでした。やはり少年が戦士になるのは少女のためなんですな。

 さて、ヤシマ作戦になってから急に全く知らない絵がたくさん出るようになります。こういうのは意図的にやったのかもしれませんが、途中まで「なんだ、大して変わってないじゃん」と思わせてここでこういう展開にしてくるというのはうまいなぁ、と思います。
 スパロボでもおなじみの「あの曲」(踊る大捜査線にもオマージュされていますよね)がかかり始めてからの盛り上がりぶりは尋常じゃなかったですね。そしてオペレーター乱舞(勝手に命名)が始まるともう、「そうだ、これがエヴァなんだ!」という感じでした。
 大作戦の過程が丁寧に描かれ、それとともにシンジが戦う決意をしていくというくだりもよかったですね。まぁ、今の日本という国家が、即日このような体勢ををとれるとは到底思えないのですが、そこはネルフの超権力ってことで。そういえばネルフは国連直属の超法規的組織なわけですが、そのあたりの特別さがあまり感じられなかったのは惜しいところです。第3新東京市にこもってるだけの狭い世界の物語だからそうならざるを得ないんでしょうけど、シンジにとってのホームタウン、という日常性のほうが強調されちゃってるので、余計ギャップを感じますね。要塞都市であるということは良く分かりますが、日本にあって単なる日本の一都市ではない、世界全体の庇護を受けた特別保護区みたいな場所なんだ、という説明が欲しかったかなと思います。
 ラミエルに対し次々と陽動攻撃を仕掛け、最後に本命の一撃をエヴァでぶちこむという流れも見事。シンジにスポットが当たりすぎて、レイが急にぽっと出てきたようになってしまったのがちょっと残念でしたが、それをもってあまりある盛り上げ方だったと思います。最後は完全新規で大団円、というやり方は「星を継ぐ者」でもやってたわけですが、どうしてZは後の2作でそれができなかったのか…。

 そういうわけで、ここまで読んだ方はよく分かると思いますが、自分としては今回の劇場版については絶賛です。なんというか、どうしても最近のエヴァがらみの商売に関してかなり反感を持っていたものですから、それを作り手側がちゃんと否定して見せた、というところが嬉しかったですね。もっとも、今後はどうなるかわかりませんが。新しい女性キャラが出るみたいだし。
 ただ、それはリメイク作品としての評価であって、基本的な物語の概要は以前と変わっていないわけですから、元々のエヴァを最初の5話で受け入れられなかった人にとっては高い評価を下せる作品ではないんだろうな、と思います。そうはいっても、エヴァの最初の5話は全体を見てもかなり丁寧なつくりになっていますし、構成そのものは神がかっていると思いますね。エヴァの病的とか鬱だとかっていうイメージは後半に作られたものであって、前半はドタバタを織り交ぜつつも熱い普通の特撮アニメ(ロボットアニメ、ではないんですよね)だったと思いますし。
 あとは、今後もこの回復した健全さをある程度維持し、破綻のない物語としてまとめてくれることを祈るだけです。かつてのエヴァは途中で壊れちゃいましたし、新訳Zもここから先が難しかったですからね。同じことを何度も繰り返しながらも立ち上がり少しずつ前に進んでいく話、というコンセプトを最後まで貫いて欲しいと思います。
 今後の展開については、今予想したところでしょうがないので何も言いませんが、時系列がそのまま続いている世界だったとしても、時間が巻き戻った世界だとしても、単なるリメイクではなく「続編」であるかのよな示唆があることを考えれば、旧劇場版でシンジがサードインパクトで望んだものは、「もう一度やり直すこと」だったんだろうなと思います。
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ダークライ欲しさにエヴァよりポケモンを選んだ自分
やってる映画館遠いし他に見たい映画あったし
とりあえず来年のポケモン映画はイデオン
2007/10/04 (木) 23:05:27 | URL | わんこ #2DdjN05.[ 編集 ]
ポケモンってまだやってたんですね。
ダークライ、新月島に行けるわけではなくて直接配布するというのが微妙だなぁと思ったりしました。
来年の映画がイデオンってどういう意味ですか?
2007/10/05 (金) 19:30:54 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
>来年の映画がイデオンってどういう意味ですか?
来年の映画予告でイデオンのOPの如くレジギガスの腕が大地を割るシーンが流れました
レジギガスも名前がレジェンド・ギガースで伝説巨人=伝説巨神となればイデオン
偶然が故意かは知りませんが名前で連想できるヤツが似たような動きを次回予告でやったという事で

それにダイパにユウキ・コスモや重機動メカ臭漂うポケモンがいますし
キャラデザの杉森さん熱狂的なイデオンファンみたいですし

関係ない所でディアルガとパルキアはブレンパワードのラインと言う話も
2007/10/05 (金) 22:11:29 | URL | わんこ #2DdjN05.[ 編集 ]
>そういうスタッフを集められない監督なり会社なりが問題なんじゃないの、と。

私は富野監督の大ファンですが、残念ですけども、それは仰るとおりでしょうね…。

富野監督ご自身はあくまでも、『フリーランスの雇われ監督』というスタンスは崩さないでしょうし、サンライズという会社も『制作(仕切り屋)集団』であって、『製作(現場)集団』ではないですから…。
(追記:富野監督は『新訳Z』の頃のインタビューで、「ルーカスやスピルバーグのように、自分のスタジオを持つ事が出来なかった、その決断が出来なかった事が悔しい。でも、だからこそ自分はここまで、やって来れたのかも知れないけどね…。」という主旨の発言をされていますね。)

これは邪推ですが、ひょっとしたらガイナックスも、今回のエヴァは「『新訳Z』みたいにリメイクしてよ」と、庵野監督にオファーしたんじゃないか、と思うんです。
でも、庵野監督はそれを拒否し、敢えてカラーという自分のスタジオを立ち上げた。そして、旧世紀版のスタッフの皆さんも、その心意気に応えてみせた、という風に想像します。

エヴァ新劇場版が終わった後、カラーというスタジオがどうなるのか?
そこで解散なのか、ジブリのようになっていくのか、それともガイナックス分室みたいになるのか、今は全くわかりませんが、作品とは別の次元でこちらも興味深いです。

長々と申し訳ありませんでした。
2007/10/05 (金) 22:41:52 | URL | 通りすがり #OlZwx6X2[ 編集 ]
>わんこさん
あー、レジギガスで伝説巨神ですか。なるほど。
ポケモンってアニメだと特に露骨なオマージュをやる場合が多いんで、あり得そうですね。
しかし、次の映画はシェイミだと思ってたのに違うんですねぇ。

>通りすがりさん
最初はエヴァが4部作でリメイクという話が出たときに、
なんだそりゃSEEDスペエディみたいだなといい気がしなかったんですが、
よくもここまでやったなぁと思いましたね。
ガンダムの場合は個人スタジオを立ち上げて作るというのは権利的にほぼ無理でしょうから、
そういう意味でエヴァは上手くやったなぁと思います。

カラーがどうなるかは、まず新劇場版がどういう終わり方をするかによりそうですね。
とりあえず、何事もなく完結させてくれることを祈ります(笑)
2007/10/06 (土) 19:26:20 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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