がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「ロンドンオリンピック」
 若干タイミングを逃しているのですが、更新する時間がなくてこのタイミングになってしまいました。パラリンピックはやってるのでOKということにしてください(汗)

 今回のオリンピックは、例年に比べて日本人選手の活躍が充実していたような印象があります。メダル総数が過去最高だったとか、朝起きると誰かが常にメダルを取っていたとか、色々な理由があると思いますが、個人的に一番感じたのは、「個人競技の団体戦」で過去にない結果を出した種目が多かったことであるように思います。
 ざっと挙げてみて、競泳男女、体操男子、バドミントン、フェンシング、卓球にアーチェリーってところでしょうか。まぁ体操は最高の結果ではなかったと思いますが、それ以外はかなりの快挙と言っていいものだったと思います。バドミントンは他国の失格の影響もあったんでしょうけど。

 特徴的なのは、個人ではメダルが取れなかったにも関わらず、団体では取れたという競技があったということだと思います。1人では勝てなくても複数なら世界に通用する…というのは、ある意味日本という国の真髄であるのではないかと感じたくらいです。
 個人的に嬉しいのは、「みんなで頑張れば勝てる」という子供の頃に漫画などで散々当たり前のように目にしてきた、奇麗事の代名詞であるような言葉を、現実に体現して見せてくれた、ということです。「絆」なんて言葉を震災以来多用して広めようとしている政治家たちが多くいる中、これほどまでに「絆」の力というものを分かりやすくストレートに見せてくれたものはなかったんじゃないかなと思います。

 もちろん団体競技においても同じように結果を出してくれた選手達がいたことも確かです。男女サッカーもそうですし、女子バレーボールもそうでした。ただ、団体競技はそもそも協力しなければまず勝てないスポーツですが、個人競技は実際に競技に臨むのは1人、最後に頼れるのは自分の力だけです(ダブルス除く)。にも関わらず、団体戦の方が良い結果が出るとはどういうことなのか。そこに価値があると思ったのです。

 分かりやすい例が、そこまで言っておいて団体競技になってしまいますが、サッカーのドイツワールドカップでの惨敗です。黄金世代と言われた選手達が最盛期を迎え、中田英寿や中村俊輔という世界に通用する選手を擁しながら、全くいいところなく敗退してしまったこと。その要因はいくつかありますが、確実に言えるのは、チームがバラバラだったということです。
 これは、トルシエ監督が2002年に最後に選んだピースが中山と秋田、岡田監督が2010年に最後に選んだピースが川口だったのに対し、ジーコ監督が選んだ最後のピースが、最も代表歴の浅い巻であったことが象徴的です。チームの和を保つことを考えなかったということが、最終的な結果にまで繋がったのだと思います。
 その反省があって、南アフリカのワールドカップでは、チームの和を保つ事を監督やスタッフだけでなく、選手たち自身が強く理解していました。だから控え選手がスタメンの選手をサポートする事をいとわなかったし、国歌斉唱のときに肩を組んだり、ゴールを決めたらベンチに走っていったりしていたわけです。そしてその結果、グループリーグを突破する事が出来ました。

 そしてもう一つサッカーの例で挙げるのであれば、結局スポーツの世界においては、勝ったものが全てにおいて強い、ということです。なでしこジャパンはワールドカップに優勝する事によって、マスコミにも大きく取り上げられ、テレビの視聴率も信じられないほど上昇しました。それまで人気が無くマイナーでお金ももらえていなかった競技であっても、世界のトップに立てば扱いはがらっと変わるということを証明したとも言えます。これは、他のマイナー競技の選手にとっても、非常に参考になる例であったのではないかと思います。
 どうしても、マイナーな競技は注目されないため、世界一を目指すモチベーションを保ちにくい部分があったように思います。だからオリンピックに出れば、入賞すれば、それで満足していた選手も少なくなかったと思います。しかし本当に結果を出せば、世間は必ず認めてくれるのだとわかれば、それを目標に一丸となる事が、よりできるようになったのではないでしょうか。
 結局強くなければ注目されない、というのは男子サッカーでも証明されています。ドイツワールドカップ以降、日本代表の人気は大きく落ち、観客動員も視聴率も低いままでした。オシム監督の人選がつまらないからだとか、岡田監督の人間性の問題だとか色々言われましたが、結局のところ「日本のサッカーはそんなに強くない」ということをワールドカップで印象付けてしまったことが大きかったのだと思います。それくらい、ドイツでの内容は凄惨たるものでした。
 というのも、それまで日本サッカーはずっと右肩上がりの成長を続けていたのです。ドーハの悲劇でワールドカップ出場を逃したものの、次のワールドカップでは出場を決め、日韓ワールドカップでは決勝トーナメントまで行く事が出来ました。そして選手のレベルはその後もどんどんアップしており、海外で活躍する選手が増えてきた。このままいけば次はベスト8、あわよくばベスト4だって狙えるんじゃないか…と思わせてくれる側面がありました。しかし実際は、オーストラリアに惨敗し、コンフェデ杯では引き分けたブラジルには4点決められて完敗、しかも最後の交代枠をキーパーに使われる屈辱まで味わいました。惜敗ではなく惨敗であり、その結果は「なんだ、日本でやったから良かっただけで、外国でやればフランスのワールドカップの時と世界の差は大して変わってないじゃん」と思わせるに十分な内容だったのです。
 それが、南アフリカでの好成績と、その後の移籍ラッシュ、ザッケローニ監督によるアルゼンチン撃破からアジアカップ優勝と続き、再び「日本サッカーは強い、頑張れば世界との差は縮められる」という印象を与える事に成功しました。そして今、日本代表戦は連日満員で視聴率も(親善試合でなければ)極めて高い数字になっています。
 結局のところ、国際戦は勝ってなんぼである、という共通認識を、日本スポーツ界全てに植えつけるくらい、この男女サッカーの人気の推移は現実をはっきり示していたと思います。

 確かに個人競技においては、競技の瞬間に信じられるのは自分の力だけですが、その自分の力をどれだけ引き出すことができるか、ということについて、そのモチベーションの源泉には、他人との関係もまたあるのだと思います。自分は水泳をやっていたので、水泳のメドレーリレーの素晴らしさというのはよく知っているのですが、やっぱり他人の頑張りを引き継ぐ、次の人にそれを繋げる、という強い意志は自分自身のモチベーションをかなり上げます。そしてそれは友達関係のような仲良し感覚ではなく、嫌いなところもあるし負けたくないと思えるようなライバル関係であるほど、共通の目標を持ったときは結束できるものです。
 違う志を持っていても、同じ国のために勝利するという目標を持って協力する、という少年漫画の王道的展開は、現実に力を沸き立たせることができるのかな、と今回のオリンピックを見て思いました。そう思わせてくれた選手達には、感謝したいですね。当人達は別に国民のために頑張ったというわけではないと思いますが(口ではそう言っても、スポーツ選手とはそういうものだと思います)。

 だからこそ、オリンピック後の番組の中でタレントやアナウンサーが「早く次のオリンピックになって欲しい」とか選手の前でも言えてしまう神経には驚かされましたね。世界で一番大きい大会が終わって、すぐ次の大会に視点を移せる選手なんて、まずいないはずなのですが。
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