がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「日本の家族のかたちと社会」
 久々にこてこてにまじめな話を書いてみます。最近仕事をしながらいろいろ考えて、ふと思ったことです。
 今の日本社会が抱えている根深い問題の多くが、政治が日本の家庭の変化に追いついていないことに拠るんじゃないか、という話です。

 そう思うようになったきっかけは、今と昔の結婚観の違いについて考えたことからです。今は晩婚化とか言われていて、女性が結婚する年齢が遅くなっていることが一つの問題であるとされています。また、全く結婚する気配のない中年男性も結構いるように思えます。

 この辺から考えたんですが、昔は本人の意思にかかわらずある程度の年齢になったら結婚しなきゃいけない雰囲気があったんですよね。本人にその気がなくても、親が無理矢理にでもお見合いとかで結婚させていたんです。だから、必ずしも相手に恋愛感情を持って結婚することは少なかったんです。お見合い結婚の対義語が恋愛結婚だった時代ががあって、今になっているわけですから。
 なんでそんな雰囲気だったかというと、昔は「家」というものがとても重いものだったからなんですよね。結婚というのは、ふたつの家系が同盟関係を結ぶ儀式であって、当人たちだけの問題ではなかったんだと思います。また、親にとって子を結婚させるのは一つの義務みたいなもので、逆にいつまでも結婚しないでいる子供がいるのは、恥ずかしいことだったんだと思います。
 ニートやひきこもりは現代特有の現象だと思われていますが、実際のところ40代以上でもニートやひきこもりみたいな性格・性質を持った人はいると知りました。ただ、彼らはそれでも結婚しているし、仕事もしているんです。円満とは言い難い人も多いですが。要するに、昔は結婚しないのが親の恥だったから、どんなどうしようもないキモオタみたいなタイプでもそこそこまともな家に生まれていれば結婚できたんだと思います。それが、今は本人の自由になったから、する意志がない人間はしなくなった、ということなのだと思います。自由競争が導入されたらふるい落とされてしまう層が現れたという感じですね。

 何故結婚が「しないと恥ずかしいもの」ではなくなったのかというと、これは単純に相手を見つけるのが難しくなったからなんじゃないかと思います。お見合い結婚が嫌がられるようになったというのもありますし、単純に少子化でそんなにどこにでも相手がいるような状況でもなくなったということもあると思います。

 特に少子化については、かなり社会の変化をダイレクトに反映した事象なんじゃないかと思います。昔の家庭には兄弟がたくさんいました。親は実はそんなに子育てをしていなくて、上の兄弟が下の兄弟の面倒を見るのが当たり前だったようです。どこの家もそのような環境なので、当然周りには親族や友達だらけ、それも異年齢が当たり前となると、今の若者とはコミュニケーション能力が根本的に異なって当然かなと思います。
 何故そんなに子供をたくさん産んでいたかと言えば、一つはこのように親の子育ての負担が小さかったからなのではないかと思います。兄弟をたくさん産めばその兄弟が働いてくれるというのもありますし、「家」単位での生活が基本だったので、親の両親をはじめ親族は近隣にたくさん住んでいて、フォローしてくれる人はたくさんいたし、家も今のアパートなどに比べれば広いのが当たり前だったので、家族が増えても住む場所がある、という状況でした。食料も近隣の農家から取れ過ぎた分をお裾分けしてもらったりしていて、今ほど食事にお金をかけていなかったとなると、子育てのハードルは今に比べたらはるかに低いことがわかります。

 そもそも今は近所づきあいが少ないと言いますが、昔は近所が必ず「誰かの知り合い」だったというだけで、決して昔の人たちが今よりも近所とうまく付き合っていたとは言い難いのではないかと思います。昔の人も「赤の他人」には厳しかったと思いますし、今は全ての隣人がその「赤の他人」となっているだけであると言えます。
 何故そうなったかと言えば、それは子供が大人になると、「家」から離れた職場で働き、職場の近くに引っ越すのが当たり前となったからではないかと思います。昔は「家」が中心でしたが、今は「職場」が中心となっていて、会社の都合で日本中を転勤してまわるような例も多くなりました。
 この「家」中心から「職場」中心になったという変化が、日本にとってもっとも大きな変革だったんじゃないかと思います。

 この「職場」中心となる価値観に移行していったことで、それまでは「家を継ぐ」ことが子の使命だったものが、「良い職場に就職する」という使命に変わっていきました。そしてそのための手段となったのが、大学受験です。
 インターネットによる就職活動が当たり前になる以前は、就職というのは大学の先輩のつてによるものが当たり前でした。悪く言えばコネ就職ですが、企業の立場から見れば大学の人脈によって社員を集めることで、人間関係で会社に縛り付け、簡単には辞められない状況を作り、また職場の人間関係の悪化を防いでいたとも言えます。そのため、大学とは就職するための場所であり、偏差値の高い大学ほどより良い就職先に繋がっていたと言えます。
 しかし、この人脈による就職は、その時その企業が求める人材像を考慮しないものであるため、手っ取り早く頭数を揃えるためには有効ではあったでしょうが、効率よく人を集めるには向かない手段であったのだと思います。バブルが弾けてほとんどの企業が経営を見直さなければならなくなったとき、真っ先に無駄であるとわかり切り捨てにかかったのが人件費でした。
 その結果、企業は人材の厳選に注力するようになり、就職難の時代となりました。団塊世代の退職や少子高齢化によって、労働人口はどんどん減っているにもかかわらず、就職の間口は決して広くなってはいません。むしろ人材を使い捨てるブラック企業が跳梁する始末です。

 このように時代が大きく変わったにもかかわらず、未だに「家」中心の世界にいるのが、政治家という人種です。彼らは世襲を当然のように行い、地方の大きな「家」を拠点とした地盤を元に活動しています。男性の政治家にとって、結婚は未だにしなければ恥ずかしいものでしょうし、政略結婚の誘いも多いでしょう。子育てを自分でしているとは到底思えませんし、人脈で活動する業界の真っただ中にいます。
 つまり、今日本という国を動かす立場にいる人間たちは、日本という国が抱えている問題である、晩婚化も少子化も就職難も、皆対岸の火事のようにしか感じることができない人種であるということになってしまっています。ここに、最大の問題があるのではないかと思うのです。

 政治家の中でも、どちらかというと右寄り?な方々の中には、「子は家庭の中で育てるものだから、子育て支援など国がすることではない」というようなことを言っている層がいますが、これこそ昔の「家」の感覚でものを考えている証拠でしょう。昔は子供がほっといても育つような環境であったから良かったのですが、今は子に関わるのは直接の両親がほとんどであり、父親はほとんど仕事をしているのが当たり前、更に今では母親も仕事をするのが当たり前となりつつあります。そういう状況でそれでも子育てを家だけでやれ、というのは無理であると、少し考えればわかるはずなのですが、それがピンとこないのが実情です。
 またどちらかというと左寄り?な方々の中には、未だに「雇用を守れ」「非正規社員の待遇の改善を」などと言っている層がいます。今問題になっているのは、就職「できない」ことであり、給料などの待遇よりもむしろ人材不足や経営者の問題からくる社員個人への過剰な労働負担です。この辺りを全く理解できていないで、昔の労組運動の延長でしかものを考えられない人たちは、いつまでたっても票を獲得できないでしょう。

 結局のところ、昔のような環境を今の社会情勢でやるのであれば、強制的に結婚しないと何らかのデメリットがある仕組みとか、子供をたくさん産んでもそれが親の負担に直結しない仕組みとか、企業と就職したい学生が効率よくマッチングされる仕組みとか、そういうのを作る必要があるわけで、そもそも今の社会情勢で昔のような環境に戻す必要があるのか、ということさえ考える必要があるわけです。
 むしろ、今はそのような仕組みからはどんどん遠ざかっていると言えます。企業は社員に結婚する暇を与えようとしませんし、ましてや子供を育てる都合など考えずに人材配置を行いますし、できるだけ優秀な学生を雇用しようと高望みしているように感じます。すべてがそうではないですし、そうならないよう配慮している企業も大企業にはありますが、中小企業にそんなことを考える余裕はないようです。
 結局のところ、「職場」中心の社会がどんどん「家」中心だったころの慣習を破壊していて、そのことを国が直視せず、企業の好きなようにやらせてしまった結果が今の社会なんじゃないかと思うのです。それを改善するどころか、企業の経営者が引退して政治家になって、さらに社会を企業にとって都合のいいように向かわせているような気がしてなりません。
 もちろん、日本の高度経済成長は企業の発展と同義ではありますが、そのことにより生じたデメリットからも目をそらし続けすぎてしまったんじゃないかと思います。そして問題が顕在化したころには、もう何が原因だったのかもわからず、現状の対処に追われているのが、今の国政でしょうか。

 個人的には、少子化の問題は人口が減ることよりも、より人生経験が浅いまま社会に出なければならなくなることの方が問題かなと思います。人口が減っても、機械化などの効率化でむしろ人手は少なくて済むように技術が発展していますから、そこについては大きな問題は生じないと思うのですが(高齢化の方は、戦力にならない高齢者がどんどん増加するという意味で深刻な問題です)、その結果少ない人手は組織のマネジメントに割かれることになり、人間の役目は機械でもできる労働から、より頭を使った経営管理に比重を移していっています。そうなった時に、そういう人材を育成するようには、子育ても教育もまだ動いていないと感じています。むしろ狭い環境で育った、新しい刺激への抵抗力が低い人材を生み出すような方向に向かっているようです。
 特に、ちょっと前までは大学に行くことが就職の保障であり、そのための勉強であるという論理が成り立っていましたが、今は大学に行っても就職は保障されないため、大学で何をすればいいのかよくわからなくなってしまっています。

 その結果、今の社会は「職場」中心であるにもかかわらず、その職場に適応でき得る人材を全く育成していないという状況にあると言うことができます。
 もし社会が本当に「職場」中心であり続けるのであれば、将来の人材育成も含めて考えて、子育てや教育の管理から企業が行っていかなければならないのかもしれません。今はそのツケを行政が払っている段階ですが、税収も減っている状態でその状況を続けるのは限界があるでしょう。そりゃ消費税も増えます。
 企業は利益を追求するものですが、長期的な利益を担保したいのであれば、産まれたときからの人材育成という観点が必要になってくるのではないかと思います。

 ただ個人的には、これからは「職場」から「趣味・娯楽」が中心となる時代になっていく可能性もあるのかなと感じています。仕事はあくまでも生活していくための手段であって、中心はあくまでも自分のプライベートの遊びになっていくんじゃないか、と若い世代を見ていて感じます。親も、子供に望んでいるのは良い企業への就職ではなく、楽しく幸せな人生を望むようになっているような気がしますね。価値観として、仕事によって自分の生活が制限されることに抵抗があり、むしろなるべく自分の楽しみが確保できる就職先を探すような兆候があるように思えます。
 日本人の人生の目的は「家」の名誉を守ることから「職場」で活躍すること、そして「趣味・娯楽」に興じることへ、すでに移っているのかもしれませんね。

 そしてそんなことなど全く考えてもいなそうな政治家を見ると、やはり投票率は下がって当然なんだろうなぁと思います。実質的に、社会を動かしているのは企業であり、政治家が動かしているのは、もはや一般人からはかけ離れた何かの世界だけなのかもしれません。だったら、選挙で一票投じることよりも、自分のお金を何のために使うかの方が、よほど社会を動かす力になっている気がします。とはいえ、そうやって投票から一般人が離れれば離れるほど、政治家はより特定の世界のためだけに力を使うようになるのが、悩ましいところです。
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コメント
コメント
そもそも日本なんてもう無いも同然でしょ。ここはもう東朝鮮。
2013/07/06 (土) 00:14:59 | URL |   #-[ 編集 ]
サザエさんの磯野家は家長制度を色濃く残してますし、ドラえもんの野比家はサラリーマンの悲哀を感じさせる高度成長期の核家族、クレヨンしんちゃんの野原家は名前で呼び合う今風な核家族ですね。
シングルマザーのアニメがほとんど無いのは救い、なのかもしれませんね
2013/07/06 (土) 08:57:00 | URL | ナナシ #-[ 編集 ]
お暑うございます
>むしろ狭い環境で育った、新しい刺激への抵抗力が低い人材を生み出す

“ビニールハウスで育つ貝割れ大根”だという事です。

>その職場に適応でき得る人材を全く育成していない
>将来の人材育成も含めて考えて、子育てや教育の管理から企業が行っていかなければならない

その企業が、もはや“死に体の老人”なんです。

>仕事によって自分の生活が制限されることに抵抗があり

つまり、稼ぐとは“枷具”という事。

>実質的に、社会を動かしているのは企業であり、政治家が動かしているのは、もはや一般人からはかけ離れた何かの世界
>選挙で一票投じることよりも、自分のお金を何のために使うかの方が、よほど社会を動かす力になっている

それぞれの人がまず、創める事です。

さぁ!
2013/07/06 (土) 21:03:27 | URL | カズラキー #-[ 編集 ]
私としては
1、非正規社員の増加や正社員でも所得少ないので
自分自身は独身貴族で養えても子供育てられる経済力がない、結婚して2人分の所得でも足りない
養える経済力もないから結婚できない
非正規でも研究職やIT関連のプログラマーやSEなどで正規社員と同等以上の金をもらえる人も大勢いますが、大抵は自動車部品の製造などアルバイトに毛が生えた程度のフルタイム労働の金しかもらえない人がほとんどです。
労働者にアルバイト程度、派遣会社に時給1000円払って100円ぐらいが派遣会社のピンハネ取り分といったところでしょう。
2、高度経済成長(いざなぎ景気)をもう一度呼び起こすにしても
アメリカも中国も成熟した中でどこを貿易相手国として経済成長を実現できるんでしょうね。
天然ガスを開発したり、ロシアを貿易相手国にするなどまだやり方は残っていますが。
3、介護や子育てなどを両立できることですかね
4、英語学習、母国語ではなく外国語である英語の取得で外国を取引相手として、日本国内にいながら電話やメールで取引を可能にする
ただTOEIC900点以上取らないと幹部になれないとか600点以上取らないとクビだという楽天みたいにやるだけではなく
あの手この手で成果を上げた方法をいくつかやってみるのが良いと思います。
2013/07/07 (日) 07:52:35 | URL | #-[ 編集 ]
>名無しさん
どっちかというと西アメリカだったはずなんですけどね。
朝鮮のように分裂していない分、中に色々な勢力が入り込んでいるとは思います。

>ナナシさん
3つのアニメが家庭の変遷を示しているというのはよく言われますね。
さすがにシングルマザーは一般的にはならないと思うのですが、
母親が働いている家庭、というのは今後出てくるかもしれません。

>カズラキーさん
一人一人が何を成すかを考えればいいのに、
めんどくさいことは全部偉い人がやってくれればいいのに、と考えさせるような風潮はすごく感じます。
社会にもそういう人が凄く多くて、大体そういう人がクレーマー体質なのがきついですね。

>名無しさん
かつてのように社会に発展する余地がなくて、何を目標にすればいいかわからなくなっている側面はありますね。
最近景気が悪いってバブルが弾けてからずっと言われてますけど、
それは高度経済成長期とかバブルの時期を基準にしてるからであって、
その一言で今の世の中を表してしまうのは思考停止なんじゃないかなとは思っています。
今より少しでも良くしよう、という向上心が大切な時代なのかもしれませんね。
2013/07/07 (日) 12:56:49 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
昔という言葉がどのくらいの昔を
想定されているかは分かりませんが、
文面から察するに昭和の頃を中心に
考えていらっしゃるのでしょうか?

だとすると日本人の平均寿命が
高くなったことが原因の一つで
あるのかもしれないと私は考えます。

子供が成長し成人を迎えるという
単純なことが難しかった時代が
かつては日本にもありました。

だからこそ多くの子供を作ったり
子供が少なくても大切に育てたという
こともあったのではないでしょうか。

昔よりも今の方が子供をほっといても
育つような環境かもしれないなと
読んでいて思う・考えたりします。

人々はそこで子を産み、
育て、そして死んでいった…
という例ののナレーションと同じで、

家という考え方だけでなく血を繋ぐ
(子孫を残す)という考え方のほうも
しっくり来るような気もするのですが…。

このようなものの捉え方?考え方?は
個人差があるものですからどちらが
良い悪いということではなく、

もっともっと色々な角度から
思ったこと攻めてもらえていたら、

私ももっと違う感想を
抱いたかもしれません。

ガンダムの話も
ガンダム以外の話も
また読ませて頂きます。
2013/07/11 (木) 02:10:44 | URL | 旅人 #-[ 編集 ]
確かに、平均寿命が長くなったことは大きな要因だと思います。
子供に対する意識もそうですが、そのことによる政治家の高齢化も大きいような気がしますね。

今の子はほっといても育たないです。
身近な大人が親以外にまともにいませんし、
ゲームやPCなど一人で時間を潰す手段がたくさんあるので、
結果的に他人と接する能力が異常に低くなりがちです。

成熟した安全な環境になるほど生存欲求は落ちるもののようですし、
そういう意味で子孫を残す意欲が減っていくのは自然の摂理かなと思うのですが、
政治システムに目を向けた場合、「家庭」に持つイメージが権力者層と一般市民層であまりにもギャップがありすぎるのではないか、と感じています。
2013/07/15 (月) 20:54:14 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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