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ガンダムネタだけを語るブログです。
エプシィガンダムの解釈に決着をつける
 没メカでありながら、「永野護原案で百式のベースデザイン」かつ「MSVの設定を作った小田雅弘氏により設定が与えられたギリシャ文字ガンダムのミッシングリンクの一つ」ということで、簡単にはなかったことにできない微妙な位置づけにあるアナハイム製ガンダムが、エプシィガンダムです。
 これまで何度も考察してきた中では、最終的に「デルタガンダムと計画統合されて百式の母体になった」というのが個人的な結論でした。
アナハイムガンダム
 余談ですがこの画像、結構前に作ったものですが、MSA-0012のシルエットを変更しなきゃいけませんね…AOZのに。

 ただ、これはあくまでも最終的にエプシィガンダムがどうなったかという部分の考察でしかなく、何故エプシィガンダムという機体が生まれたのか、その開発理由までは踏み込めないでいました。今回はそこに切り込んでいき、最終的にエプシィガンダムとは何だったのかを結論付けたいと思います。



 エプシィガンダムに関する記述の中で、開発目的のヒントになりそうな記述はほとんどなく、「アナハイムのG計画2番目のMS」という言葉と、「MS用核パルス推進器"ブロッサム"を搭載する予定だった」ということが情報としてあるくらいでした。
 このことから、過去の考察の中では、基本的に社内実験機の域を出ないものだろう、と考えていました。リック・ディアスやデルタガンダムがエゥーゴのオーダーにより開発されたものであったのに対し、エプシィガンダムはそうではなくアナハイムが独自開発した機体だったのだろう、という解釈です。ただ、何故そんな金にならない機体を、エゥーゴと組んですぐに開発したのか、いまいち見えてきません。

 そこで、アナハイムの社内実験機にはどのようなものがあったか、実例を挙げて考えてみることにしました。

○ガーベラ・テトラ
 ガンダム開発計画の中で没になった試作4号機を改修し、デラーズ・フリート向けに提供した機体です。宇宙世紀の歴史の中では、死の商人アナハイムの元祖とも言うべき機体ですねぇ。この機体は「せっかく開発した試作機だから有効活用しよう」というその後もちょくちょく見られるアナハイムマインド溢れるMSでもあります。

○ガンダムMk-III
 グリプス戦役時代ではこの機体が典型的なアナハイム独自開発機だったかなと思います。エゥーゴのオーダーという設定はありませんし、実際にニュータイプ研究所に流されただけでした。他にも似たような機体が連邦側に流れているとかいないとか。この機体は「せっかくいい技術が入ったからこれをふんだんに生かして独自に発展させよう」という技術者マインド溢れるMSです。

○MSA-120
 F90の競作機だった機体です。デザインはともかく設定的には次世代主力機を賭けて開発したものの、不採用となりその後のMS開発には継承されていないみたいです。革新的な技術も使われていますが、かつてのMSらしさのかけらもない姿はアナハイムの迷走ぶりを感じさせます。

○シルエットガンダム
 F91のデットコピー機です。デザイン的にはF91にRX-78に近いパーツを混ぜたというようなコンセプトですが、技術が不完全なためヴェスバーを取り外せないとか基本的に下位互換の機体です。F91よりもガンダムっぽい機体を!と連邦に媚びようとする姿勢は見える機体です。

 この中で、エプシィガンダムに近い設定はどれかと考えると、消去法でガーベラ・テトラとMSA-120は消えます。前者は「完成した試作機の流用」ですが、まず最初に作った理由を考察しているので参考になりません。またMSA-120は次期主力機として開発された機体ですが、エプシィガンダムはそんな目的ではなさそうなのでこれも参考になりません。
 ガンダムMk-IIIに関しては、ムーバブルフレームという技術をいかに洗練させるかという実験機だと考えると、ガンダリウムγを更に精錬した素材のガンダムを作ろうという意味で通じるものがあります。
 シルエットガンダムは未知の新技術のコピー機ですが、当時のアナハイムにコピーしたい技術があったかというと…ありました。それこそムーバブルフレームでしょう。ガンダムMk-IIのフレームは実機をエゥーゴに奪わせてでも手に入れたいものであったと考えると、そのデットコピー機を流出してくる情報だけで作ろうとしていたとしてもおかしくはありません。

 つまりここで、エプシィガンダムに「ガンダムMk-IIのデッドコピー機」という仮説を立ててみます。それに新型ガンダリウムを組み合わせた、その時点で最強のガンダムを作ろう…というコンセプトも見えてきます。そもそもエプシィガンダムの企画段階での設定は「Mk-IIの競作機」でした。この没設定すら完全に回収できる美しい解釈に思えてきます。
 アナハイムが新型MSを開発するにあたり、ティターンズが「フルムーバブルフレームの新型ガンダムを作ってるらしい」という情報が流れてきたとすれば、当然その情報は気になっていたはずです。そしてシルエットガンダムのように、流出した情報だけでなんとか再現しようとしてみようと思っても不思議ではありません。そうして作ったエプシィガンダムの成れの果てである百式には、やはりフルムーバブルフレーム機という設定があります。母体の時点ですでにそうであったのであれば、Mk-IIの奪取からの開発速度の速さにも頷けます。

 Zガンダムは、ガンダムMk-IIのフレームとリック・ディアスの装甲材があってこそ生まれた機体でした。その前段階であるデルタガンダムは、エプシィガンダムのフレームとリック・ディアスの装甲材で作ろうとした機体だったのではないでしょうか。そしてデットコピーたるエプシィはMk-IIという本物を手に入れたため不要となり、百式として再利用された、と考えると綺麗につながります。エプシィはMk-IIに負け、デルタはゼータに負けたわけです。そりゃナガノ博士も怒ってスクラップにしちゃいますね。

 しかしそのように考えるとして、アナハイムはどうしてMk-IIのデッドコピー機を作ったのでしょうか。可変MSの開発に必要だったからでしょうか。メタスの存在を考えると、必ずしも可変MSにMk-IIのようなムーバブルフレームが必要だったというわけではありません。
 一つ言えるのは、「ティターンズが新型ガンダムにフルムーバブルフレームを採用している」ということは、「その後に開発される連邦製主力機も皆フルムーバブルフレーム採用になる可能性が高い」ということが想定できたということです。ガンダムはその後に開発される量産機のモデルになるわけですから、その基礎構造は継承されるはずです。そうなると、「次の主力機」を狙いたいアナハイムはフルムーバブルフレームを採用せざるを得ません。だから習作が必要だったのでしょう。
 エプシィタイプのフレームは、Mk-II奪取後にほぼ完全にMk-IIタイプのフレームに置き換えられることになったのではないかと思いますが、奪取前に開発されていたはずのマラサイやネモには、エプシィタイプのフレームが採用されていたのではないかなと思います。百式ももちろんエプシィのフレームの流用であると考えると、MSA-001~003は基本エプシィフレームと考えて問題ないでしょう。エプシィというデッドコピーを先に作っておくことで、ティターンズより先にムーバブルフレーム採用の量産機を開発しようとした意図が見えます。ティターンズはMk-IIの次の量産機を開発できていませんでしたからね。(実際は更にその先のドラムフレーム採用機を考えていたことにもなりますが、それはまた別の話)
 そう考えると、エプシィガンダムの開発目的は「ティターンズのガンダムMk-IIの存在を察知し、その次の量産機をティターンズよりも先に開発するために、実機の奪取を待つことなく仮想Mk-IIを作る」ということだったと言えそうです。その結果早期にネモとマラサイを開発し、結果論かもしれませんがエゥーゴとティターンズの両軍に自社製の機体を採用させることができたことになります。最終的に、ネモの延長かつMk-IIのテイストを混ぜたジェガンが連邦の主力機として結実する事になりました。

 ここまで上出来であったことを考えると、Mk-IIの奪取は必要だったのか?という気もしますが、これがなければZガンダムは完成しなかったということになるわけですから、エプシィ型のフレームは量産機には向いていても可変機には向かなかったということになります。そしてMk-II型フレームとの違いは何かと言えば、当然「連邦系の技術のみで作られているか否か」であるわけです。アナハイムだけではデルタガンダムを完成させることができなかったわけですから、Mk-II奪取の目的は「可変MS完成のため」だったのでしょう。だとするとアナハイムはかなりムーバブルフレーム採用の可変機開発にこだわっていたのかなという気がします。可変機自体もただエゥーゴのオーダーに合わせて作るだけでなく、次世代の制式機に加えるビジョンを持っていたということなんでしょうね。これもリゼルとして結実した事になります。

 つまりエプシィガンダムは、「ガンダムMk-IIよりも先にフルムーバブルフレーム機を開発し、より早くその先の量産機の開発に繋げる」ために開発された機体だったんじゃないかと思います。核パルス推進器などはその試作機を流用して試験的に開発しようとしただけでしょう。ティターンズは、ガンダムMk-IIを奪われたことでフルムーバブルフレーム機の開発をあきらめ、ドラムフレームを核とした違うアプローチの次世代量産機の開発を目指した、ということなのかもしれません。その意味では、ガンダムMk-IIの奪取は単に可変機開発のためだけではなく「フルムーバブルフレーム採用機の独占」という目的もあったのかもしれませんね。

 さて、このように考えると、アナハイムがこの時代に開発した他の非可変機との関係も気になってきます。例えばプロトZガンダムなんかは、「Mk-II奪取前に開発された」と明言されている資料もあり、エプシィの開発とは非常に近い関係にあります。
 ただ、この機体は「可変機が失敗した際の保険」という側面があったようなので、デルタガンダムの開発と同時期と考えてよいのではないかと思います。デルタとは似通ったパーツも使われていますしね。スタッフはデルタ系列とは別(フジタ技師長?)で、フルムーバブルフレームではなく、ブロックビルドアップ方式であったことが明言されています。この辺の考察は以前行いましたが、最適解はムーバブルフレーム+ブロックビルドアップの併せ技だったようです。デルタガンダムにブロックビルドアップ方式が導入されていたかは定かではありませんが、百式には導入されていたようなので、どう解釈すればいいか難しいところです。形式番号を考えるとデルタ→プロトZ→百式の開発順だとは思うのですが。
 いずれにせよ、プロトZガンダムはエプシィとは全くの別ラインで開発されていた非可変機であったように思います。

 また、同じように非可変機であるガンダムMk-IIIですが、これはMk-IIのフレーム構造を更にブラッシュアップした独自の直系発展機ということになっており、当然エプシィとは別ラインです。ただ、百式のデザインが混ざっていたりするので、実際にはエプシィ型のムーバブルフレーム構造も踏まえている可能性はあり、エプシィ型とMk-II型の長所を組み合わせた、より優れたフルムーバブルフレーム実験機であったという推測も可能なのかなと思います。だとすれば、その後のジェガン等のフルムーバブルフレーム機にも、Mk-III型のフレームが継承されていたりするのかもしれません。


 ということで、エプシィガンダムという謎のMSの立ち位置は、個人的にははっきりさせることができました。その正体は「Mk-IIに先んじてアナハイムが開発したムーバブルフレーム試験機」であり、「デルタガンダムと計画統合されて百式として完成した」機体ということですね。このフレーム構造がどのように後世に影響を与えていったのかは、また別の機会に考察してみたいと思います。
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エプシィガンダムの核パルス推進器はブロッサムでしたが、ガンダム試作0号機のコードネームも確かブロッサムでしたね!何か関係あるのかな?
あと「MSA-0012のシルエットを変更しなきゃいけませんね…AOZのに」って何かなと思い調べましたらZZZガンダムとは…時代も変わったようで。
プロト・エプシィ・ガンダムなんてのもありましたけど、永野版ZZガンダムだとか…ならΣは?とかバリアントは?とか、何がなんだかさっぱり…

F89ってあれ何なんですかね…突然すみませんが、ガンイージがF8x系ヴィクトリーがF0x系だという話しも聞きます。設定はちゃんとして欲しい…

D90とかE90とか。愚痴ってごめんなさい。
2018/07/19 (木) 12:47:20 | URL | カズラキー #-[ 編集 ]
GP00ブロッサムは設定が発表されたときから関連性を考えていましたが、あまり関係ないのかなと思っています。同じ人間が関わっていると異なるプロジェクトでも似たネーミングが使われることがあるので、共通のスタッフが関わっていたくらいかなと。
プロトエプシィは無理矢理関連付けるならZ計画以前に開発されていたG計画機になると思っているのですが、全て関連付けようとするとドツボにはまるので考えすぎない方が無難です。

F89は最近出てきたんですね。F8系がなんとかっていう設定は今のサンライズ的にはなかった事になっているということなのでしょうか。90の1つ前だから89という、プロトタイプリックディアス的な発想は個人的には好きではないですねぇ。
まぁUC→NT→閃ハサの流れで色々設定が変わってくるかもしれません。困ったものです。
2018/08/03 (金) 20:54:33 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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