がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
Zガンダムをキャラクターから考える・3「カミーユ×エマ」
 では予告通りの組み合わせで。カミーユにとって、新訳旧訳に限らずファよりも大きな影響を与えているのがエマです。
 まず、カミーユとエマの接点を旧訳から振り返ります。エマはカミーユがガンダムMk-IIに初めて乗った時に一番近くにいた人間です。この時、カミーユはブライトとの会話からエマの名前を知り、すぐにその名を呼んでいます。ハッチを閉める時に「危ないですよ」と気遣ってもいます。男でもそうしたかもしれませんが、エマだからそういう対応を取った気がしなくもありません(笑)
 次に、カミーユはフランクリンと共にエマにティターンズから逃がしてもらいます。この時点でエマに対するカミーユの信頼はかなり増していると思われますが、結局フランクリンが死んでしまうため、そちらに引っ張られてしまっている印象があります(このポジティブな事件がネガティブの事件に上塗りされていく、というパターンはエヴァがしつこいくらいにやっていますね)。
 この後サイド1に行ったりしますが、あまりカミーユとエマの交流はないまま、カミーユは地球へ降りていきます。再び宇宙に戻ると、クワトロがいないためエマがアーガマの戦闘隊長になっているわけですが、その責任感からか何なのか、エマはカミーユに説教をします。「自分のこともわからないくせに、えらぶるのではなくてよ」その言葉をそっくりそのまま返してやりたいくらいの台詞です(笑)自分も出来ていないことを他人に説教する上司ほど、信頼出来ません。その後ガブスレイに撃墜されちゃうし。カミーユにとってここでエマは疎ましい存在と認識されていることでしょう。
 その後、エマはファとカミーユに手を焼きます。「あたし、カミーユの母親代わりにはなれませんよ」「突き放して、カミーユの自覚を待つ以外、ありません」とブライトに言います。エマはカミーユに対して「育児放棄」しているのです。カミーユは結局、ファやレコアに甘えながら、アーガマ内に良好な人間関係を築けないままになってしまいます。ちなみに同じシーンで「カミーユは本能的にあたしを好きですから」とも言っており、ブライトもそれを認めるような反応を取っています。新訳のインタビューでも富野監督がカミーユの本命はエマだったと言ってますし、その辺は確定事項として良さそうです。カミーユがエマのような女性を好むのは、同じキャリアウーマン(?)だったヒルダと重なる部分があるという側面もあるでしょう。シャアだったら「エマ・シーンは私の母となってくれるかもしれなかった女性だ!」と言うかもしれません。しかしエマはカミーユを育児放棄していますから、カミーユは結局ここでも母親(的存在)に無視されているということになるのです。
 カミーユとエマは今後も交流を続けますが、基本的にエマの態度は一貫していますので、カミーユはファと喧嘩したりサラを気にしてみたりフォウを失ったりロザミィを追いかけたりして、結果的にファ以外の全ての女性を失うことになります。
 そんなわけで、エマが死ぬシーンも、もちろんカミーユとしては非常に悲しいのでしょうが、気持ちとしてはヒルダが死んだ時に近い感情(死に方が違うので同じではありません)だったのではないかと思います。すでにロザミアを撃破した時に変調をきたし、エマの目の前でバイザーを開けたりしているカミーユですが、最後に一番気を引きたかった人を失い、終末へ加速したという気がしてなりません。「エマ中尉…カミーユ・ビダン、いきます」という台詞も、「逝きます」と聞こえてきます。まるで、特攻隊に赴く学徒兵の如く。それは、(ファ以外の)全ての女性に裏切られた少年の末路だったのです。そう考えると、最後に残っていたファにZZで救われるカミーユという構図は、まるで最後に希望が残っていたパンドラの箱のようにも思えますね。それを開いたのは誰だったのか、というのはわかりませんが。

 さて、新訳です。新訳の場合、スタートは同じものの、フランクリンを逃がすわけでもなく、ほとんど会話を交わすことなく地球に降ります。宇宙にあがると、すでにカミーユとエマはある程度コミュニケーションをとれていることになっていて、例の「ニュータイプ(はぁと)」のように、かなり親密になっています。宇宙に上がってからジェリド達に襲われるまでに何があったのかは分かりませんが、この時点で旧訳にあったエマの育児放棄はなかったことになります。ただ、じゃあエマが母親代わりをやっていたかというと微妙なところで、というのもカミーユとエマの接点はその後たいしてありませんし(ラーディッシュ行っちゃいますからね)、ヘンケンとデキたりと、母親というよりは女として充実しているように思えます。しかしそれでも、エマに無視されなかったという事実の方が重大なわけで、その結果レコアを失ってもへこたれず、クワトロに対しても玉砕覚悟とは違う強気でいられるわけです。カミーユはすでにレコアとクワトロを両親と重ねる次元ではなくなっており、言わば親離れが果たされた状態であるといえます。だから、エマを失っても、目の前のファと抱きつけるのです。それは母親やエマの代理でなく、純粋にファを見つめている(ように見える)ので、まさに健全な状態と言えます。この「エマに無視されなかったカミーユ」こそ、カミーユが健やかたる所以なのではないか、という見方ができるのです。

 では、エマは何故変われたのでしょうか?特に、ここから違うというのが見つかりません。初めから別人だったように思えます。強いて言うならば、ティターンズを裏切る過程が違います。旧訳ではティターンズに戻ってから裏切りますが、新訳ではアーガマにいてそのまま裏切ります。何故か?おそらくは、それはエゥーゴ側の態度による違いでしょう。旧訳ではエゥーゴに加入後もしばらく監視がついていましたが、新訳ではそのような描写はありませんでした。省略されているだけで新訳でも監視があったのかもしれませんが、やはりエゥーゴの雰囲気は違います。そのあたりがエマの態度を変えていったのではないかと思えます。
 旧訳のエマは常に余裕がなく、他人に気遣っている暇がない、エゥーゴの中で兵士としてやっていくので精一杯という印象がありました。おそらく、裏切った身であるという後ろめたさと、それを実力で挽回しなければならないという焦りがあったのでしょう。そして、新訳のエマにはそれがなかったように見えました。その違いは、大気圏突入の際に見て取れます。ここまでのエマの焦り方はほぼ同じでした。が、そこで大気圏突入を強行した際のクワトロの対応が違っていたのは、覚えている方も多いと思います。その差、だったのではないでしょうか。つまり、ここでも新訳と旧訳の違いを作っているのはクワトロなのです。彼はエゥーゴの中心人物ですから、エゥーゴの雰囲気作りにもかなり影響していると思います。エゥーゴの雰囲気が違うというのも、彼の違いによるものではないか、というのは深読みしすぎでしょうか。
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 久しぶりにZガンダムの話題を。ルロイさんのところでエマさんのキャラクターを考察しておられました。 がんだまぁBlog Zガンダムをキャラクターから考える・3「カミーユ×エマ」エマはカミーユがガンダムMk-
2006/08/21(月) 02:37:53 | 囚人022の避難所
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