がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「シン・ゴジラ」

 どうもこの夏は忙しくて全然ブログを更新できませんでした。でもこれだけは書いておかねば、と思いゴジラの話をします。もちろんネタバレ全開で。

 なお自分ゴジラは実はほとんど見たことありません。テレビでやってたのをちょっと見たことあるくらいで、最初から最後まで通してみたゴジラシリーズは一つもなかったりします。知識としては初代ゴジラがどういう話だったかとかはなんとなく知ってるんですが。
 それでも見たくなったのは、庵野監督がかなり頑張って作ったっぽいという話が聞こえてきたからですね。エヴァQの後病んでしまったようで、Vガンダムの後の富野監督みたいになってしまっていたようですから、そこからどう立ち直ったのかはやはり気になりました。


 見た感想を一言で言えば、「エヴァの1話+6話」というのがエヴァを知っている人にはわかりやすいですよね。使徒にあらゆる攻撃が通用しないという点と、日本中の底力を集めて一発勝負の大作戦に出るところ。エヴァがいない世界で、ポジトロンスナイパーライフルを人間の力で作動させて使徒を倒す話、と言ってもいいかもしれません。

 ただ、もちろんそれだけではなくて、かなり東日本大震災のモチーフが入っていることは良くわかりました。政府の対応が平時の感覚から段々非常時になっていくところは当時の震災における報道を思い出させますし、蒲田の街がなぎ倒されている様は完全に津波ですし、そして何よりゴジラが死なず、凍結したまま都心に残っているのは、事故を起こした原発が未だに残っていることの比喩でしょう。それでも日本国民は前に進んでいくしかないんだ、というメッセージが入っていることも間違いありません。政治的にはどちらにも偏らないよう非常に気が配られていましたし、ここまで色々バランスを取った上でメッセージをしっかり込め、エヴァ的なバトル要素も入れた上で作品として完成させられている、ということが素直に素晴らしいと思いました。
 おそらく「シン・ゴジラ」の最大の価値は、この、「アニメ界の巨匠とされる人物が、実写でもここまでのクオリティを出せる」ということなのかなと思います。たぶん手塚治虫でも宮崎駿でも、もちろん富野由悠季でも、実写でこのレベルの作品は作れなかったと思うんです。日テレは庵野監督を宮崎駿の後継者にしたそうな雰囲気を見せているのですが、その方向(万人向けアニメ)ではなく、むしろエヴァ的な実写作品、という方向にこそ可能性があるんじゃないか、と思わせる出来でした。というか、実写映画の監督はシンゴジラを見てある程度危機感を感じなきゃいけないんじゃないかな、というレベルですね。もちろん、予算や配給会社に恵まれた部分があるにしても。

 同時に、実写にしたからわかるアニメ監督の限界、というのも感じたのも事実です。周囲の描写が弱いのは時間内にエピソードを全て消化するためのものだとしても、「現場」というのが作業員という意味ではなく「ゴジラ対策チーム」の方に比重を置いていて、アニメ製作者にとっての現場はどうしてもそこになっちゃうんだろうな、と感じましたし、東京が舞台であるにしても東京を知っている人間じゃないとわからない要素が多すぎて、「東京の狭いスタジオでしか仕事をしていない人たちが見えている世界だけで作った作品」というのもこの作品の一つの表現なんじゃないかとも思います。実写の作品ってもう少し視野が広いんですよ、やっぱり。1カットでも、東京以外の地方の人が今回のゴジラの襲来をどう思ったかという視点があっても良かったと思いますし、ゴジラにより東京が壊滅した後、それまで描かれていたマスコミの姿が一切見えなくなったのも気になりました(位置的に考えて大手マスコミは大体全滅したはずですが、その後マスコミ機能をどうカバーしていたかというのはちょっと気になりました)。
 また、主人公たる人物が、政治家でありながらほとんど官僚の仕事をしていたのも、政治家と官僚の区別が付かないんだろうなと感じてしまいました。政治家は選挙で選ばれた=突然失職する可能性がある、なので、実務的な事務は行わないはずなんですよ。主人公の矢口ではなく、その彼に幹事長のポストをねだっていた親友ポジの人(もう名前が良くわからん)こそが、政治家の仕事をしていたと言えます。同期や先輩後輩のコネを使って優秀な人をかき集める、なんてのも完全に官僚の仕事であるはずです(実際、集まった人は政治家じゃなくて公務員ばっかりだし)。序盤に内閣の会議に出席している必要があったので、政治家である必要があったのかもしれませんが、政治家と官僚を一緒くたにするのはガンダムでもよくあることで、アニメ畑の認識ってそんなもんなのかなと思ってしまった部分があります。

 まぁ突っ込みどころというか不満点はそういう本筋とは関係ないところでして、総合的な作品の完成度や満足感として考えると、これほど素晴らしい作品は近年見たことがないなぁというのが正直な感想です。ゴジラというよりは「踊る大捜査線」の方に近かったですけどね。エヴァっぽいBGMも、コピー機大量セッティングのシーンで使われていたので余計に「踊る」っぽかったですし。むしろエヴァのオマージュが随所に見られた「踊る」っぽいノリを本物のエヴァの監督がやったってのも、ある意味感慨深いですが。

 この作品は考察するようなものではないと思っているのですが、「私は好きにした。あとは好きにしろ」という言葉はこの作品の共通のテーマであると思います。作品の中の、博士から国民へのメッセージでもあるし、作品を見ている人への、監督からのメッセージでもあると思います。そして何より、この言葉こそが、庵野監督が病から復帰したことによって得たものではないのかなと思うんです。
 オタクって、やっぱり自分の好きなことだけをやっていたいんですよ。だから、子供の頃の趣味をずっと大人になってもひきずっているんです。大人っていうのは、自分の好きなことをやるよりも、社会のため、というよりは家庭や職場の人間関係のしがらみを背負って生きていくものだということでもあるんですが、それだけじゃ嫌だというのが大人のオタクなんだと思います。庵野監督も物凄いオタク趣味の人なんで、ずっとそう思っていて、でもなかなか好きなことができなくて、つぶれてしまった側面があったのだろうと思います。
 でも実際、好きなことだけをやるって無理なんですよ。というか、好きなことだけをやっていたら、本当に自分がやりたいことは達成できないんです。例えば、クリエイターが本当に好きな作品を世に発表したいと思ったら、作品を作るだけではだめで、それを世に伝えるために色々なメディアや関係者の協力を得なければならないわけです。また、好きなものを最高のクオリティで作ろうと思ったら、それなりのお金がいるし時間もいるし、機材や技術を会得するための努力もいるわけですよ。そういったあらゆる「やりたくないこと」を経た上で、初めて本当にやりたいことができるんだと思うんです。そして、庵野監督はそれをやりきったんだと思います。それがシン・ゴジラだったのかなと。ゴジラをテーマに好きなだけ好きな作品を作ったよ、そのために色々な関係者の力を借りたし、色々なところに気を使ったつくりをしたよ、でもこれだけのものを作ったよ、どうだ、これを見た人の感想なんて知らん、俺はもう満足したから後の評価は好きにしろ。そういうメッセージだと受け取りました。

 そして、そうであるならこそ、この先にある「シン・エヴァ」もまた、きっと好きに作ってくれるんじゃないだろうかと期待がもてるのです。周囲の評価なんか気にせず、色々な手を尽くして自分なりにエヴァを完結させてやるぞと。趣味も丸出しだし視聴者を置いてきぼりにしていくけど、作品として世に送り出すための努力はちゃんとするよと、そういう意気込みでやってくれるんじゃないかと期待してしまうのです。
 富野監督は病んだ後に非ガンダム作品であるブレンパワードを作って、その後∀ガンダムを生み出したわけです。庵野監督もまた、非エヴァ作品であるシン・ゴジラを作ってからシン・エヴァに挑むわけですよ。それが∀ガンダム並か、それ以上の作品になることを期待できる、そういう作品が自分にとってのシン・ゴジラだったのでした。
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特オタの目線で見ると「本当に好きにやってますね」とも思いますね。
細かいネタを積み重ねても分かりにくいですが、劇伴に90年代まで度々ゴジラを始めとした東宝特撮を担当されてた伊福部さんの曲を、原曲のまま使用してたりしてますからね。
今回は国産ゴジラシリーズ新作といういい夢を見せてもらえたので、次はエヴァファンがいい夢を見てもらえますよう祈っています。
2016/09/05 (月) 21:35:51 | URL | 匿名希望 #-[ 編集 ]
やっぱり結構好きにやってるんですね。
序盤のミニチュア感なんかは、あえて昔の特撮っぽくしてるんだろうなぁとは思いました。
たぶんウルトラマンだったらもっとはっちゃけてるんだと思うんですが、
逆にウルトラマンじゃなかったから冷静に作れた部分もあったのかなぁとは思いますね。
2016/09/11 (日) 01:34:40 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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