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Zガンダムの「何故」を考える2 「カミーユは何故エゥーゴに参加したか」
 動機は衝動である。本来、彼はアムロと同じ立場であり、攻めて来るエゥーゴに対しガンダムに乗るのが普通の物語の流れである。が、彼はティターンズに対して攻撃を行う。それは、尋問したMPに仕返しをするためである。この時点でカミーユは周囲の状況を見えておらず、ただ一時的な衝動でガンダムに乗っただけなのである。元々ティターンズに反感を持ってはいたが、だからと言ってエゥーゴのことを知っていたわけでもない。ただ、ティターンズに対して攻撃をしてしまった時点で、彼はエゥーゴに付く以外なくなる。それ以外の選択肢は逮捕しかないからだ。いわば、彼は衝動的に殺人を犯してしまって逃げるしかなくなる犯罪者と立場が同じなのである。ジオンがサイド7を壊滅させたように、エゥーゴがグリプスのティターンズを完全に潰してしまえば他の可能性もあったが、かつての開発中だったサイド7と違い要塞化が進んでいるグリプスはそう簡単に攻め落とせるものではなかった。
 かくして、カミーユはエゥーゴに身を投じるほかなくなってしまう。ただし、彼の両親はティターンズの関係者であり、ある程度酌量される可能性もあった(本当にわずかだが)。17歳の少年にとって帰る場所は家庭以外になく、彼の居場所の選択肢はエゥーゴか自宅かしかなくなるが、両親がいなくなったことで彼は完全に孤児となってしまうのである。シンタやクムと立場は変わらない。ただ、彼はガンダムMk-IIを操縦でき、エゥーゴ側はアムロの再来なのではないかという希望をもって、MSパイロットに任命する。他に居場所のないカミーユに拒否権はなく、毎日食っていくためには戦うしかなかった。
 つまり、カミーユにとってエゥーゴ(アーガマ)とは家そのものなのである。アムロにはまだ母の元に帰るという選択肢もあったが、カミーユにはもう戻る場所がなかったのだ。
 また、アムロは一年戦争という生きるか死ぬかの状態であり、必死に戦うほかなかった。が、カミーユの場合、確かに戦闘状態にはあるが、いつ死ぬか分からない逃避行ではなく、その気になれば逃げる余裕などいくらでもあった。なのに帰る場所がないからそこにいざるを得ないというのは、精神的にかなりのストレスになっているはずである。当然、心の支えが必要となる。本来まだ両親の支えが必要となる年齢である。元々両親にさほど構ってもらえなかったカミーユは、間違いなく大人の精神的な支えがなければ生活できない状態になっていたはずだ。が、それを見つけることが出来なかったのが旧訳のカミーユであった。
 新訳のカミーユは、甘えさせてくれるレコアと共に戦ってくれるクワトロがいた。アムロも頼れる先輩だった。だから、ある程度安心感をもって戦うことが出来たのではないだろうか。フォウを失ってからもエマとうまくコミュニケーションを取れているし、ファも旧訳のような自分勝手な行動ばかり取る女ではなくなっていた。誰にも拒絶されない余裕が、新訳と旧訳のカミーユの決定的な違いである。好意的な接し方を受けることで自分も好意的になり、そのプラスの連鎖が彼を健康にしていく。つまるところ、元をたどれば両親を失った後のカミーユの周囲の人間の接し方にあったと言える。

以下は、TV版の、フランクリンを失った後のカミーユ達の会話である。


エマ「両親は志の高い人達です。私のやることを理解して、許してくれると思います。」
カミーユ「いいですね。素敵だ。 」
レコア「カミーユ? 」
カミーユ「エマ中尉のように、真実親をやっている大人を親に持てて。 」
エマ「でも、カミーユだってご両親は…。」
カミーユ「あんなの親じゃありません!あんなの…。」
レコア「カミーユ!」
カミーユ「いけませんか、こんなこと言って!?でもね、僕は両親に親をやって欲しかったんですよ。そう言っちゃいけないんですか、子供が? 父は前から愛人を作っていたし、母は父が愛人を作っていたって仕事で満足しちゃって、そんな父を見向きもしなかったんです。軍の仕事ってそんなに大切なんですか?エゥーゴだ、ティターンズだって、そんなことじゃないんです!子供が無視されちゃ堪んないんですよ。」
クワトロ「良くわかる話だが…。」
カミーユ「死んだ両親のことは言うなというのですか? 」
クワトロ「そうだ。そして、次の世代の子供達のための世作りをしなくてはならない。」
カミーユ「僕にそんな責任があるわけないでしょう? 」
クワトロ「あるな。 」
カミーユ「大尉は僕の何なんです?目の前で二度も親を殺された僕に、何かを言える権利を持つ人なんて、いやしませんよ。 」
クワトロ「シャア・アズナブルという人のことを知ってるかな?」
カミーユ「尊敬してますよ。あの人は、両親の苦労を一身に背負って、ザビ家を倒そうとした人ですから。でも、組織に一人で対抗しようとして敗れた、馬鹿な人です。」
クワトロ「正確な評論だな。が、その言葉からすると、その人の言うことなら聞けそうだな。」
レコア「クワトロ大尉…。」
カミーユ「会えるわけないでしょ。 」
クワトロ「その人は、カミーユ君の立場とよく似ている。彼は個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破する上で一番重要なことではないのかと感じたのだ。」
カミーユ「聞けませんね、僕にとってはエゥーゴもティターンズも関係ないって言ったでしょう?大人同士の都合の中で死んでいった馬鹿な両親です。でもね、僕にとっては親だったんですよ!?クッ! 」
クワトロ「カミーユ君! 」
レコア「あんなことを持ち出して説得するなんて、上手じゃありませんね。 」
クワトロ「そうだな。俗人は、ついつい自分はこういう人を知っていると言いたくなってしまう嫌な癖があるのさ。」
カミーユ「ううう…。 」

 傷ついたカミーユに対して、クワトロは説教をしてしまう。エマもレコアも何も言葉をかけてあげていない。この時点で、カミーユはおそらく、こいつらは頼れない大人だ、と思うはずである。
 それに対して新訳の台詞はどうだったか?台詞は省略するが、大まかな違いは以下のとおりである。

・TV版ではエマの両親を僻んだが、劇場版はそのエマの発想を「頭で考えても体がついていかない」と否定する。それに対しクワトロはカミーユの肩を叩いて同意。
・「子供が無視されちゃたまんないんですよ!」の後にクワトロは言葉を挟まず、エマがシャアの話題を出す
・カミーユはレコアに倒れこみ、レコアはそれを受け止める

 この三点である。決定的に違うのはクワトロの対応だ。自分からシャアの話題を持ち出し理屈で説得を試みたTV版とは違い、カミーユの言葉を積極的に受け入れ、自分からアプローチを試みていない。この時点でカミーユは、おそらくクワトロ・バジーナという人間は頼れる大人だと認識し、連鎖的にほとんど対応が変わっていない(というかTV・映画どちらもあまり言葉を発していない)レコアに対しても好意的になり、素直に甘えてしまう。この、新訳最初の新規エピソードが、決定的に最後の崩壊を免れたカミーユまで繋がっていくのである。カミーユはアーガマを「自分の居ていい場所」だと認識し、その一員として戦うことを選ぶ。カミーユにとって、TV版のアーガマは「友達の居ない教室」であり、劇場版のアーガマは「友達の居る教室」であった。どちらも学校を辞めない限り逃げることは許されないが、気の持ちようははるかに違う。
 TV版のカミーユは、周囲の人間との拒絶と別れを繰り返し、大人に対する巨大な不信を抱え、最終的にシロッコを命に代えても許せないと叫ぶ。彼は自分の中にあるストレスを、周囲の大人にぶつけることによって発散していこうとする。それは親代わりの見つからない孤児の叫びであり、頼れる大人が居ないなら「みんな死んでしまえ」というイデオン的な結論に辿り着くのだ。が、それは自分を支える力を持った人間を全て消し去ってしまうということであり、支えを自らかなぐり捨てた精神は当然崩壊する(その後、ファという大人以外の支えによって復活する)。
 それに対し、劇場版のカミーユは特に誰かにストレスの矛先を向けたわけではない。ヤザンやシロッコに対して力を発動させたのも、それは自分の大切な仲間達を殺されたから怒ったに過ぎない(要するに超サイヤ人である)。結論を言えば、彼は自分を受け入れてくれた人間たちのために戦ったのである。

 要するに、新訳のカミーユはクワトロのおかげで崩壊を免れたようなものなのである。クワトロ(シャア)=富野監督であるという自分の論理からすれば、それは富野監督の心境の変化がカミーユを救ったと、そういうことなのだ。が、その変わっているはずのクワトロ自身は結局旧訳と同じ結末になるというのが、新訳最大の欠陥でもあるということだ。
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女々しいカミーユも富野監督の分身だということを認めてやってください、ということを書きました。「クワトロ自身は結局旧訳と同じ結末になるというのが、新訳最大の欠陥」というのはある意味正しくて、いっそクワトロは死なすべきだったのかもしれないと私は思いました。(なんで思わせぶりにグワンバンを飛ばすかな?『Dybbuk』で十分だよ、とか。)
2006/03/13 (月) 09:10:04 | URL | 囚人022 #TJwDdEqg[ 編集 ]
シャアとアムロを監督の本音と建前とするならば、カミーユは感情だったんでしょうね。本音も建前も理性であって感情ではなかったとすればですが。
でも旧訳カミーユの言動や行動は監督の内面そのままではなく、誇張が混じってると思うんですよ。アムロやシャアは割とリアルですけど。そういう意味では、旧訳カミーユはギンガナムみたいなものだったんだと思います。新訳カミーユはロランですかね。そこでロランが生き残ったから、新訳Zがあると。

クワトロに関しては、他のキャラはナチュラルなのに彼だけ「逆シャアに繋がるから」とか「すでに一個のキャラクターとして独立しているから」とかっていう理屈で無理矢理旧訳のままにされた感じがするのが、気持ちと感覚で作ってるのに変なとこでロジック当てはめて流れを崩してる新訳Zという作品を象徴している気がします。

ちなみにカミーユがクワトロのおかげで崩壊を免れたというのは、カミーユが旧訳から新訳にシフトする最初の一押しがクワトロだったという意味からです。結局新訳のスイッチを入れたのはシャア=富野監督という図式になってるのがニクいなと。その後エマが大きな役割を果たすことには異論ありません。でもシロッコを倒してすぐファと抱き合ったカミーユを見ると、戦いを終わらせるとかそういう大きな大義で戦ったようには思えない気がします。
2006/03/13 (月) 19:44:28 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
「旧訳カミーユの言動や行動は監督の内面そのままではなく、誇張が混じってる(アムロやシャアは割とリアル)」
・旧訳カミーユ→ギンガナム的
・新訳カミーユ→ロラン的

さすがルロイさんだなぁ。
その感じ方そのものが男性的な視角のような気がしますが、私も一応男なので同意。(なんだかんだで監督だって男だし。)

・クワトロの無理
挑戦的な物言いをしながら、結局はガンダムを育ててくれたファンに気を遣っている側面なのか。もう一つ無茶して押し切れない、監督の弱さですかね。すぐに「自分は作家性がない」と開き直るし(笑)
だから庵野さんになめられるんだ。

・大きな大義で戦ったようには思えない
結局『ガンダム』を終わらせられないってことですよね。だから物語の世界の中で小さくまとまっちゃう。やっぱり∀のほうが爽快なのは、そこの思い切りが(今となっては一応でも)あったからかな?
だから、何故今『Ζガンダム』だったのかっていうのを改めて考えたいところ。・・・やっぱり「老人の説教」なんですかね?(狭いアニメ村の長老だけでいいのかよ、あなたは!)
2006/03/14 (火) 09:56:29 | URL | 囚人022 #TJwDdEqg[ 編集 ]
カミーユの元ネタが女性だからといってカミーユが女性的かというとそれは違うと思うんですよ。どっちかというと少年ですかね、女の子とばっかり考えてるし、大人に対して苛立ちを感じてるし。繊細ではあっても女性の繊細ではないと思います。
旧訳カミーユが女になったらカテジナになりますけどね。

>クワトロの無理
すでにシャアというキャラクター自体がファンの中で独立してしまったことを認めていますから、シャアに自分の心情を重ねることをやめた、ということだと思います。

>何故今Zガンダムだったのか
そりゃ、ガンダムに対するわだかまりが消えたからですよ。
Zに傷つき、∀に癒されたからこそ、もう一度Zなんです。
「刻が未来へ進むと 誰が決めたんだ 烙印を消す命が 歴史を書き直す」ということかと。
2006/03/14 (火) 20:03:25 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
責められてるとかばいたいんですが、(笑)
そうですね。カミーユは「女々しい」ところのある少年だけど「女性的」じゃないかも。微妙なニュアンスの違い?
一人歩きしてるシャアも、まだ好きなんだと思いますよ。だからグワンバンなんか飛ばすんでは。あとひそかにヤザンなんかも好きなんじゃないのかしら?(笑)
わだかまりが消えた・・・のかな、ほんとに?
「人が・・・そんなに便利になれるわけ、ない・・・」
だから、アニメなんだもの。監督の現実認知もまだまだ甘い?(笑)
2006/03/14 (火) 23:29:40 | URL | 囚人022 #TJwDdEqg[ 編集 ]
グワンバンって、地球圏を離れるハマーンが乗ってたんじゃないんですか?あの辺よく覚えてないんですが…。

ガンダムに対するわだかまりはほとんど消化していますよ。そりゃ、「僕が一番ガンダムを上手に動かせるんだ!」という気持ちはまだあるでしょうけど(笑)
2006/03/15 (水) 07:09:09 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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新訳Ζガンダム劇場版について、いろいろな方の考察にヒントをいただきながら、私なりにも三部作全体を振り返り、思うことをまとめたいと考えてきました。その手がかりとして、『Vガン
2006/03/13(月) 00:46:16 | 囚人022の避難所
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