がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
0090年代のデルタ系列
 百式系のMSは、Z系に敗れて0090年代には廃れたものと思われていましたが、ガンダムUCでデルタプラスが設定され、そうでもなかったらしいことが明らかになりました。リゼルという正式採用機が生まれるに至る影で、百式・デルタ系列はどのような扱いを受けていたのか、考察してみます。


 まず、百式というMSがどのようにして生まれたかをおさらいします。

 当初、エゥーゴがアナハイムにオーダーしたのが、単独で大気圏突入可能な可変MSの開発でした。それを受けて通称デルタガンダムが開発されるものの、変形機構に欠陥が発見され、急遽非可変機としてロールアウトしたのが百式です。その後改めてMk-IIのフレーム構造を参考に再設計された可変機が、Zガンダムということになります。
 非可変機として完成した百式は、改設計を経て次期量産機候補として量産型百式改というMSを生み出しますが、エゥーゴとティターンズの戦いは決着を迎え、アナハイムの商売相手は連邦正規軍となっていきます。その結果、コストパフォーマンスが最重要視され、GMIII、ジェガンといったMSが採用されていくことになります。

 この時点で、百式の血統は途絶えたかと思われていました。しかし、0090年にはデルタガンダムの再設計機・デルタプラスが開発されていたことが明らかとなっています。
 このデルタプラスは、何度かその存在意義を考察していますが、現時点では連邦軍に採用されたはずのZプラスC1型の後継機候補であったのではないかと推測しています。ガンダムUCにも登場し、Zプラス採用は(公式度的な意味で)かなり現実味を帯びていますので、その後継機が求められたのは当然の帰結かなと思われます。

 もう一つ、この時期には百式の血統を持つMSが存在しています。それが、RGM-89Bジェガン改です。ジェガンに百式の設計思想を導入した改良型という設定のこのMSは、デルタプラスの開発時期と合わせて考えると、一つの推測が成り立ちます。ジェガン系の上位機として、デルタ系の量産を想定していたのではないか、ということです。
 一般の量産機としてはGM・ネモの流れをくむジェガンが採用されていますが、特殊部隊用の高性能機として、攻撃機にはデルタプラスを、迎撃機にはジェガン改を配備する予定だったのではないかと考えると、それはZプラスとネロの関係であったり、あるいはリゼルとジェガンD型の関係を想起させます。そしてそれらとの違いは、Z系ではなくデルタ系であるということです。
 だとすれば、何故ジェガンの上位機候補はデルタ系だったのでしょうか。ゼータ系ではいけなかったのでしょうか。

 そこで思い出すのが、ゼータとデルタは非可変量産機の座を争っているということです。そして量産型Zガンダムと量産型百式改の争いは、百式改が勝利したことになっています。この延長として(つまりRGMナンバーの上位枠として)デルタ系の採用が内定していた結果、ジェガン改やデルタプラスが開発されたと考えることができます。
 その場合、何故可変機としては採用されたZプラスの後釜がデルタプラスなのかというところですが、Z系列はコストに難を抱えていましたので、コストダウンの一環としての試作機の一つだったのかなと思います。何せ、そもそもジェガン改もデルタプラスも量産された形跡がありませんからね。正式な採用はされていないと考えた方が良い案件です。

 つまり、百式改の量産化はうやむやになっていたようでしたが、実際は0090年代に入っても生きていたのかもしれない、ということです。エゥーゴが軍備を拡張し始めた初期の段階で検討されていた配備機は、MSN-001、MSA-002、MSA-003でした。それぞれデルタガンダム、マラサイ(ドミンゴ)、ネモだったわけですが、これがそのまま0090年代にはデルタプラス、ギラ・ドーガ、ジェガンになったと考えることができるのです。
 ロンド・ベルにネェル・アーガマが配備されていたという元ネタであるゲームブック「シャアの帰還」では、ネェル・アーガマの配備機として百式改が登場する展開もあります(しかもシャアが奪って乗る)。どこまで真面目に扱っていいか微妙なところではありますが、ロンド・ベルが百式改を運用していたのであれば、それはデルタプラスなどの百式系配備の布石であったと考えることができる、美味しいネタでもあります。

 しかし、0096年に入ってジェガン以降採用されたのは、アンクシャやリゼルといった、Z系列の面影を残した機体でした。デルタ系ではなく、ゼータ系が採用されていたことになります。これらは可変機ですから、やはり可変MSとしての実績はゼータの方にあったということなのでしょう。裏を返せば、デルタプラスはZ系に取って代わるほどの明確な強みがなかったことにもなります。そもそも、可変MSとしてのデルタ系は完成したことがなかったわけですからね。兵器としての完成度において、デルタプラスには限界があったのかもしれません。
 ある意味では、デルタガンダムの開発が失敗した時点で、デルタ系列の命運は決まっていたとも言えます。

 さて、デルタプラスはその後デルタカイという派生機を生み出し、ナイトロと呼ばれるシステムの実験機となります。これの運用の結果、ユニコーンガンダムの一般化(フェネクスやアームドアーマーXC)に繋がったと考えると、ある意味では量産過程では頓挫したものの、ユニコーンに繋がる超高性能機の系譜として爪痕を残したとも言えます。
 小説「ハイ・ストリーマー」ではアムロも百式のことを「いい機体だ」と言っていました。νガンダムが間に合わなかった時にアムロが乗るべきだったのは、リ・ガズィカスタムではなくサイコフレームを搭載した百式だったりしたのかもしれませんね。

 まとめると、0090年代のデルタ系列は、百式改の量産化計画の延長とZプラスの後継機候補の解決策として、(おそらくデルタ系開発チームが)ジェガン改とデルタプラスが提示されるところから始まり、それが頓挫し、試作機がデルタカイに流用されたのちUC計画に取り込まれた、ということになるのかなと思います。ゼータ系チームはリ・ガズィという非可変上位機としても可変機代替としても運用できる機体を提示したというところでしょうか。スターク・ジェガンもZ系なスラスター配置ですから、もしかしたらジェガン改の対抗機だったりしたのかもしれません。
 UC計画にデルタ系が関与していると考えると、似ても似つきませんが、もしかしたらジェスタも百式の思想が受け継がれているのかもしれませんよ。ごつ過ぎる?百式改にはフルアーマーだってあるんですよ。フルアーマージェガン改からのジェスタ。そんな妄想はいかがでしょうか。
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「100年使えるMS」の名は伊達じゃない
>「いい機体だ」

「なんでZガンダムが手に入らないんだ?それに百式も悪いMSじゃなかった」でしたっけ。
子供の頃、あの台詞でグリプス戦役の機体が0093でも実用ラインなんだなぁと妙に感心したものです。

デルタガンダムって不思議な機体ですね。
変形機としては失敗し、主力機としての量産化も果たせず。
なのに同系列の試作研究だけは続いていたという……なんていうかしぶとい。

アムロの評価やアナハイムで後継機が試作されていたことを考えると、競作には敗れたが捨てるには惜しいと判断され、改良が続けられてたってことでしょうか。
研究費用の投資を回収しようとしていただけかもしれませんが。

パイロットや開発者の中には「Zタイプよりも良い」と愛好者ががいたのかもしれませんねぇ。
2015/09/16 (水) 00:32:55 | URL | 白ケイ #-[ 編集 ]
自分も「あ、百式でもいいんだ」と思って印象に残ったクチです。

個人的には百式の意味は「100年後でも通用する設計」であって、要するに設計が先進的すぎて量産するのは難しかったのかなぁと思ったりしています。
素材は優れているから、なんとかして量産化しようという動きがアナハイム社内にあったりしたのかなぁと。
でも0080~90年代の時点では、まだハイエンド機にしか使えない代物だったのかもしれません。
2015/09/20 (日) 11:46:04 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
デルタや百式は時期や間が悪かったような気がします

デルタとゼータの可変機としての一番の違いは脚部の大型ジェネレータの有無だと思います
ゼータは可変方式の関係で胴体部を避けて脚部に分散配置という形式をとってましたがデルタはデルタプラスを見ても脚部は通常のまま
余程大幅な小型化、或いはより複雑な分散配置が0090年代になってようやく、という事なのではないかなと

百式の場合はグリプス戦役から第一次ネオ・ジオン抗争の頃の可変MAの台頭やMSの恐竜的進化が進む当時の路線と相性が良くなかったのかも
ガンダムMk-ⅡもですがこちらはGディフェンサーによって擬似可変機的な運用も出来ていたのに対し、百式は一応メガバズーカランチャーはありますがこれはMA的な火力と推力こそ齎してもMSとして戦う際には特に意味はありませんでした
何しろジムですらⅢはミサイルで重武装化してた時代でしたし、それに対応する意味もあって開発されたのが百式改なんですかね(FAもありましたし)
そんな(本来の)シンプルな百式的な機体が再び求められたのがサイズ的には大型化したが構造的には原点回帰に移った0090年代

つまり0090年代になってようやくデルタや百式の構造やノウハウが活きる環境が出来上がってきたのではないかと
これを先見性と見るなら百年使えるという謳い文句も中々侮れない

…といってもグリプス戦役が0087年ですから高々3年程度で先見性も何も無いような気もしますが
2015/09/21 (月) 14:09:05 | URL | サンイチガ #-[ 編集 ]
現在近藤さんがダムAで連載してる漫画アナハイムレコードで、まぁ非公式ではありますが「ネモは扱いにくいと苦情来てるからジムIII作れ」と上司から命令された技術者が後に作り上げて見返したのがジェガンだったとする話になってました。
デルタプラスもひょっとしたらZ系列特有のピーキーさを緩和する答えの一つ(ZZ時代では半素人のビーチャが操作できてましたし)として開発されたのかもしれませんね。結局、OSの進化とよりコストダウンに成功したリゼルに敗れて試作品の一部がデルタカイに流用されたと。
2015/09/25 (金) 17:25:24 | URL | #-[ 編集 ]
>サンイチガさん
確かにデルタとゼータの最大の違いはジェネレーターの配置でしょうね。
MS技術の急速な進化に合わせて作ら得た変化球がゼータで、むしろデルタはスタンダードな方だったんですが、
そうであるが故に時代に合わなかったと。
Mk-IIの堅実な設計がその後の量産機に繋がったように、本来は百式ももっと先に繋がる設計だったのかもしれませんが、
戦乱が収まってしまって技術の進歩も止まってしまったってところですかね。ジェガンの次はもう小型MSになってしまいましたから。

>名無しさん
その話で言うと、逆に「ゼータは扱いにくいから百式ベースで作れ」と言われたのがデルタプラスだったのかなぁとか思ってしまいますね。
MSのバランスとしては両足にジェネレーターがあるZ系よりは扱いやすかったのかなぁという気はします。Z系は暴れ馬だったなんて記述もありますし。
んでゼータ系のスタッフが見返してリゼルが採用された的な感じでしょうか。
2015/10/03 (土) 23:10:12 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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