がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
アニメ版機動戦士ガンダムUC episode5「黒いユニコーン」
 今更ですが視聴しました。相変わらず小説の福井分が限りなく薄められている事に好感を持ちつつも、ちょっと盛り上げが難しかったのかなという印象を受けました。

 例によって激しくネタバレです。ご注意下さい。
 まず、今回も小説からの(上手い)改変について。同じ部分に当たる小説の感想を見返しても、個人的に原作で気になった点は以下のとおりでした。

・ミネバがマーサを論破する違和感
・リディというキャラクターの不安定さ
・マリーダのトラウマ

 この辺が全て改善されているんですよね。

 まずミネバとマーサの会話については、ちょうどその論破するシーン(マーサは男性性を否定しながら男性の論理の上で行動しているという矛盾)だけがカットされ、その前後は残されているということ。これにより、単純にミネバはマーサの誘いを断ったから決裂したというだけに読み取れるようになっています。このシーンは、マーサという人間の欠落した部分を描く描写だったのですが、それをミネバに言わせるには説得力がなさすぎる側面があったので、カットしたのは良かったと思います。男性と女性の一般論に踏み込んでしまう部分でもあるんで、色々団体とかのことを考えると映像化は難しいという判断もあったのかもしれませんが。

 リディについては、前回あたりからかなり小説との差別化が図られています。小説では、ずっと気になっていたことなのですが、青臭い若者キャラというところでバナージとの区別がほとんどなされていませんでした。キャラ絵が入ってこない小説なだけに余計に違いを感じられませんでしたね。しかもバナージとはしばらく共闘しており、思想的な違いもはっきりしていませんでした。このあたり、アニメではかなり早い段階からリディに現実を割り切らせることで、立ち位置も考え方もバナージとは違うということをはっきり描写していました。それだけでなく、ミネバを巡るバナージへの嫉妬がガンダムへの憎悪に変わることで、マリーダの精神を揺るがすきっかけの役目になっていたりと、シナリオのキーパーソンとしての役目も増えていました。
 マリーダに対するキャラクターとしては、小説ではアルベルトの方がクローズアップしていました。またマリーダがバンシィに乗るようになる過程から、アルベルトというキャラクターはかなり描写の機会が増えていました。バナージやリディとの会話も多く、「ミネバに捨てられるリディ」に対し「マリーダに捨てられるアルベルト」という対比がなされ、同格のキャラであるように描かれていました。しかしアニメでは、マリーダへの執着はある程度描かれているものの、バナージやリディとの絡みはほとんどなく、マリーダがバンシィから解放される場面でもその場にはいませんでした。これはどちらかというと、尺の問題で出番を減らされただけかなとも思います。
 ただ、リディやアルベルトは、かなり福井氏の人格が反映されたキャラであるように思えました。女性に対する情けなさなどが共通しており、バナージを作者の「理想」のキャラとすれば、「現実」側の主人公であるとも捉えられました。アニメの方針の一つが作者個人の色を薄める事にあるならば、この2キャラの扱いは変えられて当然なのかなと思います。

 そしてマリーダの過去については、ジンネマン同様ほとんど触れられませんでした。むしろ、アルベルトとジンネマンの間で揺れ動く部分のみが描かれており、ジンネマンとの絆の強さを強調する描かれ方になっていました。
 また、マリーダは小説において、ガンダムを「光を奪った敵」と刷り込まれていました。この「光」とは、要するに中絶させられたときに奪われた胎児の暗喩なのですが、アニメでは「光」とは救ってくれる者=マスターのことを指していました。根本的に、マリーダというキャラクターのバックグラウンドが改められていると言えます。原作にある言葉を別の意味に変えて表現するという意味では、このアニメにおけるこれまでの改変の中でもベストのものであると個人的には思いました。

 その他に、ミネバがバナージを信じて飛び降りる描写は、小説ではあまりしっくりこなかったのですが、アニメではそこがすんなり入ってきました。というのも、バナージは一度インダストリアル7で落下するミネバに気づいて救っているんですね。それと同じことをもう一度やっただけなんです。違いは、ミネバがバナージならまた救ってくれると信じていたこと。思っていた通りに来てくれたバナージに向けるミネバの表情の穏やかさには、あの世のドズルも泣いて喜ぶだろうと思えるものがありました(笑)。
 きっと、ハマーンもこのミネバのようになりたかったんだろうなぁと思います。だから、バナージの同種(なのか?)のジュドーに惹かれ、シャアがミネバにとってのバナージのように救ってくれる存在だと信じたんじゃないかと。でもシャアはバナージじゃなかったから、裏切られたと感じて変わってしまったんだろうなと。だからミネバはハマーンのグッドエンド版なんだろうなと思った次第です。

 もう一つ印象的だった改変が、ブライトがバナージにかけた言葉です。ガンダムに乗ったのは偶然だと言うバナージに対し、小説のブライトはひとりひとりは無力でも、個人の意思の連なりが世界を闇の淵から引き戻すことだってあると言いました。しかしアニメのブライトは、ガンダムが目の前に合ったことは偶然かも知れないが、ガンダムに乗るかどうかは自分で決めたことであって、偶然ではないはずだと言ったのです。そしてガンダムに乗る決意をさせたものは何かと問います。初心に帰れってことでもありますが。
 このアニメのブライトの言葉は、極めてシンプルでストレートです。小説の言い方よりも、よっぽど「歴代ガンダムパイロット」を知っている我々にとってもしっくり来ます。みんなガンダムに出会ったのは偶然でも、それに乗り続けたのは本人の意志だったんですよ。そしてそのことをバナージに教えられるのは、作中世界においてブライト以外にいないんです。ここも素晴らしい改変だと思いました。
 結果、バナージはバンシィと戦うためにはNT-Dを使わず、ミネバを救うために使うわけです。第1話と同じシチュエーションの時のために。

 小説では、ユニコーンがデストロイモードにならなかったのは、サイコフィールドの干渉を防ぐためでした。しかしアニメではどちらかというと、マリーダと戦いたくないからであったように思えます(以前マリーダと戦ったときは、NT-Dを発動させて本人の意思とは裏腹に完膚なきまでに叩きのめしてしまいましたから)。当時と今の違いは何かと言えば、自分の意思をはっきり持っていることだと思います。それはダグザの言葉と、ロニとの戦いと、ブライトとの言葉によって自分が何をしたいのかということにはっきり気づいているからなんですね。このあたりの説得力は、かなりアニメの方が高いと感じました。

 ただ、そういうキャラクターの説得力というのは、やはり(原作に引っ張られて)弱いかなという感じもします。特にリディの行動理念は、箱の真実を知って現状のままにしておいた方がいいという結論には達しているものの、後先考えずに感情的にミネバを連れて行こうとしてしまいます。彼の思う通り現状維持したいならば、ピスト財団の思うとおりにしておけばいいのです。なのに、ミネバだけは連れ出そうとして財団と敵対してしまうために、立ち位置がぶれてしまっています。思想よりも感情を優先しちゃうキャラってことなのかもしれませんが、ミネバを守るし箱も財団にもネオジオンにも渡さないというバナージに比べると、分かりにくくなっていしまっています。
 ミネバは、当初は戦争を防ぐためにラプラスの箱の流出を回避させようとしていました。そのため、リディと同調していたのですが、マーサとの話やリディの口ぶりから、どうもラプラスの箱をそのままにしておくのもあまり世界にとってよくないようだと勘付き始め、リディと袂を分かちます。そう書くと筋が通っているのですが、リディの描かれ方が曖昧であるがゆえに、ミネバの変心もうまく描かれなかったかなという印象です。
 このあたりは、リディの描き方を小説と変えたが故に、余計に曖昧になってしまった部分かもしれません。小説では、ミネバを救いたいという気持ちが先にあって、だけど箱の真実を知ってしまったためにどっちを優先すべきか苦悩するキャラでしたからね。そこでミネバを選ぼうとしたら拒まれちゃったから、感情的にも思想的にもバナージと敵対する以外の選択肢がないという立場に置かれることになったわけです。
 アニメの場合、まず思想の部分が全面に出ているわけですから、財団と敵対しない範囲でミネバを招きいれようとする立場の方がよかったのかなぁと思ったりします。特に、小説ではミネバがリディを見限る直接的な要因が、マリーダを人形扱いして見下したことだったのに対し、アニメではそこがカットされていたわけですし。

 もともと、この作品はキャラクターの息吹があまり感じられないという感想を何度か書きました。それはおそらく、キャラクターの個性を思想と血筋と過去のトラウマやコンプレックスでしか描き分けられてないからなんじゃないかなと思います。そのキャラがどういう人生を歩んできて、これからどうしたくて生きているのかという情緒・人格形成面での説得力が足りないんですよね。シナリオの中の個性という意味では、AGEの方がよっぽど分かりやすく明確になっているんじゃないでしょうか。視聴者が同調できるかは別として。
 そのあたり、バナージは状況に巻き込まれながら自分の感情だけは流されないようにする、というキャラに明確に描かれていてアニメでは説得力が増しているのですが、元々のキャラ設定の問題から他のキャラがそれについてこれていないかなという感じがしますね。
 ただそれは、まずキャラ付けから入るアニメと、作者の原体験ベースから入る純文学小説の違いでもあるのかなと思うので、今までのガンダムと同じようにはできないんだろうなとも思います。


 不満点としては、今回は盛り上げどころが難しかったんだろうなという印象を受けました。一応クライマックスはミネバとバナージの再会と、マリーダの救出のところなんですが、そこに戦闘シーンがうまく絡んでこなかったんですよねぇ。今回の実質主役機であろうバンシィも、ユニコーンと正面から戦わせてもらえなかったので、デルタプラスを虐殺するくらいしか見せ場がありませんでしたし。せっかくシャイニングフィンガー(違)という新しい武器をもらえたのに。
 シナリオ上ユニコーンと戦えないのはしょうがないので、せめてデルタプラスともうちょっとガチバトルしてもよかったかなぁとか思います。

 最後のユニコーン覚醒のシーンは、小説からしていまいちではあったんですが、ちょっとしっくり来ませんでした。小説だとマリーダは絡んでいるんですが、アニメだとあそこに出てきたのダグザとギルボアなんですよね。地球に落ちる時に与えられた課題をクリアして帰ってきた、という象徴なのかなとも思うんですが、今回の話の流れからすると、ミネバとマリーダを救えたからこその覚醒だと思うんで、その2人との絡みもほしかったかなという気がします。

 戦闘的な盛り上げが足りなかった意味でも最後にゼネラル・レビルVSシナンジュ&ローゼンズールがが入ったんだろうなとも思うんですが、それまで圧倒的な敵の象徴だったフロンタルが味方にまわったような感じがして、違和感がありました。あといくらローゼンズールが強くても、Zガンダムタイプと同格スペックのはずのリゼルC型がぽんぽん落とされてちゃいけないと思うのですよ。スタークジェガンのパイロットが泣いてるぜよ。

 そんな感じで、原作小説の改変という意味では素晴らしい出来ではあったものの、元の原作の展開に引っ張られてしまった上、プラモ販促アニメとしてのカタルシスはちょっと足りなかったかなというのが総合的な感想ですかね。

 そうそう、ベルトーチカは出てきましたけどアムロの話にはなりませんでしたね。アムロは中佐なのか、大尉のままなのかについてはアニメではぼかしておくってことでしょうか。
スポンサーサイト
コメント
コメント
やっとこ観ました
原作未読なせいか、「Z」や「逆シャア」へのオマージュぶりの方にばかり目がいっています。特にブライトの言動や綱渡り的なお膳立てはエゥーゴ時代を知らない人には理解できないでしょうね。

後、前回で「お前はアスランか?」とツッコミを入れたリディがミネバに「貴方は何を守りたいのですか」と問いただされる辺り、種に対する皮肉を利かせたいのでしょうか。
2013/01/21 (月) 10:49:32 | URL | 巨炎 #mQop/nM.[ 編集 ]
オマージュというより半ばファンサービスのようなものなのかなと思います。
原作を読んでいるときはそのように感じましたね。
福井氏なりに旧作キャラを描写してみたかった、という感じは受けました。

リディは原作ではもっとミネバ優先の人間だったんですが、アニメ版では箱の秘密を守ることの比重が増えたことによって、
どっちを守りたいのかよくわからないキャラになってしまったことへの指摘になってます。
そうミネバに言わせるしかなかったという感じです。
2013/01/31 (木) 19:24:09 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 がんだまぁBlog all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.