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ガンダムネタだけを語るブログです。
カミーユとハマーンが共振した意味
 カミーユ・ビダンとハマーン・カーンは、1対1で戦った時にかつてアムロとララァの間に起きたような共振現象が起き、互いのことをわかりあえそうな描写が入りつつも、結果的に双方が拒んだ(特にハマーンの方が、ですが)ことでわかりあえずに終わりました。
 これは、アムロとララァのようにニュータイプなら誰でも分かりあえるわけではない、現実はそううまくいかない、というエピソードであると言えますが、単にそれだけではなさそうです。

 このシーンでは、カミーユとハマーンがそれぞれ自分と縁のある異性の姿を見るのですが、最終的にカミーユは母親を、ハマーンは「シャアと一緒に写っている写真」を見ます。これは、2人がそれぞれ最も自分に影響を与えた異性の姿なのではないかと思います。カミーユは母親に対して大きな不満と屈折した情を持っていたようですし(女のようなその名前をつけたのも母ヒルダなんじゃないかと思います。父フランクリンはそういう趣味ではなさそうだし)、ハマーンはシャアに対する屈折した想いが全ての行動のモチベーションであったような部分がありますし。
 そして、カミーユはこの共振の際に「同じものを見た」と言っていますから、カミーユとハマーンは互いに感覚を共有し、自分が見たものと同じものを相手も見ていた、ということになります。

 これはどういうことかというと、つまり「相手の最もデリケートな部分」を共有してしまったということです。ちょっと意味が違いますが、わかりやすい言葉を使うと相手のトラウマの根幹を知ってしまった、ということになります。
 つまり、ニュータイプはわかりあえる、とは言ったものの、それは相手に知られてほしくないことまで共有してしまう恐れがある、という事例がカミーユとハマーンの共振なのです。
 カミーユとハマーンは、ニュータイプの中でも特に心にひずみがある人物であると言えます。アムロとララァにもそれぞれ陰の部分がないわけではなかったと思いますが、それ以上の不安定さであったことを考えると、分かりあえなかったのは必然であったのでしょう。
 ハマーンの心の闇はシャアか、それに匹敵する男性にしか救えなかったはずですし、カミーユの心の闇は母性の代替と成りうる女性にしか救えなかったでしょう。2人に必要だったのは分かりあえる相手ではなく、受け止めてくれる相手だったとも言えます。

 アムロにとって、ララァは偶然出会った「同種」の存在であったと言えます。ニュータイプとして目覚め、その感性を研ぎ澄ませていくにつれて、他の人間とは違うという側面が際立っていき、フラウとも疎遠になっていく中で出会った同じニュータイプの少女、という位置づけがララァでした。ある意味では、本当の意味での理解者を得ることができなかったアムロがやっと見つけた理解者、とも言えるでしょう。
 カミーユのいる時代には、ニュータイプはアムロの頃ほど珍しくはありませんでした。ハマーンもシロッコもそうですし、その他の登場人物にも少なからずニュータイプの素養が見られる描写がいくつかあります。そういう意味では、カミーユは傑出したニュータイプであるということ自体が周囲との疎遠を作り出しているものではなく、求められていたのはむしろ親代わりであり自己を承認してくれる存在であったと言えます。そういう意味では、カミーユが必要とする存在はハマーンではなくファであったのでしょう。

 ファーストガンダムだけを見れば、アムロとララァの出会いはニュータイプになれば人は分かりあえる、という希望の象徴と解釈できますが、Zガンダムでのカミーユとハマーンの出会いも含めてみると、決してニュータイプなら分かりあえるというわけではなく、むしろニュータイプであろうとなかろうと、人間としての健全な精神が宿っているかどうかの方が重要なのだという解釈ができるようになるのです。

 そういう意味では、ファがいたカミーユに対し、ハマーンは周りにろくな男性がいなかったがために救われなかったということになりますね。だからこそジュドーを求めたのだと思いますが、ジュドーが少年ではなくもう少し上の年齢だったら、また違ったドラマになっていたんだろうなと思います。
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コメント
コメント
カミーユは母と同じ匂いをハマーンに感じたのかもしれませんね。ヒルダとハマーンに共通する要素としては「夫の不在」でしょうか。

カミーユや視聴者はヒルダを仕事に満足している女と見ていても彼女自身は夫に戻ってきてほしかったのかもしれません、そういう心の隙間を仕事で埋めようとしていたのかも。(Vガンで一層そこが強調されるし)

ハマーンにとってはシャアが戻って来てくれる事(あるいはジオンの子として立ちあがってくれることもだろうか・・)を内心では求めていたんでしょうね。ミネバの件で言い争う二人は本当に夫婦喧嘩しているようでした。シャアがろくにミネバを見てこなかったくせにしゃあしゃあとあんな風に言うんだから余計にこじれたのかな。

カミーユはそういう「母」のエゴが許せないんだろうなあ。そこは男だからか、子供だからか。
2011/08/09 (火) 20:31:02 | URL | ドクトルK #-[ 編集 ]
なるほど、そういう意味ではカミーユにシャアを見出す事もできますね。
シャアも母親を求めていた人間ですし(母親像がカミーユとは全然違いますが)、敵とする相手に両親を殺されたことも同じです。

究極的にはどちらも親を求めていた可能性はあるのかなと思いますね。
ハマーンがシャアに傾倒しすぎたのも、肉親から十分に愛情を受けていない代償であるように見受けられますし。

プライドの高い親知らずの不良同士がちょっといい感じになったけど、互いに自分の弱さを認められなくて結局仲違いした、みたいなものでしょうか。
2011/08/09 (火) 22:08:19 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
カミーユは宇宙世紀史上最高のニュータイプの才能を持つという設定ですが
人間的にはまだまだ未熟で自分の考えの押し付けるとこがあって、
相手の気持ちを受け止めるってとこがまだまだだったからハマーンとは決裂したのかなと思いました。

ニュータイプ能力で相手のことを理解してもそこから歩み寄る気持ちっていうのは人間的な強さが求められるのでしょうね
2011/08/10 (水) 10:32:29 | URL | ぱらでぃん #-[ 編集 ]
【「相手の最もデリケートな部分」を共有してしまった~相手のトラウマの根幹を知ってしまった】

ララァはアムロと交感し、彼に対して「あなたには守るべき人も、守るべきものもない。人を愛してもいない」と言いました。

仮にここでララァが、アムロの、尊敬していた(?)父テム・レイの変わり果てた姿への失望や、以前から冷めていた夫婦仲、キャンプ地でのカマリアとの考えた方の齟齬と断絶にまで踏み込んでしまえば、カミーユ-ハマーンのような事態に陥ってしまう可能性もあったんでしょうかね?

まだ15歳の少年アムロに、「守るべき人も、守るべきものもない。人を愛してもいない」と言ったところで、それほど大きな精神的ダメージにはならないと思うんです(いい年した中年に言うのならともかく)。
2011/08/11 (木) 13:07:12 | URL | #-[ 編集 ]
>パラディンさん
カミーユは自分をちゃんと受け止めてもらった経験が親含めてほとんどありませんから、
他人を受け止めることができなかったのだと思います。
逆に否定するのは大得意なんですけどね。「お前は生きていてはいけない人間」だの「貴様のような奴はクズだ」だの。

>名無しさん
ララァとアムロの場合、互いの闇の部分を共有してもそれが人に知られて困るレベルのものではなかったと思うんですよね。
アムロの家族関係をララァに知られてもアムロはそこまで気にしなそうですし、
ララァの過去をアムロが知ってもよくわからないと思うので(笑)

それにアムロとララァは最初に出会った時点でお互い惹かれあっていましたからね。
カミーユとハマーンは初対面の時は完全なる他人でした。
2011/08/11 (木) 23:30:16 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
ZZの最終回は見るほどに味が増しますw
ジュドーはハマーンを救ってますよ
ラストバトルは文字通り「拳を交えてお互いを理解しあう」を地でいっています


今度この話を語り合いましょうw
2011/10/29 (土) 07:08:10 | URL | ナタル #.ZWFf9ps[ 編集 ]
ジュドーは精神的にはハマーンを救ってますが、
死なせてしまったという意味では救えてないんですよね。
ジュドーがシャアくらいの年齢の男だったら、また違っていたのかもしれませんが(笑)

ただ、アムロにとってのララァが、ハマーンにとってのジュドーと同じだったのかもしれませんね。
会いたくても会えなかった「同種」の存在という意味で。
ハマーンはシャアに惑わされなければ、人類の可能性を信じて「調和と協調」のために能力を使える人間だったのかもしれません。
2011/11/04 (金) 20:43:44 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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