がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
オリジナルデザインはどこまで尊重すべきか?
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 こちらのサイトの「MG誌富野由悠季ガンプラ周辺事情を語る」が非常に興味深かったのでご紹介。
 モデグラのインタビューなんですね。∀放映時はまだモデグラは読んでなかったわ(汗)

 かなり色々と深みのある内容になっています。つーか富野監督ってかなりメカに詳しい人だよね。まぁ、WW2の兵器が今のガンダムみたいな扱いだった時代に子供だった人だから、これくらいの知識は当たり前なのか。

>鼻っから煙たがられてたんで、模型雑誌からインタビューを受けたことがありませんね。
>ですから模型業界とはものすごく疎遠です。

 富野監督とバンダイとの確執っていうのは、最初からあったんですね。どういう状況であれ、初めからコミュニケーションを取る意志がお互いになかったら、そりゃ信頼関係は生まれませんよね。
 まぁ、かと言ってガンプラに対して富野監督が口を出してたらそれはそれで大変だったような気がするが(笑)

>でもバンダイがそこまできちんと成型できるようになったとき、
>じつは「もうしわけないことをした」とも思いました。
>つまりどういうことかというと「大河原(邦男)さんに対して
>きちんとディレクションをしてなかったな」っていう問題に気付いて。

 バンダイは今も、まともに腰も回らなければ肩も上がらないMSのデザインを必死で動かそうとしています。プロポーションを犠牲にしてでも立て膝を可能にしてみたり、何度もデザインをリファインしたりしては旧作ファンから顰蹙を買っています。富野監督はそれに対して申し訳なさを感じているんですね。
 でも、だからといって、じゃあちゃんと腰も回るし脚も上がるザクがデザインされたとして、それを受け入れる人間がいるか、ということなんですよね。ゼロではないでしょうが、商業として成立するほどの数にはなりそうもありません。だから出来ない。イボルブ版ガンダムなんてのは、ちょうどそういうアプローチなんでしょうけど。

>デザイナーがいないんです。つまり、シド・ミードレベルの
>デザイナーが皆無だったんですね。

 要するに、ちゃんと立体として成立して、可動も人間と同じようにできるデザインとしてのモビルスーツをデザインできる人間はいないということなんですよね。アストレイなんかは、かなり頑張ってる方ではあると思うんですが。
 バンダイの設計の人たちは、結構こういうアプローチでいきたいと思っているように感じますね。ただ彼らはデザイナーではないから、新しいMSをデザインすることは出来ないし。カトキハジメも実はそういうアプローチのできる人間ではない。まぁ、ちゃんとした工学の知識をもっている人はオタク趣味に走らずまっとうな仕事につくでしょうから、二律相反な感じですけど。

>ミードさんのデザインを否定するのは構いません。
>趣味の話でなら、あんなの大嫌いでいいんです。
>ただね、本来メカニックなモデルを作るんだったら、
>あれくらいの基礎学力であれくらいのラインを引けてから
>オマエら文句を言えよと言いたいんです。
>それができないのに、20年前の、つまり動きもしない
>ガンダムやザクのモデルだけを「よい」っていってるのはおかしいぜ、
>っていうことをはっきり自覚してほしい。

 言いたいことは凄くよくわかるんですが、やっぱり小さい頃に好きだったものが一番いいって思うのは人間の心理として当たり前のことなんですよね。悪い言い方の2ch用語を使うと「懐古厨」と言うんでしょうけど。
 異性に対する感覚とかファッション感覚とかと同じで、例えば松田聖子の絶頂期に思春期だった人が、最近のアイドルのファンになれるのかなって話だと思うんですよ。あ、ロボットアニメとアイドルの相関関係って面白いテーマかもしれない。でもアイドルに詳しくないので考察は無理(笑)

>ウソ八百の、絵空ごとのロボットモデルであっても、
>なんていうのかな、”フィギュアとしてのリアリティ”がほしいんです。
>そして、本来ミニチュアモデルっていうのはそういう機能美を
>持ったものだろうと思うわけですよ。

 MSだって時代ごとにリファインされてしかるべきだ、という話にも取れます。でもそれは0080の時にダメだとわかったから、バンダイはRX-78のバージョンをアップデートし続けているわけなんですよね。多分SEEDもそこからの脱却を狙っていたんだと思うけど、肝心の監督がそういう発想と真逆の人だったという(苦笑)
 結局のところ、MSをよりリアルに改造することで楽しむというMSV的な楽しみ方よりも、あくまでキャラクターフィギュアとしてのガンプラという方向性に動いていっちゃったのが問題といえば問題なのかな、と思います。ハイコンプロなんて、まさにフィギュアですよね。でもそれは、プラモを作る時間のない大人に対するニーズに応えたものだと考えると、ちょっとその問題は根深そうです。

>あらためてミードさんの仕事ぶり、デザインワークとかをひっくり返して見たときに、
>「うわぁ、そうか、大河原ブロックガンダムっていうのは
>今年(99年)で間違いなく終わって、つまり過去の機体、零戦になった」と。

 にも関わらず未だに大河原ブロックガンダムが業界の最先端にあるという現実。ハーモニーオブガンダムとしてさらに縮小再生産されているという現実。厳しいですね。

>そう、、残っていくわけだからすごいですよ。
>だけどこんな言い方したら大河原さんには失礼なんだけど、
>腰は動かない、股は開かない、手だってちゃんと上にあがるかどうか分からない、
>本来のロボットとしての造形を何ひとつ満たしてないブロック作りのロボットがね、
>零戦になるとは思っていなかったんですよ。

 これは、正直なところ富野監督によるところが大きいんだと思いますよ。大河原氏のデザインも土台としては最高だったけど、やっぱりそれをブームにしたのは富野監督だし。あ、でもそこにガンプラブームを起こしたバンダイが絡んでくるわけか。うーん、根深いぞ(笑)

>だから、メカニックとしての、電気機器としての∀っていうモデルは
>とても大事にしたいな、と思い始めたんです。

 果たしてキングゲイナーとかリーンの翼のメカがそうだったのかというのは自分にはよくわからないのですが(笑)、これはもうその通りなんだと思います。∀ガンダムがその後のロボットデザインに影響を与えたとは言えるんだろうか?最近のロボットアニメはよく見ていないからわからないな。

>それのいちばんとどめっていうのは、SDガンダムが出てきたときですね。
>そのときにマーケット論みたいなところで
>「管理者や主権者になれる立場ではないな」ということも思い知りましたから。
>極端な言い方をすると、ガンダムでビジネスをやりたい人がいたならば、
>「それはそれでやっていただいてもけっこうなんじゃないですか?」
>ということでしかないと覚悟しました。

 確かに、SDガンダムはガンダムの完全なるキャラクター化ですから、もうどうしようもないところまで言っちゃったなと思っても仕方のないところでしょう。まぁ、それもだいぶ限界までいきましたよね。

>で、最近、たとえば『MSエンサイクロペディア』っていう
>こ~んなブ厚い本があって、それを頭からずっと見ていったんです。
>そのときに、さっき言った”バカなヤツら”という言い方が
>ホントに正しいんだなっていうことがわかってとても切なかったですね。

 富野監督がMS大全集を読んだということ自体が驚きなんですが(笑)、まぁこれだけ増殖したMSを見れば、そうも思うでしょうね。自分もMS大全集を初めて見た時は、「うへぇ、知らないMSがこんなにある」って思いましたし。それは一ファンの感覚で、そこから形式番号の穴埋めとかにのめりこんでいってしまうわけですが、それが設定を作った本人だったら、そう思うわけがないですよねと。

>どういうことかというと、
>その本にはモビルスーツのデザイン変換が克明に掲載されてるんだけど、
>「ガンダムは零戦になっちゃったかもしれない」という目線になって見たときに、
>ファーストガンダム以後のもので採用できる、
>つまりまた復刻していい機体っていうのがどれだけあったのかというと、
>ほとんどないということです。

 これはもう、結局プラモにしてもゲームにしても、ロボットものというジャンルにした時に結局ファーストガンダムじゃないと売れてないっていう現実が示していますよね。プロトZガンダムとか量産型νガンダムとかがキット化されても、売れるわけはない。

>でもね、あの、∀をやる張本人になっちゃったぼく自身、
>じつはそういう趣味趣向の視点のみで語るならば、
>ほんとうに保守的な価値観を持ったオタクなんです。
>たとえばグラマンのヘルキャットがゼロ戦に変わり得るかっていったときに、
>やっぱりぼくの価値観のなかでは変わり得ないわけ。
>クルマのデザインで言うならば、
>トヨタのエスハチと2000GTしかぼくは認めない人間なんだから。

 これ、かなり面白いですよね。ファーストしか認めない!とか言ってる原理主義者と、富野監督はある意味では同じ存在だってことですよ。そういう人だからガンダムを作れたのかなぁ・・・という気もしますが、でも仕事で結果を出したか否かという決定的な違いもあるわけで、富野に文句を言う奴は、富野以上に仕事ができるの?という話が次で語られるわけです。

>ただひとつだけはっきりと言いたいのは、
>「オマエらそれで食ってくわけじゃあねぇだろ!
>だったら、少なくともこっちの仕事の邪魔だけはしてくれるな!!」
ってことなんです。∀を否定するのもいいんです、趣味でホビーでならね。
>ただね、じつを言うとそのストーカーに近い感覚で
>仕事を邪魔する気配がちょっとあってね。

 例えば、カーマニアが、トヨタとか日産が出した新しい機種に対していちいちクレームをつけるかどうかってことなんですよね。多分しないと思うんだけど、ガンダムオタクだとそれをやっちゃう人がいる、それがうざくてしょうがないんだってことなのかな。
 まぁ、クレーマーという存在はどこにでもいるわけなんですが、それはちょっと異常な部分がある人のことで、ガンダムについてそういう文句を垂れている人がみんなクレーマーかというとそうではないですしね。趣味っていうのは自分の領分内で楽しむから趣味というのであって、そのために他者を攻撃するというのはおかしいことなんでしょう。宗教戦争みたいですよね。もう、自分の趣味が宗教みたいになってる。そういう人って、ネット上を見ると結構いるのかもしれません。ある意味では本当に、趣味が宗教の代わりになっていることがあるんだろうな。

>いちばん時間がかかったのは、スモーのデザインを
>「これがガンダムだ」って言ってきたのを、
>「これはガンダムには使えないんだよ」っていうふうに納得させるところ。

>でもフィルムが出来上がってからは順々にビデオテープをむこうに送り込んで、
>日本人のマネージャに翻訳させながら見せていってるんだけれども、
>何本か見はじめてからはほとんど言葉(会話)がいらなくなりましたね。

 文化に根ざした価値観の違いを超えるのは難しかった。結局、実物を見せるのが一番有効な方法だった。ということでしょうか。それでも出来たのがあのヒゲだったわけですから(笑)、本当に文化の違いって大きいんだと思います。というか、本当に∀ガンダムのデザインって、相当な妥協点だったんでしょうね。「ガンダムってこんなのでいい?」「うーん…今まででは一番まともだし、まぁこれでいいか…」というやり取りがあったように感じます。そりゃ大河原氏に頼むのが一番手っ取り早いよなぁ、と。
 でも困難を乗り越えないと、新しい世界って開けないんですよね。今の、できるだけ障害を減らして、リスクの少ない選択肢を選びながら最大の効果を出そうとするっていう考え方は凄く嫌いです。

>これはほんとに悲しいんだけどね、「自分たちが自由に作る」ということ、
>これはやっぱり訓練されていなければできません。
>だからそれは自己訓練していく必要性があるんですよ。

 ほんとに全くその通り。日本の教育って、先生の言われた通りにやればいいっていう教え方で、その傾向がどんどん強まってきてると思うんですよね。もう教える側が教えることを放棄して、とりあえず言う通りにしろよお前ら、ってなっちゃう。これは学校の教師だけじゃなくて、親も含めた、大人全体の話。だから言われたことしか出来なくて、怒られないように当り障りのないことを言いながらいい子を演じ続ける子供が育っちゃうんでしょ?っていう話。
 まずは、変なことをやっても安易に否定しないところから始めなきゃいけませんよね。ちょっと間違ったらダメ!って怒っちゃう大人、多すぎ。

>だから、∀ガンダムの装甲が何でできているかに関して言うと、
>じつはよくわからないんです。どうしてかっていうと、
>2000年後だか一万年後だかの材質なんだから、
>これは決定的に我々の持っているものと違うものかもしれないんです。
>その「”違うもの”としてのメタル感覚なりメカ感覚を表現するっていうことを
>そろそろはじめたら?」っていう。いやはじめてほしい!

 昔のSFって、凄くそういう考え方に満ち溢れていたと思うんですよね。本当はこうじゃないかもしれない、でもこういう感じって未来っぽいでしょ?っていうような。ガンダムだと、センチネルって本当はそういう発想だったんだと思うんだけど、カトキハジメという人間のデザインが革命的過ぎて、それをひたすら倣うだけのものになっちゃったっていうのは、ちょっと不幸な話なのかもしれません。でも、ガンダム全体がそんな感じだしね。
 多分富野監督の言うような感覚の持ち主が現れたとしても、カトキ氏の二の舞になってしまうんじゃないかと思う。そのデザインがひたすらもてはやされて、消費されて、いつしか過去のものになる。昔からそういうサイクルだったのかもしれないけど、そのスピードがあまりにも速すぎるんだよなぁ。生まれては消えていくお笑い芸人なんかはその典型。消費優先の発想が商品の寿命を縮めてるってことに、売る側が気づけなくなってる。視野が狭くなってるのかな。

>重要なのは、「死ぬまで仕事をしていたいなっていうふうに考えると、
>こういう考え方になるんですよ」っていうことなんです。

 ここが、一番オタクと違うところなんだと思います。オタクの定義って色々あると思うけど、「日常生活よりも趣味に日々のウェイトを置いている人のこと」だと思ってるので(平日の仕事よりも休日のスポーツ観戦にエネルギーを注いでいる人とかね、典型だよね)、この富野監督とそのファンたちとの平行線がずっと続いているというのが、ガンダムという商品のパラドックスなのかもしれません。

 …で、結局タイトルに戻るとね、∀ガンダムという革新があるにはあったけど、かといって既存のガンダムをおろそかにできないという立場にいるのがバンダイで、それを「そんなのもういい、これからはこれ!」って切り捨てられちゃう立場にあるのが富野監督なんですよ。
 今更古いものを新しくすることなんて出来ないし、かといって凄く新しいものを作っても誰も受け入れてくれなくて。どこまでそのままで、どこまで新しくすればいいのか、そのさじ加減が本当に難しいんだろうな、という話です。
 バンダイの挑戦は、「見た目は大河原ガンダムなのに、可動にもプロポーションにも全く破綻がないデザイン」を作るまで終わらない…のかもしれない。
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ひとつだけ気になるところがあるので書きこんでおきます。

#例えば、カーマニアが、トヨタとか日産が出した新しい機種に対していちいちクレームをつけるかどうかってことなんですよね。多分しないと思うんだけど、ガンダムオタクだとそれをやっちゃう人がいる、それがうざくてしょうがないんだってことなのかな。

「今回フルモデルチェンジした○○には、今までの××社の伝統が感じられない!」
「規格統一で○○に△△のエンジンを載せるなんて、○○に対する冒涜だ!」
このような文調で、特定の車種を非難する人はたくさんいますよ。
車の批評サイトでも、良く見かけますし、雑誌などでも、こんな書き方をするライターはいます。(人によっては本まで出してます)

それだけです。
2007/05/23 (水) 20:35:38 | URL | くっきーもんすたー #tBF1tvso[ 編集 ]
あぁ、そうなんですね。ありがとうございます。
やっぱり、本当にのめりこんでる人っていうのは、自分に合わないものを攻撃してしまうものなんですね。
2007/05/23 (水) 23:28:48 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
「ミードガンダム」という本をご存知でしょうか?シドミード氏のターンエーMSのデザイン画集です。私はこれを所有していますが、素晴らしい内容です。しかし、このエッセンスを立体作品に生かした例を私はほとんど知りません。それほどまでに難解で取り扱いが困難です。富野監督とシドミード氏のインタビューもあります。機会があれば是非一度、読まれることをお勧めします。
2007/05/24 (木) 21:31:06 | URL | もも男 #-[ 編集 ]
的外れな感想かも知れませんが、肯定にしろ否定にしろ
そんなにも頑なになっている人って本当にいるんでしょうか?
私にはちょっと考えられないことです…。
SD世代だからかなぁ??

P.S.ホットメールへジムスナ送ってみました。
2007/05/24 (木) 22:53:15 | URL | カセクシス #6x2ZnSGE[ 編集 ]
>そんなにも頑なになっている人って本当にいるんでしょうか?
これはアニメに限らず様々な分野でそういう人はいます
残念ながら・・・・
それ他人を否定することしか出来ない人間もいることもお忘れなく

これもネットの功罪の一つです
2007/05/24 (木) 23:15:33 | URL | CRS #-[ 編集 ]
> 他人を否定することしか出来ない人間もいることもお忘れなく

残念なことです…。
良い悪いは別にして様々な意見を持つ人がいて、
趣味嗜好も千差万別なのに自身と意見が違うからと言って
否定してしまうのはお話しの発展も進展もないですよね…。
2007/05/25 (金) 22:39:42 | URL | カセクシス #6x2ZnSGE[ 編集 ]
>もも男さん
当時立ち読みした記憶はありますが、買うだけの余力がなかったですね~。
しっかり読んでみたいんですが、図書館にでもあればいいんですけどね。

>カセクシスさん
結局はわがままさの度合いなんですよ。
世の中にわがままな人ってたくさんいます。
それこそ、自分が世界の常識だと思っているような連中がごまんと(苦笑)
必ずではないですが、歳を取るほど、そういう考え方に陥りやすいみたいですね。

>CRSさん
ネットによって赤の他人を誹謗中傷しやすくなったことは確かですね。
ブログの炎上なんかは端的な例といえます。
というか、昔は年功序列が絶対だったんで、歳を取る=何を否定してもいいっていう構図が多かったんでしょうけど。
2007/05/26 (土) 00:58:24 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
>否定してしまうのはお話しの発展も進展もないですよね…。
否定だけもアレですが肯定だけでも進歩はありません
私みたいな自分なりのアレンジを行う絵描きってのはある意味でオリジナルの否定をするから自分の絵を描けるのです
全肯定では絵を描く意味がありません
もちろん否定だけではなく、先人への敬意と言う意味で肯定はしますよ
まぁ絵描きの感覚なので文字書きの方には伝わり難いとおもいますが
2007/05/26 (土) 01:04:04 | URL | わんこ #2DdjN05.[ 編集 ]
> 否定だけもアレですが肯定だけでも進歩はありません
はい。否定というのはディスカッションなしに頭ごなしという意味で、
肯定も鵜呑みではなく、自身での検証などを経ないと養分にはならない
というのを書きたかったのですが、言葉足らずでスミマセン。
仰るように肯定も否定も漫然としてしまうのは思考停止と同義だと思います。
2007/05/26 (土) 17:56:31 | URL | カセクシス #6x2ZnSGE[ 編集 ]
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