がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
アムロの精神は何故崩壊しなかったのか
 今更何をというタイトルですが、カミーユだけでなくアムロも結構精神的にしんどかったんじゃないか、という話です。確かにアムロはカミーユほど悲劇的な経験はしていませんが、それでもかなり精神的に負荷がかかっている描写がされています。
 TV版ベースで言えば、

・度重なる疲労で出撃拒否(親父にもぶたれたことないのに):9話
・神経症的症状を発症(新兵がよくかかる病気):12話
・パイロットを下されそうになり脱走:17話
・リュウ、マチルダといった精神的支えを相次いで失う:21話、24話

 と継続的に精神的に負担がかかっている描写が続けられています。これ企業と社員に例えるとすげぇ悲惨な状態なのがわかります(笑)


 この中で特にピックアップしたいのはいわゆる「新兵がよくかかる病気」で、これは状況が上手く認識できていなかったり、しゃべり方が精神崩壊直後のカミーユに近かったりと、かなり危うい状況だったことがわかります。これを無理矢理ガンダムに乗せてグフの攻撃を受けさせる、という荒療治中の荒療治で正気にしてしまうのも今では考えられないブラックぶりなのですが(笑)、ここまでのアムロにはかなりの疲労がたまっていたと言えます。
 新兵がよくかかる病気とはなにか、ということですが、これは戦闘の恐怖や緊張状態が続いたことによる心因症であるということのようです。要するに精神疾患なんですね、完全に。こういうのが戦場の兵士では当たり前だったということでしょうから、そりゃ自衛隊にも自殺者が出るよなとは思います。

 Z以降の富野ガンダムは、どちらかというと個人的な決闘的な戦いが多く、あまり戦争に参加しているという印象を与えないようにしていますので、そういう意味でも主人公への精神的負荷は小さ目に描かれているのかもしれませんが、アムロはガチの戦場で、しかもほとんど単騎で戦ってましたので、そりゃきつかったわなとは思います。
 なにせ、2度目の出撃でいきなりシャアと1対1の戦闘、シャア+他のザクとの対複数戦闘をこなし、大気圏を単独で突入し、降りた先で更にガルマ隊と戦闘ですから、この時点でアムロが戦う気力を失うのも理解できます。その後もジオンの領地内でいつ襲われるかわからない状況を過ごしてガルマを撃破してきましたが、一体いつになったらこの状況が終わるのかと思うと、メンタルがやられてしまってもおかしくないかなと思いますね。まっすぐジャブローに帰るのかと思ったら、進路は何故かアジアですし。

 そんな精神的にギリギリな状況のアムロを繋ぎとめていたものは何だったのか、それはおそらく「僕がガンダムを一番上手く扱えるんだ」という自負だったのかと思います。
 ブライトに殴られる時に出撃を決意したのも、自分しかガンダムに乗れないという自覚をしたからこそですし、そう思っていたからこそ、パイロットを下されそうになった時に脱走してしまったとも言えます。状況的にもガンダムを扱える人間はいませんでしたから(実際にリュウが乗ったらどんなものだったのかはわかりませんが)、そういう意味でカミーユとは明確に違っていた点ではあります。

 結局のところ、アムロは自分がガンダムのパイロットであるという自覚にかなり精神的に支えられていた部分が大きかったのだと言えます。そして、そう思うアムロを増長させない大人がいました。ランバ・ラルやウッディのような人間に、「自分が特別だと思うな」と釘を刺されてきたからこそ、ニュータイプとしての能力を開花させていってからも、その力に奢れることなく淡々と自らの任務を果たしていったのだと言えます。

 ただ、ララァの死はかなり精神的に堪えたはずです。ニュータイプは人の死をダイレクトに受け取る力がありますから、先ほどまで共鳴していたララァの死はかなりのインパクトになったはずです。しかも、カミーユでの考察でも触れたような「殺したくない相手を殺してしまった」状況なわけですから、そのダメージは非常に大きかったのでしょう。その後アムロが7年間軟禁状態に甘んじていたのも、単に状況がそうさせていただけではなく、アムロ自身の心身が極めて疲弊していたことが大きかったのだと言えます。

 では、そんなララァの死を経験したアムロと、フォウやロザミアの死を経験したカミーユとの違いは何だったのか。それはやはり、「自分の役割は何か」という定義の差だったと言えます。
 カミーユは、先述の考察で述べた通り、「ニュータイプは人殺しである」という定義から逃れることができなかったことが大きな要因だったと言えます。分かり合える相手だろうと、分かり合えない相手だろうと、自分ができるのはそれを殺すことだけだ、としか見いだせなかったのです。
 一方アムロは、ララァと戦うまでの積み重ねで、自分のアイデンティティをしっかり築いています。「ガンダムを扱ってホワイトベースのみんなを助けられるのは自分だけ」であり、だからといって自分自身も「仲間のサポートがなければ生き残れない」ということも「自分一人の力で戦争を終わらせることができない」ことも強く理解しています。ララァが言うような守るべきものはありませんでしたが、自分の役割は強く自覚しており、そこがぶれることはなかったのです。
 だからこそ、ララァを殺してしまった後も、ガンダムのパイロットとして戦い抜くことができました。自分の役割を理解していましたし、ニュータイプの勘だと嘘をついてクルーを安心させようとすることもしていました。そして何より、クルーたち自身がアムロを最強のパイロットとして信頼していました。

 アムロは、自分が連邦軍所属のホワイトベースのパイロットの一員であるという立場を、明確な帰属意識を持って受け入れることができていたのだと言えます。だからこそ、最後に「僕には帰れる場所がある」と涙することができたのです。そのことこそが、カミーユとの決定的な違いだったのかもしれません。
 逆に言えば、カミーユの場合はファという存在を「帰る場所」と認識できたかどうかが、旧訳と新訳の分かれ目であったとも言えるのかもしれませんね。
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コメント
コメント
No title
ガルマが死んだ次の回で、
イセリナがガウに乗って戦って、
墜落した後、外に出て、
アムロにピストルを向けた所で、力尽きて死にました。

アムロが、生身の敵を見たのは、
それが最初だったと思います。

その次の回で、
窓の外に、イセリナの姿が見えていたので、
かりヤバい精神状態だったと思います。
2015/06/20 (土) 19:23:05 | URL | サディア・ラボン #-[ 編集 ]
No title
TV版ではイセリナの存在がかなりショックだったように描かれてましたね。
兵士ならまだしも、自分が戦った結果こんな戦争とは無縁そうな人が自分を死ぬほど恨むようになってしまうのか、と。
「新兵がよくかかる病」の直接的な原因にもなっているような描写でした。
2015/06/27 (土) 14:12:04 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
No title
こんばんは。頻度は極小でご記憶ないでしょうが何度かこちらやツイッターでコメントさせて頂いています。

アムロとカミーユに関しては置かれた戦艦の状況もだいぶ違うと言うか、

>これ企業と社員に例えるとすげぇ悲惨な状態なのがわかります(笑)

個人的にはこの例え、どちらかと言うとアムロよりカミーユの方が近い気がします。

アムロの場合幸か不幸かWBの正規クルーがほぼ壊滅状態で、艦長のブライトすら19才でともに闘う仲間はほぼ同年代の未成年者ばかりで、(ガチの戦場でこう言うのも大変語弊がありますが)どこかに学校内や部活動に近いような気楽さがあった。本文の冒頭で挙げられている精神的負荷も、少年同士だからその都度思いっきり吐き出すことで乗り越えられた。

対してカミーユのアーガマの場合正規軍で無いとは言え一応は軍隊の体は成していて、人員も基本的に揃っていて後でファが合流するとはいえ周囲の年齢層もWBに比べれば高く、まるで何かの事情で急遽高校を中退して就職し、周囲の大人に合わせ無理な背伸びを続けざるを得なかった新入社員のような息苦しさがあったのではないかと思います。やはりアムロに比べて常に本音をさらけ出せていたようには見えない、というかファの前でしか素を出せていない感じですし。(一人称からして違いますし)

仮にアムロの代わりにカミーユがWBに居たとしたらもう少し伸び伸びしてると思うんですよね。それでも崩壊を避けられたかはわかりませんが・・・
2015/07/01 (水) 00:43:00 | URL | BLACKさん #dSBetoaE[ 編集 ]
No title
確かに、ホワイトベースに比べるとアーガマの平均年齢は高いですね。
同世代で協力しながら生き延びるのと、大人の管理下で任務をこなすのでは精神的な辛さは違いますね。

カミーユがアムロの立場であれば、それはそれでガンダムのパイロットとして信頼されるでしょうから、適度に増長しつつうまくやるんじゃないでしょうかね。
2015/07/08 (水) 22:59:41 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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