がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「文系大学の存在意義」
 少し前に国立大学の文系学部が廃止されるみたいな話がありました。それはどうも誤解みたいなんですが、これによりツイッター等で様々な意見が出るようになったことは確かです。そういう意見を見てきた中で、どうも文系学部に対して否定的な意見と、肯定的な意見が噛み合ってないなぁという印象を受けました。
 それを踏まえた個人的意見を、文系大学出身者として書き残しておこうと思います。


 まず、日本の文系大学の力が弱まっていることは確かだと思います。世界の大学ランキングみたいなので日本の名門大学の順位はどんどん落ちていますし、そもそも日本の大学システムには構造的な限界が生じているということを、多くの人が実感しているところだと思います。
 というのも、日本の大学は学生を育てる機関にはなっていないからです。そもそも日本の大学は入試の厳しさに重点が置かれており、大学に入った後に何を学ぶかではなく、そこで培った人脈や学歴によっていかに良い就職先を得るか、そこに価値があるように昭和の時代からずっと形成されてきました。インターネットによる就職活動がなかったころは、OB訪問をして同じ大学のよしみで雇ってもらうのが当たり前だったのです(だから大きな企業ならどこにも同じ大学出身者の集まりがあったり、下手すると特定大学の出身者じゃないと一定以上昇進できないなんて仕組みがあるはずです)。大学が学問を学ぶ場ではなく、コネを作る場として発展してしまった結果、どんどん機能が衰えていったのだと思います。
 もちろん、大学で学問をしていた人がいなかったわけではありません。そもそも大学教授はそこに就職しているわけですから、学問そのものが仕事になっています。しかし、彼らの多くにとって、仕事はあくまでも研究であり、学生を教える教師としての役割ではありません。研究のついでに、食い扶持を稼ぐために仕方なく学生の面倒を見ている、そういう態度の教授を、在学中にたくさん見ました。その結果、とりあえず単位を取れればいい学生と、とりあえず研究の時間を作りたい教授の利害が一致し、大学の授業の意味が薄れていってしまったことが、現在の事態を招いていると言えます。
 但し、理系学部については必ずしもそうではありません。というのも研究分野が就職先に直結することが多く、大学での勉強がそのまま就職に繋がる可能性が高いのです。しかし、文系学部は違います。文系学部の主な就職先というのは、エリートであればマスコミや金融系、商社系などで、そうでなければどこかの一般企業の営業か事務です。そしてそれらの仕事で求められる能力は、決して学問で学んだことではありません。どちらかというと、コミュニケーション能力や体力など、高校以前の人生の中で身につけておくべき能力でした。
 要するに、文系学部の学問は社会に繋がっていないのです。そこに問題があります。

 しかし、文系大学の存在意義を語る意見の多くは、学問がいかに人類にとって重要であるか、という観点のものがほとんどです。確かに学問は必要ですし、文系大学の教授たちの研究が無意味なわけでは決してありません。問題なのは文系大学に通った学生の多くが、そこで学んだことをその後の人生に生かせていないということです。そのまま教授と同じ研究の道に進まない限り、役に立っていないことになります。
 こういう言い方をすると必ず出る意見が、「大学は就職の為にあるんじゃない」ということなんですが、それはそれでその通りで、就職したいなら大学行かずに働けばいいんです。でも多くの就職を希望する学生は大学に入ってから就職する。それはなぜかと言えば、大卒の経歴がないと就職においてマイナスになるからですよね。つまり大学でちゃんと勉強するつもりがないのに、就職したいから大学に入るという学生が大量にいる時点で、そもそも大学の位置づけがおかしくなっているんです。その構図を変えない限り、大学が正常な学問の場になることはないだろうと思います。しかし、学問の重要性を説く人ほど(そしてその大半は一般企業に就職していないんですが)、その現実から目をそむけているような気がします。

 そもそも、理系学部だって別に就職のために存在してるわけではないと思うんですよ、結果的に研究分野の延長に就職先があるというだけで。文系には多くの研究分野の延長に就職先がないんです。そこが一つの問題点です。ただ、そもそも文系の研究分野は考古学とか歴史学とか、あまり商売に直結しない学問がほとんどなので、そういう学問を就職に繋げること自体に無理があると言えます。
 では文系学部は何を勉強すれば就職と繋がるのか。自分の意見としては、それを自分で探すことこそが文系学部の存在意義なんじゃないかなと思います。というのも、文系の就職先ってつまるところ総合職なんですよ。理系が技術職で。総合職って何をする仕事かっていうと何でもするんです。接客があれば営業もあるし、企画もするし経理もするかもしれない。そもそもどういう仕事に就くかなんて会社に入るまでわからないし、入ってからもいくらでも異動の可能性があります。つまり文系の学生に求められているのは総合力なんですよ。
 総合力を高めるには、色々なことを学ぶしかないわけで、特定の一つの分野を研究することはマイナスにしかならないと思うんです。だからたくさんの選択肢を用意して、様々な知識や経験を得られるようにしなければなりません。教授はそれぞれの分野のエキスパートだとしても、誰か一人について専属で学ばなければならないということはないんです(もちろん、専門分野の研究に進む道があることも大事です)。
 だいたい、大半の学生が企業に就職するのに、経済学は経済学部に入った学生しか学んでないってだいぶ異常なことだと思います(その経済学の学問自体も、実社会では全然使えないものばかりですが)。経済の仕組みなんて、企業に入らなくても知らなければならないことだと思うんですが、特定の学部に入った人にしか学ぶ機会がないんですよ。
 おそらく本来文系に求められるのは、知識の量よりも関心や視野の広さなのだと思います。例えば、文系出身者がお多いマスコミにおける、経済やスポーツや科学技術に対する知識と関心の疎さはかなり致命的だと感じることがありますし、政治家においてもまた然りです。専門知識は専門の人だけが持っていればいいかもしれませんが、どういう人がそれに詳しいか知っているとか、その詳しい人が何を言っているかを理解できるかとか、そういう能力は文系の人間は持っていなければならないんだろと思うのです。
 しかし、実際の文系学部の教授というのは、どうにもオタク的というか、自分が好きだから研究していて、好きじゃないことはどうでもいい、というタイプが多く、そりゃ学生育たんよなと思ってしまうことが多々ありました。もしかしたら、そういう教授とは別に、学生の単位の取り方や進路などを総合的に見る立場の人間が必要なのかもしれません。
 いずれにせよ、文系学部に求められているのは、そもそも学生を育てろということであり、それは今まで通りの学問をしっかりやることではなく、根本的に仕組みを変えることであり、文系学部がちゃんと役に立ってることを周りの目にわかるように証明することなんじゃないかと思うんですね。それができていないから、不要なんじゃないかって意見が出てきてしまうんですよ。それを言わせてる時点で負けなんです。

 大学は就職のためにあるわけではありません。だから社会のマナーとかそういうことを教える必要は特にないと思います。ただ大学を出た後の人生に繋がるヒントくらいもっと提示するようにしないと、そりゃ社会から見たら機能してないとしか見えないよね、という話なのです。就職することは人生の目的ではありませんが、自分の食い扶持を自分で稼ぐようには、必ずならなければならないんですから。そのために必要な能力を得られる場にならなきゃいけないよねという話です。

 
スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 がんだまぁBlog all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.