がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
シャアは何故アムロとの決着にこだわったか
 毎度おなじみシャア考察。今回はアムロとの決着にこだわった理由について考察します。

 シャアの隕石落としの目的は、地球を住めない状態にして人類(主に政治家)を全て宇宙に移住させることでした。それ自体はエゥーゴが目的としていたことと同じであり、それ故に手段としては政治的な方法でも可能でした。時間はかかるでしょうけど。

 この、普通にやろうとすると時間がかかる、というのがポイントで、シャアが隕石落としを決意したのは、早急に地球から人類を巣立たいという意図があったからだと言えます。何年も何十年もかけて、連邦政府の政治力学の中に入り込んで、着実に成果を挙げるような長期的プランを実行することが、シャアにはできなかったのだと思います。
 そもそも、シャアは能力的にはともかく性格的には政治家にまるで向いていませんでした。表に出て顔を売ることを嫌がり、他人の人生や生活を背負う責任感もなく、モチベーションとなる権勢欲もない、どちらかというと影に徹していたいタイプの性格のようでした。
 ただ、理想だけは持っていました。それが人類を全てニュータイプにする、ということです。すぐには無理だろうけどもそのきっかけくらいにはなりたい、というのがシャアの願望だったように思います。

 シャアの政治的目標も、個人の理想も、すぐに達成できるような性格のものではないにも関わらず、それをすぐに達成できるように行動した結果が、アクシズ落としです。

 何故急いだのか、ということについては、答えを出すのは簡単ではありません。ネオジオンという、軍事的行動を継続しないと存在意義がなくなってしまうような組織に属せざるを得なかったという側面もあるでしょうし、シャア個人の性格として地道に少しずつ、ということができなかったという側面もあるでしょうし、ララァやアムロといったニュータイプの完成形を間近に見てしまったが故に、ニュータイプの時代は近いと錯覚してしまった部分もあったのかもしれません。
 ただ、いずれにせよ、シャアは掲げた目標に対し、あまりにも早急に結果を求めて行動した事は間違いありません。

 そしてシャアも「二手三手先を考えて」行動できる人間ですから、急ぐ事によるリスクについても承知していたでしょう。武力行使を行うということは失敗すれば死が待っていますし、成功しても大量虐殺の汚名を被り、最悪連邦政府に徹底マークされていつかは(フセインとかビン・ラディンみたいに)処刑される運命が待っていたかも知れません。つまり、そうとうな覚悟がないと行動には移れないはずです。
 シャアにとって、アクシズ落としはかなりの賭けだったはずです。一兵士として組織に隠れて好き勝手に行動していた一年戦争や、代表者の信頼を受けて権限を比較的自由に行使できる立場で指揮官をやっていたグリプス戦役の時代と違い、前面に出て組織の長として全ての責任を背負う立場で臨んだ戦争だったので、それまでとは覚悟が違うはずなのです。

 だとすれば、思い残す事はないようにやりたいことは全てやっておきたいと思ってもおかしくはありません。その1つに、「アムロとの決着」も含まれていたのではないかと思うのです。

 シャアにとって、アムロは人生において決定的な挫折を強いられた相手です。当初は機体性能に差があるだけで、技量には決定的にシャアが優位でしたが、その後アムロはパイロットとしても純粋にシャアを凌駕します(スペック的には互角であるはずのゲルググをもってしても、ガンダムには全く歯が立たなくなっていた)。そして、出会ったニュータイプの少女ララァとも、アムロはニュータイプにしか出来ない交感によって分かり合い、シャアが達する事が出来なかった境地にたどり着いています。
 アムロは、シャアをMSパイロットとしても、ニュータイプとしても(男性としても?)、圧倒的に上回って見せたということになります。

 プライドの高い人間ほど、それを傷つけられた時に相手に抱く負の感情は大きいもので、その時受けた心の傷というのは、それがどうでもよくなるほど幸せになるか、原因となった事象を克服しなければ基本的には癒えないものだと思います。
 シャアはニュータイプとしてアムロに勝るとは思っていなかったようですが、パイロットとしての負けは認められなかったように思えます。当初は完全に素人だということを知っていたからこそ、余計にでしょう。ましてや、シャアの場合は復讐を目標にジオン軍で研鑽に励んでいたでしょうに、アムロはただなし崩し的に実戦に参加せざるを得なかったというだけで成長したわけですから、簡単に負けを認める事は難しいのだと思います。

 だからこそ、軍事行動を起こす以上アムロのいるロンド・ベルとの戦闘は避けられない中で、アムロとだけは雌雄を決しておきたいという気持ちがあったのではないかと思います。もう戦うチャンスは、二度とないかもしれなかったからです。
 アムロはロンド・ベルのエースですから、間違いなく作戦を成功するために最も抑えなければならない敵です。アムロに比するパイロットがネオジオンに他にいない以上、シャアがそれを止めるしかなく、確実に交戦することができるのであれば、そこで全てを決したいと思っても不思議ではありません。
 作戦が始まってしまえば総帥たるシャアの役目は成功失敗の決断を下す事くらいでしょうから、事が成るまでは戦うことに集中することが出来ます。そこでアムロに負けてもアクシズが落ちれば成功ですし、失敗すればどうせ死が待っています。だったらアムロに殺された方がまだまし、という考えもあったかもしれません。

 シャアがアムロとの決着を望んだのは、もう退路のない戦いであるがゆえに、だったのではないでしょうか。
スポンサーサイト
コメント
コメント
シャアって人は純粋だと言う、おそらく彼は暗殺だとか虐殺だとかに激しく嫌悪感を抱く人なんでしょう。両親のこともあり、ガルマの事もララアの事もある。

反面彼は自分の理想とか夢が綺麗事では動かないということも解っている。

だからシャアは己の手を汚すことを否定はしない、けれども彼はそれを積極的に肯定もできない。

そこでアムロが出てくるんだと思う。シャアはアムロを「ライバル」だと思っている。自分と同等の男、そして自分という男の生身に一番近く触れた相手でもある。

そういう相手に勝つことで自分がやらねばならないと感じることに自信をつけたかったんだろうとね。

同じ声のデュランダルはシャアよりも切れ者だったけど、その内面にはねじれきったプライドと劣等感がミックスされて異臭を放っていたから。
2011/10/09 (日) 21:02:32 | URL | ドクトルK #-[ 編集 ]
お初にお目にかかります。
いつも楽しく読ませて頂いております^^

ガンダムエースの4コママンガで、シャアがドレンと将棋をして負けて「2手3手先は読めても4手5手先は読めないのですね」と皮肉を言われるシーンを思い出しました。

世の中に習熟した人でも、「俺はすべてを知っている」と言い切ってしまったら、とたんに信頼を失う(ちょっとした失敗をしただけで面目を失う)ということがありますね。
2011/10/10 (月) 09:39:53 | URL | 巫俊(ふしゅん) #-[ 編集 ]
シャアもグリプス戦役終戦で身を隠し
ミネバを隠していましたからね
第一次ネオジオン抗争では表舞台に出ていませんからね。
第二次ネオジオン抗争の準備もロンドベルに知られずに密かに行っていますからね。
準備が出来次第、アムロと最終決戦をしたかったという感じでしょうか。
一年戦争時は連邦軍とジオン軍で敵、グリプス戦役ではエゥーゴとカラバで味方、第二次ネオジオン抗争てロンドベルとネオジオンで敵ですからね。
アムロもララァ(魂)に会うのが怖くて宇宙に上がれなかったのが、ようやく上がれるようになったわけですからね。
2011/10/10 (月) 17:34:59 | URL | #-[ 編集 ]
逆シャア当時のシャアは既に30代でパイロットとしては体力的にそろそろ下り坂に入ってもおかしくない頃なんですよね。他作品だと例外はあれど30代後半のバニングは体力の低下に悩まされていたし。

シャアが色々な意味での自身の老いをどこまでどのように実感していたかは不明だけど、パイロットとしての体力と技量が充実した状態でアムロと決着をつけたかったのもあったとは思う。
2011/10/10 (月) 21:45:42 | URL | #-[ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/10/17 (月) 19:35:43 | | #[ 編集 ]
ガンダムUCの原作者の福井晴敏さんが脚本を執筆、池田秀一さん自ら担当したシャアを描いた朗読劇「赤の肖像」ではむしろ、シャア自身が本気で第二次ネオ・ジオン抗争に挑むためにアムロと雌雄を決する舞台にしたとされてますね。
性急な軍事行動に関してはハイ・ストリーマーで連邦と新生ネオ・ジオンでは一年でネオ・ジオン側が降伏すると兵力分析されてたと思いますので、連邦軍本体とは根回しとして偽りの講和条約を結んで油断させておいて、奇襲による一気呵成を狙ったのではないでしょうか。

また話は逸れますが、ガンダムエースで長谷川さん執筆するクロスボーンガンダムの新作が発表されています。タイトルは「機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト」で舞台はVガンダムのU.C.0153年です。
存在しないはずのクロスボーンガンダムと黒いVヘキサやVダッシュが公表されているのでクロスボーンX4の公式化やVガンダム外伝との本格的なクロスオーバーもあるかもしれません。
2011/10/25 (火) 20:01:05 | URL | 匿名希望 #-[ 編集 ]
初めてコメントさせていただきます。正直言って、シャアの思考回路は良く分かりません。だって「雌雄を決する」と言っても、決した時に負けてたらそれは死ぬってことですよね。
ならばシャアはアムロに勝てる気だったのか? もしそう思えていたのならそこが既に不思議です。あんたアムロには戦闘と名のつくものにおいてあらゆる意味で負けっぱなしでしょうが、という。
アムロに負けて死にたかったのだ、とまでは思いませんが、アムロと戦った後、そしてアクシズを落とした後、じゃあどうするか、となった時、実は具体的に何も考えていなかったんじゃないかと思います。
2011/10/29 (土) 11:41:09 | URL | えりや #-[ 編集 ]
>ドクトルKさん
シャアは純粋なんですが、それを理性、理屈で覆い隠してしまえるんですよね。
そんな難しい事をせず普通に感じたまま行動できるアムロとはその辺が違うように思います。
シャアにとってアムロは、そういう理性的な部分を捨てて向き合える唯一の相手だったのかもしれませんね。

>巫俊さん
戦術的な読みは出来ても戦略的な読みはできないタイプの人って割といますが、
シャアの場合はやりたいことが決まっている時は先読みができて、そうでないときはできないタイプなのかなぁとか思ったりします。

またシャアの場合、今の自分の知っている事が全てだと思い込んでしまう傾向はあるかもしれませんね。
思想に傾倒してしまう人って多かれ少なかれそういう傾向はありますし。

>準備が出来次第、アムロと最終決戦をしたかった
いつからシャアがアムロと決着をつけたいと思うようになったかはいまいちはっきりしないんですが、
グリプス戦役の時点でのアムロの所属は流動的だったので、
それが連邦に落ち着いた時点でシャアとは道を違えたということになったのかもしれませんね。

>30代でパイロットとしては体力的にそろそろ下り坂
それはあるかもしれませんね。
パイロットとしてやれるうちに事を起こしたい、という部分もあったかもしれません。
だから急ぎ気味だったのかも。

>匿名希望さん
赤の肖像は完全版を録画したままみてないんですよね…。今度見てみます。

クロボンの続編まだあるんですね。鋼鉄の七人で完全に終わらせたように見えましたが…。
なんか、ガンダムしか作らせてもらえなかった富野監督の道を進んでしまっているような気がします…。

>えりやさん
初めまして、書き込みありがとうございます。
基本的に戦争をやるって事は負けたら死ぬことを覚悟してるものだと思います。
どうせ死ぬかも知れないなら、やれることは全部やっておきたいと思っても不思議ではないのではないかと、自分はそう思いました。

またシャアの場合、実際は周囲に政治的な事務を行う人間がいたと考えた方がよいです。
ある程度、お飾り的な部分もあったと思いますね。
2011/10/30 (日) 22:19:48 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
対決のところだけ改めて見返したのですが、二通りに取れるように感じました

1:「つまらない(なさけない)敵」とえんえん戦って消耗していくことを嫌ったから

2:アムロこそが乗り越えるべき壁であるから

1についてはサイコフレームを提供したり、ナナイに割って入るな!と怒鳴ったり、ネオジオンの人間としては合理的でない行動をしています。

実際にこの二つが原因でシャアの作戦は失敗し、シャア自身の命も縮めています。ナナイの反応を見ていると、彼女はサイコフレームのことを知らされていなかった可能性すらある。

デラーズとちがい、シャアは隕石落としをどこかで「ゲーム」にしていたように感じます。シャアは本当に地球にアクシズを落としたかったのか?

だから、自分を止めうる存在のアムロに「文字通り全てをぶつけ合える」コンディションを設定したのではないでしょうか。ネオジオンの作戦の成否が、どこかで自分とアムロの対決に凝縮されるような形に。

合理性だけ考えれば、アムロが「なさけない」MSに乗ったままの方が押さえるのは容易になりますし、作戦の成功確率も上がっていたはずです。

その場合はネオジオンの総帥として連邦相手に政治交渉をしたり、権利拡大を図ったりしていくわけですが・・・・
そんなことをシャアが求めていたのかな?と。

「つまらない」はずの仕事を強引に彼が求める形にしてしまったというのが、ひとつあるように思います。

もうひとつが、ルロイさんが以前に指摘したように、アムロがシャアにとって求めるものを持ち、シャアの先を行きながら、シャアの求めない立場にいる人間(=俗物に才能を利用される)であったということ。

シャアがもし過去を捨て政治家として生きようとしていたとしても、この相手を乗り越えて青年時代と決別する必要があったのではないでしょうか。


逆シャアを見ていると、「母親」と「地球」が被る部分があります。(アムロとシャアが「母」の概念に思い至るところでセリフが終わり、お互いが羊水の中に解放されたような姿勢になり、ナナイのセリフとアクシズの光で両者の命が尽きたことが暗示される)


シャアにとってアクシズ落しって親殺しとしての自立の部分があって、親殺しが正しいかどうかわからないから、もうひとつの可能性の方とまず全力でぶつかってみたかったのではないか、と。
2011/11/02 (水) 14:46:58 | URL | ナタル #.ZWFf9ps[ 編集 ]
シャアがアクシズが落下軌道に乗ったとわかったときに「私の勝ちだな」と言ったのが象徴的なんじゃないかと思いますね。
シャアにとって勝利とはアムロにMS戦で勝つことではなく、アムロ率いる部隊を相手にしてかつ戦略目標を完遂する事、だったのかもしれません。

シャアはアムロとの直接対決で正面から負けたことはないんですが(唯一負けそうな時にララァに守ってもらったから)、アムロと戦った時は本来の軍人としての目標を達成したことがないはずなんですよ。
2011/11/04 (金) 20:35:47 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 がんだまぁBlog all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.