がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
第3話「祭りの後」
「これが、これがディアナ様のなさることなんですか?」――ロラン・セアック

 ディアナは最初は出てきませんが、ロランやキース達の台詞から、よほど人徳のある偉大な人物であるとわかります。同時に、攻撃しているディアナカウンターが、本来の命令系統を無視して動いているという説明にもなっています。一つの手法ですね。こういうやり方って、いよいよその人物が出てくるぞというときに、本当に凄いぞと見る人に思わせなければならないので、作り手としては非常にプレッシャーのかかるやり方でもあると思います。

 突然来襲した見知らぬ存在に牙を剥くもの、それを追い払うために引き金を引くもの、引いた引き金が大被害をもたらし、さらに牙を剥かせる、というこの構図を見ていると、イデオンを思い出します。しかしイデオンは誤解に誤解を重ねてどんどん泥沼になっていきましたが、∀はそうはなりませんでした。その決定的な違いが、ディアナ・ソレルであり、それを信じるロラン・セアックなんですよね。

 ∀ガンダムはようやく動かし方がわかりますが、動かすだけで終わってしまいます。まだまともに動くことすら出来ません。マニュアルには∀の文字が刻まれていますが、そういえばガンダムのマニュアルはV作戦のVが刻まれていました。意図的なものなのかな。
 しかしこうして見ると、マニュアルを見ただけで、初動で動かしてコクピットだけを貫いたアムロは神だな(笑)

 ∀ガンダムをシドとジョゼフが見て、ここで初めて黒歴史という言葉が出てきます。当時はこれがキーワードだな!と思ったものです。実際そうだったんですが、しばらくこの単語はあまり使われなくなったので、拍子抜けしたというか、凄く焦らされた気分だったのを覚えています。

 今回の話のハイライトは、ディアナカウンターの攻撃によってハイムが死ぬ、というところです。実際のところ何がどうやって死んだのかわからないところが、「突然やってくる身内の死」を強く表現していると思います。戻ってきたら死んでいた、という、戦争の被害を受けた地域では当たり前の光景だったのでしょう。これまでずっと、無邪気で元気なソシエが描写されていたことで、余計にその死の悲しさが際立ちます。
 ガンダムはやたら人が死ぬアニメでしたが、その一方で重要人物の死を大きく扱うアニメでもありました。ファーストではリュウとかマチルダとかが印象的ですよね。その一方で、段々ミハルとかスレッガーとか、戦場の片隅で勝手に消えていく命という描写もあって、その後のガンダムではそちらが強調されている感じでした。Zガンダムとかな。Vガンダムはわりと大きく死が扱われていましたが、その回数が多すぎて逆にそれが以上に感じるほどでした。それに対して、∀だと人ってほとんど死なないんですよね。その分、死ぬ時の意味の大きさは巨大なものでした。ウィル・ゲイムとか。
 そして今回のハイムの死も、それこそ涙を誘うようなものですが、これを今回限りに終わらせずに、「そこにキエルがいなかった」ことを伏線にしてしまうのだから恐れ入ります。というか、多分そっちがメインなんでしょうけど。

 ロランとキースの会話は、これからパン屋で革命を起こす(?)とは思えないキースの言葉が印象的です。この時点では、選択肢に「ディアナカウンターに行く」か「遠いどこかへ逃げる」しかない。それが変わっていく、というのはなんだかカイ・シデンを思い出します。というか、この頃もまだロランとキースは敵同士になって戦うんじゃないかとマジで思ってました。一度宇宙に上がって、戻ってきた時にグエンとギンガナムがキースを訪ねたことがあったと思うのですが、あの時はキタキター!って思ったんですけどね(笑)そこで敵対しないのが∀なんですよね。

 しかしやけに中途半端なところで終わりますな。敵機を捕捉したら終わりと。なんか、かなりエピソードをぎゅうぎゅう詰めにしてるのがわかります。そりゃ、地球光が駆け足になるのも当たり前ですね。元々が圧縮されていたのをさらに圧縮したわけですから。
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