がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「娯楽における世代差」
 遅ればせながらあけましておめでとうございます。今年も更新が細々となってしまうと思いますが、よろしくお願いします。

 Gレコはまたまとめてということにして、今回は久々にまじめな話です。仕事をしていると色々と世代間ギャップを感じることが多いのですが、一番大きく感じるのは娯楽の考え方かなぁ、と思った話です。


 というのも、小さい頃にどういう娯楽があったか、大人になってからどういう娯楽があったか、そのあたりが世代によってかなり大きく違うんですよね。住んでいた地域がどのくらい都会だったかというのもありますが、基本的に今娯楽と呼ばれているようなものは、今50代以上の人が若かったころにはほとんどなかったものなんです。つまり余暇の使い方が全く違っていたんですよね。

 何故そのようなことに思い当たったかというと、地方への転勤に対する抵抗感が、下の世代ほど強いんじゃないかと思ったからなんです。それは何故なのかというと、人間関係がリセットされてしまうからなんじゃないかと考えました。
 昔はそもそも人間関係っていうのはその場で作るものだったんだと思うんですよ、実家のある地元があって、比較的離れた場所の高校や大学に通って、就職もまた離れた場所ですると、そういうのが当たり前だったから、転勤になって場所が移動しても、そこでまた人間関係を作ればよかった。転勤先に行っても娯楽はたいしてないから、結局職場の人と飲んだりするしかない。上の世代ほど飲み会に抵抗がないのは、そもそもそれこそが娯楽だったからなんじゃないかと思ったんですね。
 地方の繁華街にある娯楽といえば、酒か女かギャンブルかというくらいで、あとはテレビで野球中継を見るくらいしかなかったんじゃないかと思うんです。だから、スポーツ新聞や夕刊紙の内容もその辺に特化しているわけで。

 それがバブルのあたりで、娯楽と言えば旅行みたいになっていくんですね。海外旅行もそうですし、夏はサーフィンで冬はスキーとか、連休になると「どっかいくの?」とか言われる。今の40代あたりはそういう感覚の人が多いです。これも、転勤してもできる娯楽です。

 そこから下になると、カラオケとかボーリングとかの街中で遊ぶ系とか、漫画やゲームなどのオタク的趣味が増えてきます。オタクはとりあえず置いといても、昔からの友達と遊んでいる人が多い印象がありますね。もちろんそれは家庭をもっているかどうかということも大きく関係してくるのですが、基本的に交友関係はどんどん狭く深くなっていると思うんですね。そうなると、転勤してしまったらこれらの遊びはできなくなってしまうんです。仲良しが近くにいないから。それは近所づきあいとかではないんだと思います。酒は飲めれば酔えるし旅行もその場に行けば相手は必ずしも重要ではないですが、若い世代の遊び方は仲がいい、価値観を共有している人とすることが前提なんですね。要するに娯楽の方法が違うんじゃないかと思ったんです。
 つまり、上の世代の人ほど娯楽の相手は比較的「誰でもいい」んです。酒を飲む相手がいればいい、話聞いてくれる女の子がいればいい、みたいな感じで、基本的に人を選ばないんです。下の世代になるほど、より気心の知れた仲のいい人じゃないとできない遊び方をしているんじゃないかと思ったんですね。

 それがどう影響してくるかというと、仕事に対する考え方に出てくるのかなと思ったのです。娯楽の相手を選ばない人は、仕事の飲み会も遊びの延長だし、職場の人間関係もその延長でしかなくて、要するに仕事と遊びの境界線が曖昧なんです。人によっては、家庭よりも職場の方が居心地がいいという人がいる。でも娯楽の相手は親しい人だと思っている人にとって、職場の人間関係は極めて苦痛だし、飲み会も仕事の延長にしか感じられなくなってしまう。そういう側面があるんじゃないかと感じたのです。

 自分もまだ若い世代に属する方だと思っていますが、やっぱり職場の人間関係は楽しくはないですね。正直仕事でしかつながりのない世代も違う人とどういう雑談をしたらいいかいまいちわからないことも多いですし。まぁ結局はコミュ力がものを言う部分ではあるんですが、いわゆる「リア充」な若者なら上司とも飲み会でうまくやれるかというと必ずしもそうではなくて、要するに自分と相手の常識が違うという前提でどこまでコミュニケーションを取れるか、ということなのだと思います。それは、親しい友人関係の中では築けないコミュ力なんですよね、と。
 これは、一見上の世代の方がコミュニケーションが得意なんじゃないかというように思えますが、実はどっちもどっちで、上の世代のコミュニケーションは相手を選ばない分相手の価値観もどうでもいいんですね。そもそも相手の価値観をある程度無視しているんです。下の世代も相手を選ぶという意味で相手の価値観は限定的にしか認めないので、結局互いに互いの個性や価値観を認め合っていないことになるんです。

 多分異なる世代が同じ組織の中で上手くやっていくためには、どうしても違っていて当たり前の価値観をどれだけ許容できるかどうかなんだろうなと思うんです。でもそれは娯楽感覚に根付く、根本的に違うものなので、理解しようと思ってできるものではなく、それよりもそういうものだから仕方ないという割り切りが必要なのだろうなと。ニュータイプだったら違うんでしょうけどね(笑)
 おそらく、今の時代の方がより高いコミュニケーションを求められているんだと思います。とりあえず相手に合わせて適当にふるまって、嘘ついてでも上司に気に入られれば出世できた時代はもう終わっていて、かといって完全に能力でどうにでもできる時代でもない。ある程度相手のことを理解して、相手にちゃんと意図が伝わるよう適切な振る舞いをしないと、自分にしっぺ返しが来るという難しい環境にいるんじゃないかなと思います。

 まぁ、過渡期ではあるんですよね。そのうち娯楽と仕事をしっかり区別する人しか社会にはいなくなる時代が来るんだと思います。が、それまでは価値観の違いを認めた上で付き合わなければならないのだろう、と思うのです。娯楽はそのガス抜きみたいなものでしょうね。それがなかったら、それこそ精神を病んでしまうということなのだと思います。

 こういう時代だから、娯楽産業はより発展しているのかもしれません。
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