がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
カミーユが崩壊した本当の理由
 TV版Zガンダムのラストで、カミーユの精神が崩壊してしまうのは、一般的にはフォウやロザミアの死の影響も含め、戦いの中で肥大化させたニュータイプ能力が失われていく命を感知し、カミーユの精神が磨耗させれた状態で最後にシロッコが一押しをしたことによる、という感じで認識されているんじゃないかと思います。
 しかし以前の考察で改めてZガンダムの物語を確認した事で、どうもそういうことではなさそうだ、ということに気づきました。

 そもそも、カミーユが決定的に変調をきたしているように描かれたのは、47話「宇宙の渦」からです。実はこの話は前話から話が飛んでいて、ゼダンの門をアクシズが破壊した後、メラニーがハマーンに直接会いに行ったという描写で終わった前話に対し、いきなりアクシズが制圧しているコロニーレーザーを奪いに行く話から始まります。その過程はすっ飛んでおり、一体どういう経緯でアクシズとの同盟が決裂し、エゥーゴがコロニーレーザーを奪う事になったかは劇中で説明されていません。
 確かなのは、エゥーゴはアクシズが抑えているコロニーレーザーを奪うため、メールシュトローム作戦を発動し、カミーユはハマーンのキュベレイを引き付ける役目を与えられていた、ということです。

 この、ハマーンを引き付けるという任務を与えられたところから、カミーユはおかしくなっています。それまでは、カツやファに振り回されたり、レコアやサラを追いかけたりと、中盤のノリをそのまま引きずるカミーユが描かれていました。
 カミーユはこの話の冒頭で、明らかにシンタに心配されています。「ちゃんと戻って来いよ、カミーユ」と言ったり、出撃後にはファに「カミーユの事心配なんだ」とまで言っています。
 またカミーユは、例によって無断出撃してきたカツに対し、メガランチャーを向けてまで追い返そうとします。「戦いに私情を持ち込むと、お前が破滅するだけだ」とカツに言い、ファには「こんな戦い、ファだってもう嫌だろ?だから、早く終わらせるためには!」とまで言って追い返そうとしています。カミーユは戦いを終わらせること、私情を捨て去る事、そして1人で決着をつけることを決意しています。

 そしてハマーンに対しては、「お前は戦いの意思を生む源だ!生かしてはおけない!」「お前は人を不幸にする!」「お前は生きていてはいけない人間なんだ!」「暗黒の世界に戻れ、ハマーン・カーン!」とメチャクチャに言いながら、明確に殺意を持って、ハマーンを殺しにかかっています。
 しかし、実際はハマーンを倒す事が出来ず、クワトロに対し「僕は、チャンスがあったのにハマーンを殺せませんでした」「僕の脆い心がハマーンの強烈な意思に負けたんです」と言っています。次の話でも、「このままアクシズがグラナダに落ちたら、僕の責任です。僕がハマーンを殺せなかったから」「モビルスーツは直せます。ハマーンは倒せば…直せないんだ」と言っており、ハマーンを殺せなかった事をかなり強く後悔しています。

 このことから、カミーユは自分に与えられた任務を「ハマーンを殺す事」と認識しており、それを達成できなかった事を強く後悔していたと読み取れます。
 実際のところ、機体性能とパイロット能力を考えると、キュベレイにぶつける相手はZガンダムが最適です。クワトロはコロニーレーザー制圧の指揮を取る必要がありましたし、エゥーゴ側で機体スペック最高のMSがZガンダムだったわけですから、カミーユにハマーンの足止めをさせて、烏合の衆のアクシズからコロニーレーザーを奪う、という作戦は理に適っています。そういう意味では作戦は成功であり、ハマーンの撃墜は必ずしも必須ではなかったように思えます。しかし、カミーユ自身はハマーンを殺さなければならない、と強く認識していました。

 ここから、カミーユの著しい変調が加速します。48話「ロザミアの中で」では、ファの「戦争が終わったらまた前みたいに学校へ行って喧嘩して、昔みたいになるわよね?」という言葉に対し、「元通りにはならないさ。オレは自分の役目がわかってきたから」と言っています。この時点でカミーユはかなりの悲壮感を背負っています。
 またロザミアを撃墜した後には、同じくファに「ニュータイプも強化人間も、結局何もできないのさ」「できることと言ったら、人殺しだけみたいだな」「気にしてたら、ニュータイプなんてやってられないでしょ?」と言っています。(この話で一番の変調は、ロザミアとフォウの区別がつかなくなっていることなんですが)

 この時点で、カミーユは「自分はニュータイプである」「ニュータイプには人殺ししかできない」という認識をしています。つまり、カミーユは人殺しが自分の役目だと定義しているのです。
 このことと、自分の役目がハマーンを殺す事だということを合わせて考えると、「自分の役目は戦局の中心となっている者(=敵ニュータイプ)を殺す事である」と考えているように推測できます。ニュータイプは本質を見抜く力があるため、戦争を引き起こしているのが誰かということをある程度察知できます。アムロも、一年戦争の最後にはザビ家を倒すべきだという結論に、誰に言われたわけでも無く自然と達していました。カミーユもまた同じ結論に達していたのですが、問題は、カミーユは人を殺す事に対して強い抵抗感を持っていた可能性がある、ということです。つまり本当は誰も殺したくない、と思っている可能性があります。

 アムロは元々生きるか死ぬかの状況を潜り抜けてきた上に、ニュータイプとしての才能を完全に開花させる前に、ランバ・ラルとの死闘で戦士として成長していました。つまりニュータイプである前に、アムロはすでに兵士となっていたと言えます。だから、1つ、2つと淡々と敵機を撃墜する事ができたとも言えます。
 それに対しカミーユは、顔の見える相手を殺す経験をほとんどしていません。それどころか、両親が目の前で死ぬところを見てしまっており、死に対して強い嫌悪感を植えつけられています。ハマーンを殺そうとするまで、能動的に殺意を持って殺した経験はほとんどないはずです。(唯一ライラは顔を知った上で撃墜していますが、その辺が最後にフォウらと混じって霊体として登場した要因なのかもしれません)また顔も名も知らないザコ敵の撃墜に対しても「出てこなければ、やられなかったのに」に代表するように殺しの責任を相手に転嫁するような素振りを見せたり、撃墜した敵を悼むために仏壇をこさえたりと、割り切って戦う戦士にはなりきれていない描写があります。
 そんなカミーユにとって、「ハマーンを殺す」という役目はかなりのストレスだったのかもしれません。ニュータイプは人の意思を感知できますから、当然敵の意思も感知できます。ということは、撃墜した敵の思念も感じ取っていると言えます(このあたりは小説「密会~アムロとララァ~」に詳しく書かれています)。アムロは割り切ることが出来ましたが、カミーユはできていなかったのではないでしょうか。

 その後、カミーユはジェリドに対し「貴様のようなのがいるから戦いは終わらないんだ!消えろ!」ヤザンに対しては「貴様のような奴はクズだ!生きていちゃいけない奴なんだ!」シロッコに対しては「わかるはずだ、こういう奴は生かしておいちゃいけないって!わかるはずだ、みんな!みんなにはわかるはずだ!」と罵倒して撃墜しています。ハマーンに対する台詞もそうなのですが、相手を撃墜する時に、こいつは死んで当然の奴だから殺してもいい、という暗示を自分にかけているようにも受け取れます。そう思い込まないと、本気で殺す気にはなれないということです。

 カミーユは戦争で人を殺す覚悟ができていなかったのに、人を殺すのが自分の役目であるという結論に達してしまった。そのストレスこそ、カミーユを壊した決定的な要因だったのではないでしょうか。
 これは、ある意味では非常にリアルです。普通の少年に、殺しを何度もさせたらこうなるだろう、ということをそのまま描いただけに過ぎません。

 しかし、何故カミーユはそのように自分の役目を決定付けてしまったのでしょうか。描写がないにしろ、カミーユのメールシュトローム作戦での役目はハマーンの「殺害」ではなかったはずです。
 一つ考えられるのは、カミーユがそれ以外に自分の存在意義を見出す事が出来なかった、ということです。カミーユはアムロと違って、「他にパイロットがいないから」ガンダムに乗っていたわけではありませんでした。両親を失い、帰る家も失い、他にすべきことを見出せなかったからガンダムに乗っていたに過ぎません。周りにはクワトロやエマをはじめとした優秀なパイロットもいましたし、個人的にティターンズやアクシズと戦わなければいけないモチベーションもほとんどありませんでした。途中で出会ったフォウとも死別し、サラやロザミィ、レコアといった女性たちもカミーユの元を離れいき、カツとファという勝手な行動を繰り返す大局的視点のない2人に振り回され続けていました。
 ララァのように個人的に親しい人のためでもなく、シャアのように大きな野望があったわけでもなく、アムロのように絶対不可欠のエースでもなかったカミーユに、ようやく与えられた「自分にしか出来ない」明確な使命が、「ハマーンを倒す」ということだったのです。これを果たさなければ自分の存在意義はない、と過剰に捉えた結果、カミーユはハマーンを殺してでも止めなければならない、という任務に脳内変換してしまったと考えられます。
 しかし、それはカミーユにとって望ましい事ではなかったのだと思います。人はやりたくないことをどうしてもやらなきゃいけなくなったときに強いストレスを感じ、それが続くと精神的に病んでしまう事があります。カミーユは本当は誰も殺したくなかったのです。しかし、もうこんな戦争は早く終わらせたいという気持ちをモチベーションに、無理矢理自分を奮い立たせて戦場へ向かって行きました。その結果自分の親しい人物が次々と死んでいき、敵を殺しても殺しても誰も救われない現実に耐えられなくなった結果、シロッコの死の瞬間の負の意思を感じることをきっかけに決壊してしまった、ということなのでしょう。

 アムロはニュータイプは人殺しの道具ではないと叫びましたが、カミーユは自ら人殺しの道具であると規定してしまいました。ある意味では、自分がニュータイプであることに何の希望も見出せなかったということにもなります。精神が不安定な強化人間と共感した上で死別し、ハマーンとの共感には失敗したカミーユには、持てるニュータイプ能力は、単に死者の怨念を感知するだけの息苦しいものだったのではないでしょうか。
スポンサーサイト
コメント
コメント
カミーユは公式的には最もNTとして優れた才能を持っていたとなっていますが、
その誰よりも優れたNT能力ゆえに本質とはかけ離れた人殺しという矛盾に苦悩して戦士になりきれなかったんじゃないでしょうか?
2012/05/30 (水) 20:36:28 | URL | ちゃあ #-[ 編集 ]
物語の途中で、何かのきかっけで戦争に対する意識が大きく変わり、自分が戦う意味を見出した、というのはカイにもありましたね。

カミーユもカイも「戦争を早く終わらせるために敵を叩く!」という境地に至ったわけですが、カミーユはちょっと真面目すぎたんですかね。

2012/05/30 (水) 20:51:04 | URL | #-[ 編集 ]
カミーユは溜め込んだストレスを解消するはけ口が無かったのも大きかったんでしょうね。ジュドーやシーブックは同年代の仲間達、クェスやバナージは形は異なりますがどん底の状態で頼りにできた大人の存在がプレッシャーを緩和して心的ショックを軽減化したものと思います。
カミーユに似たケースはベルトーチカチルドレン以降のハサウェイでしょうか、クェスを誤射して強いストレスを抱えたまま成長した結果自分はニュータイプにはなれないという発言や夢の中でも後悔し続けるようになったのでしょう。
2012/05/30 (水) 21:11:39 | URL | 匿名希望 #-[ 編集 ]
カミーユの人物像というか、見方が変わりそうな興味深い考察ですね。

ジェリドの「俺はお前ほど人を殺しちゃいない」とその後のジェリド死亡も実はかなりのダメージだったんだろうなぁ。

キラ的な嫌だ、人を殺したくないとかアムロ的な逃げ出したいとか言えないような真面目さが悲劇に繋がっていったのかな。
2012/05/31 (木) 19:00:14 | URL | #-[ 編集 ]
 最後ジェリドに人殺し呼ばわりされて返り討ちにする場面でも、言われた内容やジェリドを殺したことに苦悩してましたからね、カミーユは。
 そうなると「君のその怒りは戦う理由になる」というジュドーへの言葉や、シャアの反乱のとき戦うことはしなかったことについてもアレコレ想像できますね。
 ハイストリーマーでアムロが「カミーユを救えなかった」とシャアを咎めるとか、ムンクラでの「僕に医者としてやれることがあるだろうから(まだ退避はしない)。」とかも明確な意味合いが推察できるかようになる、と。

 まぁムンクラが残念ながら公式的に扱われないのだとしても、彼が最終的にどういう経緯で復活してどういう答えを見つけたのか、というのは気になりますね。

 そういえば近藤和久版ゼータのラストのカミーユの台詞が「~僕たちは○○しなくちゃいけないんだ。」みたいな台詞だったと思うんですが、内容までは覚えてない……誰か覚えてませんか。
2012/05/31 (木) 21:15:38 | URL | ネイ #4Y..nZoE[ 編集 ]
確かに「戦わなければならない理由、あるいは自発的な動機」みたいなものは、他の主人公と比べるとカミーユはそれが欠けている部分はありますね。

例えば
アムロ→他に人がいなかった
ジュドー→リィナのため
ウッソ→ボヤボヤしてるとカサレリアもウーイッグの二の舞になる
みたいな感じで人殺しをしてしまう事への免罪符、もしくはそれを糊塗するだけの目的意識が他のメンツにはありましたが、カミーユはそういった精神的な緩衝材みたいなものがなく、長期に渡って直接的なストレスを受け続けてしまった結果、ああなってしまったのかもしれませんね。

さらに他の主人公にはリュウやフラウ、エル、セシリー、オデロやスージィのようなストレスの受け皿になったり、叱咤激励してくれる人間がいましたが、カミーユはそういう部分も希薄でしたね。

ファは面倒を見なければならないし、クワトロはイマイチ煮え切らない、エマさんには大人と子供を使い分けないでとまで言われてますし(笑

そしてハマーンとの相互理解に失敗したことでNTの限界を感じ取ってしまい、「出来ることは人殺しくらい」という結論に至ったんでしょうか。


やっぱりどうにも劇中の描写や説明が少ないですね(笑

2012/06/01 (金) 23:21:30 | URL | 達磨 #-[ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/06/02 (土) 11:35:36 | | #[ 編集 ]
カミーユの場合、エゥーゴに参加した経緯が経緯なので、その一員として戦うことになった動機自体は、ある意味歴代でもかなり明確な方だと思えますけどね、個人的に。

精神面については、一貫して周囲から繊細・ナイーブと見受けられているみたいなので(Z小説版やハイストによるお)、根本的にはその辺に原因があるだろうと認識してます。

感知能力が高いこともあって、二重・三重苦くらいにはなってそうですし。
2012/06/03 (日) 06:53:54 | URL | 松裕堂 #6eUroIng[ 編集 ]
カミーユの精神崩壊って当時と今とではずいぶん印象が違います。

当時思春期だった自分には”精神崩壊する主人公”という妙に自虐的で”うつ”に入るようなものに浸ってしまうトコがあり概ねの視聴者にもこれがあったんだと思います。追い込まれ逃げ場を失っていく主人公、最後は崩壊して周囲を唖然とさせる・・・。
世の中が”エヴァ”で大騒ぎの時もこの要素が多いにあったし製作者側もしたたかに仕掛けたんでしょう。

今となってはこっちの方ばかり目に行っちゃいます・・・イケマセンね(笑
2012/06/04 (月) 12:23:05 | URL | Tinami #t50BOgd.[ 編集 ]
カミーユってエリートっぽい学生だったからなのか、逃げるという選択肢を考えられない真面目な少年だったっていうイメージがあります。その真面目さ故に崩壊に至るのであればホントZって救われない話ですよ。精神的共感を抱いた人も自分を導いてくれる大人もいなくなりましたからね。思春期の少年には悲しいことです。
2012/06/07 (木) 18:07:20 | URL | rt #-[ 編集 ]
>ちゃあさん
確かに、本来分かり合えるはずのニュータイプが、
分かり合うどころか相手を全否定する行為を行うことに苦痛を感じていたのかもしれません。
ハマーンとの共感失敗なんかがその象徴でしょうかね。

>カイとの比較
カイの場合はミハルの悲劇を繰り返したくない、というのがモチベーションだったんだと思うんですが、
カミーユはむしろフォウの悲劇から逃げようとして逃げ切れなかったのかもしれません。

>匿名希望さん
基本的に孤立無援ですからね、カミーユは。
当時の富野監督の職場環境を反映していたのかもしれません。
ハサウェイはカミーユ化したカツという感じですね。

>ジェリドの言葉
かなりダメージ受けたと思いますね。
その周囲で味方までどんどん死んでいきますし、
そりゃ息苦しくてバイザーも空けちゃうか、という感じではあります。

カミーユは与えられた役割を放棄できないキャラなのかもしれませんね。
ガンダムのパイロットになることに、アムロも一度は嫌がったしジュドーも嫌がったけど、カミーユは嫌がりませんでしたしね。

>ネイさん
「宇宙は静かでなきゃいけない」「これからもこの静けさをまもりつづけなければいけない」ですね。

カミーユには劇中に表現されていない声がいっぱい聞こえていたのかもしれません。

>達磨さん
Zは特に説明描写が少ないし、そもそも骨組みがしっかり定まっていない印象がありますね。
そもそもカミーユのニュータイプ能力も、出たり出なかったり曖昧でしたしね。
その辺の再編集を新訳に期待してたんですが、骨組みはそのままでした。

>松裕堂さん
カミーユはティターンズに嫌がらせをするためにガンダムに乗って、ティターンズの味方をしたくないからエゥーゴに行っただけなんで、
自分の意思といえばそうなんですが、どこまで深く考えていたかはかなり怪しいんですよね。
ガンダム強奪犯としてガトー並に指名手配されていてエゥーゴにいるしかないとか、そういう描写があれば違うんですが。

>Tinamiさん
富野監督はアニメばかり見てる若者をアニメから引き離すためにああいう物語にした部分もあるんですが、
それがエヴァの頃になって逆にそういうアニメが好まれるようになってしまった、という側面がありましたね。
個人的には、Zガンダム当時の学歴社会の真っ只中の人とかが特にカミーユっぽかったんじゃないかというような気がします。

>rtさん
ニュータイプとしての感性を受け流すだけの精神的鍛錬が足りていなくて、それを鍛えてくれる人や機会もなかった結果、という感じですね。
ただ最初に両親の悲惨な死を見てしまったせいで余計に精神的に弱った状態で戦い続けていたことも遠因のような気がしています。
2012/06/07 (木) 19:17:21 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]

たった今見終わったのですが、とても納得できる考察です。
コメントへの返信も補足になっていて、このページ以上の解説はないと思いますよ^_^
他の記事も是非後で読みたいと思います。
2013/12/21 (土) 04:49:51 | URL | #-[ 編集 ]
コメントありがとうございます。
この記事はアニメ感想以外では一番の拍手を頂いており、多くの方々に共感していただけてるのかなと嬉しく思っています。
Zガンダム関係の考察はたくさんしてますので、時間のある時にでもご覧いただければ幸いです。
2013/12/23 (月) 22:26:03 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
お久しぶりです。
私もこの説を長らく信じていたのですが、今日Zを見返して疑問が生じました。

カミーユにとって、殺していい人間とそうでない人間の区別が厳然と存在したのではないか?という疑問です。

カミーユは第一話でティターンズからの逃亡に成功していますが、潜伏をせずわざわざ戦いに戻っています。
この結果ガンダムMK-2を強奪しています。
動機が「あいつら(MPとティターンズ)に目にモノを見せてやりたいから」で、実際にMPに向かってはバルカンを撃ちかけています。
わざわざ戦いに戻っているので、カミーユは旅立ちから既に破滅の道を歩んでいるようにも思います。

ジェリドと最後に戦ったときに、「俺は人殺しじゃない!」と言っていますが、その人殺しって何なんだろうな、と。たとえばシロッコやヤザンは「生かしておいちゃいけないヤツ」です。ジェリドとヘンケンが死んだときにカミーユが感情を爆発させていますが、さてジェリドは惜しまれるカテゴリなのか。

また、殺していい相手と殺しちゃいけない相手の線引きがどこで生じるのか?
(殺したくない相手は直接顔を突き合わせて言葉を交わした相手?被害者属性の女性?)

気になってライラの時を見返すと、殺したことをそこまで気に病んでいるようには見えません。また、妹のロザミィと地球での禍々しいロザミアとに対しても、それぞれ対応が違います。ではハマーンは?

と見ていくと、カミーユの場合は、自分に殺意を強いたことより、最初からある程度の毒気が本人の中にあって、自分の激情の結果を自分で処理しきれなかったことが壊れた原因なんじゃないかなと思えます。

ZZのラストで、その毒気も抜けて真人間に戻ったのではないでしょうか。
2014/06/18 (水) 02:42:17 | URL | さわK #-[ 編集 ]
どもです。トゥゲッターも拝見しました。

カミーユが「イラっとしたときの感情の処理がうまくいかない」少年であることは間違いなく、攻撃しないと気が済まない部分があることは確かだと思いますし、それを「許せない奴を殺す」ことに転化したことで力を発動させて、制御しきれなくなった側面はあると思います。

色々と考え直してみたのですが、カミーユの場合「フォウを正気に戻せた(けど死別した)」体験と、「ハマーンと分かり合えなかった」体験と、「ロザミアを自ら殺さざるを得なかった」体験が大きな鍵だったのかなとも思います。
「ニュータイプは分かり合える」→「やっぱ分かり合えない、殺すべきだった」→「分かり合える奴も殺すしかない」→「ニュータイプとして俺ができるのは殺すべき奴を殺すこと」という変化かなと。
人殺しそれ自体よりも、分かり合えそうな人との関係構築に失敗して「分かり合うことをあきらめて修羅になる」ことの方がストレスだったのかもしれません。
2014/06/21 (土) 12:43:30 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
No title
ころしていい相手ところしちゃいけない相手の線引き、これこそがカミーユのNT能力で把握できたのではないでしょうか。
人1人を把握したとしても、その後倒すべき相手と考えるのは結局自分なのですけど。

この人が生きていれば必ず争いの火種になる、この人はどうやったって人に害をなす悪にしかならない。
こういうことをすべて感じ取れてしまうから、それでいてそういう人たちにさえも、彼らには何か別の道は、自分にも何か他にできることがなかったのか。
そう思ってしまうのでしょう。

もちろんそれでウジウジ悩んだり子供のように駄々をこねるカミーユではありません。
大人として、現実的な対応として、しっかりとした行動は表面上するのですが、それでもその思いや葛藤は持ったままだったのです。
発言が過激になるのは自己暗示という面もあったかもしれませんがやるせない気持ちの表れ、悲しみがその過激な発言の奥底には隠れていると思います。

「でてこなければやられなかったのに」、この発言も私は責任転嫁というよりもころした相手のすべて、というよりだいたいをNT能力で把握し
ころすべき相手とまでは言えずそれでも戦いという中ではどうしても起こる仕方の無いことを、とても悲しんで○○しなければよかったのに、っと思っているように見えます。

こう書くと媒体は違いますが戦いの中悩み続けてしまうエックスみたいに思えてしまいますね。

NT空間でハマーンとは分かり合える気持ちはあったのでしょうね。
だが個人同士ではお互い気がどうしても合わなかったり、何かをされてしまうともう完全に拒絶されてしまったり、これは現実的な人間関係でも良くあることだと思います。
NTならと思ったのかもしれません、ですがNTになっても結局人は人であった、そのことにものすごく悲しんでいると思います。

総合的に見ればカミーユはとても神経質で、戦いの中ではなくとも生きることに苦しむような性格であったと私は思います。
2015/09/01 (火) 11:22:17 | URL | NT #mQop/nM.[ 編集 ]
No title
カミーユは当初からジェリドを殴ったり、Mk-IIでMPを踏みつぶそうとしたり、基本的な価値基準が「むかつく奴はぶん殴る」だった少年なんですね。
それを、ニュータイプへの覚醒度が増していくにつれて、本当に拳を振り上げる相手は誰であるべきなのか見定めようとしていた側面があったと思います。
つまり、殺したくない奴を殺さざるを得ない、と感じるのは自身の攻撃性の否定ではなく、むしろ自身の攻撃性の正しい矛先はお前じゃないんだけど状況的に仕方ないよねというか、そんな感じに思えるんですね。富野監督の性格から含めても。

最終的にその矛先はシロッコに向くんですが、結局のところ「自分の中にある、解消しようがない強い攻撃性」の処理の仕方に悩む少年がカミーユであって、それは確かに戦争に巻き込まれずとも直面しなければならなかった問題であったと思います。今となっては。
2015/09/11 (金) 22:53:07 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 がんだまぁBlog all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.