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キシリアは何故ギレンと敵対していたのか
 キシリア・ザビはギレン・ザビと敵対していた事で知られており、実際にギレンを司令室で堂々と射殺しています。彼女がギレンの独裁的なやり方をよく思っていなかったことは間違いありませんが、ギレンにとってはただの実の妹であり、またザビ家中心の体制を作ろうとしていたことから、必ずしもキシリアを邪魔に思っていたわけではないように思います。
 では何故、キシリアはそこまでギレンと敵対する必要があったのでしょうか。

 キシリアについては、以前キシリア・ザビとダイクン派という記事で考察した事があります。この時は、キシリアは外交や資源獲得を役目とし、月や地球に地盤を持っていたことと、キャスバルを利用する事で、ジオン・ダイクンの一派を利用する事も考えていたのではないかと考えました。

 このことを政治的に考えると、ギレンがサイド3の保守派に代表されるであろう中核の大物を牛耳っていたのに対し、キシリアは月の人々や元ダイクン派などのやや中心から離れた層の支持を受けていたと考えられ、いわば与党と野党のような関係であったとも推測できます。ギレンに対する反ギレンの勢力の受け皿になっていた、ということでしょうか(それはある意味では反ザビ家の懐柔、ガス抜きの役目を負っていたとも言えるでしょうか)。

 ただ、一つ忘れてはいけないのが、キシリアがギレンを殺した直接的な理由です。それはたった一つ、「デギンを殺した事」でした。父殺しの罪は許されないと兵士達に公言し、殺す直前にも死なす事はなかったと言っていたキシリアですから、それは建前ではなく本音であったはずです。
 すでにギレンはデギンにすら制御できない存在となっていたわけですが、それはギレンがデギンの直接の後継ではなく、独自のスタイルを築き自らの思うがままにジオン公国を動かそうとしていた事になります。つまりジオンを殺しのしあがったであろうデギンの思いともまたずれていったということです。
 これはデギン本人だけでなく、その周囲にいた支持者についても同じだったのではないかと思います。デギンを信じついてきた者にとって、そのデギンとはずれた方向へ向かうギレンはデギンの後継者として支援するにふさわしい存在であったか、疑問が残るところであったはずです。そこで代わりに担ぎ上げられたのが、キシリアだったのではないでしょうか。

 つまり、キシリアはデギンの直接的な後継者として、デギンが持っていた地盤を引継ぐべき存在だったからこそ、ギレンと敵対していたのではないでしょうか。もっともデギンはあまり兄妹で争う事を好ましいとは思わなそうに見えるので、デギン本人が直接キシリアに後を継いでほしいなどとは思っていなかったでしょうけど。
 むしろ、キシリアの方がデギンに対する想いが強かったように思います。デギンが殺された事に対し率直な怒りが見て取れたのは、それだけキシリアにとってデギンの存在が大きかった証です。
 キシリアは、父デギンをかなり尊敬していたのではないかと思います。もっと言えば単にパパっ子だったのかもしれません。そんなデギンを中心にして物事を見ていたとすれば、兄ギレンは父の言うことを素直に聞かず好き勝手に振る舞う親不孝者に見え、どうにかして父を困らせない兄でいて欲しい、と思っていても不思議ではありません。

 しかし実際には、そんな親への情によってもたらされた行為が軍を敗北に導いたとも言えます。ギレンが殺されなかった、あるいはギレンとキシリアが協力しそれぞれの役割に専念していれば、ア・バオア・クーで連邦軍を押し返し終戦を免れていた可能性もあるからです。
 とはいえ一年戦争が終わったのはどちらかが敗北したからというより単純に両軍が消耗しすぎた事による妥協に近い物があるので、むしろもっと悲惨な結末になっていた可能性もありますが。

 行き過ぎた独裁者に対するカウンターによる共倒れ、と表現すると、後のティターンズとエゥーゴの騒乱もある意味では同じ構図であると言えます。ティターンズが第二のザビ家、ジャミトフが第二のギレンと言われたのもそのあたりがあるんでしょうね。
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コメント
コメント
オリジンでは、デギンとキシリアの関係がより深く描写されてましたね
ガルマの葬式辺りからデギンはキシリアにちょくちょく相談していたり
オリジン版だとギレンとキシリアの確執はサスロの暗殺からなんですよね
2011/05/16 (月) 02:02:56 | URL | うまのめ #-[ 編集 ]
個人的には、父への傾倒というよりはキシリアはもう少ししたたかで独立した人物というイメージを持っています。

 ルロイさんの仰る通り仮にギレンがア・バオア・クーで暗殺されていなかったとしたら、ギレンの指導下で本土決戦までもつれ込んだ末に一年戦争の終末はもっと悲惨なものになっていたと思います。

 キシリアはおそらくギレンよりはその辺り現実的な考え方を持っており、連邦との講和という点で終戦間際にはデギン派との接点はあったのでしょう。
 本土決戦も辞さないギレンの暴走を止める事が暗殺の主要な目的として挙げられるのではないか、というのが私の持論です。

 ちなみに、ギレンとキシリアの対立に関する資料としては「ガンダムヒストリカ 10巻」に興味深い記述があり、それによればキシリアは政府高官や議会との関連が深かったとされ、私の考え方もけっこうこれに影響を受けていたりします。
 
 ただ、近年はオリジンやギレン暗殺計画などが加わって、ザビ家に関する考察の余地は大きく拡大したと思うのでこの辺はかなり多様に解釈できそうですね。
2011/05/16 (月) 21:45:59 | URL | フェーベ #-[ 編集 ]
デギンの子供たちなんですが、それぞれ母親が違うのではという疑問が昔からあります。確実なのがドズルだけですが、ギレンとキシリアも母親が異なるのではないでしょうかね。

誰の母親が正妻なのかはわかりかねますが、個人的な解釈としてキシリアとガルマは同母の兄弟のような気がします。(ドズルももしかしたら、ガルマの母によくしてもらっていたのかもしれない、父親があんな風で人間曲がらずに育ったのもそこが影響したか・・)

ギレンとサスロは正妻の子なのかもしれないですね、それで心情的にはともかく一番上の立場なんだと。

でもギレンはどう見ても父親を見下しているんですよねえ・・・むしろジオンにシンパシーを持っていたのか、それに反感を持つのがキシリアやガルマの支持派閥だったのかも。
2011/05/17 (火) 16:47:50 | URL | ドクトルK #-[ 編集 ]
キシリアにはグラナダがあります。ソロモンのような軍事力だけでなく、経済力の基盤もあるわけです。
ドズルは実直でギレンの配下であることから、まずソロモンでドズルを見捨てます。(連邦のグラナダ侵攻も考えられたのでソロモンを連邦戦力の吸収に利用したのもあります。)
ギレンの力は残すところ本国とア・バオアクーとなります。ア・バオアクーでどちらかに大勝されてはならないキシリアは部分的な戦力だけで参戦します。
ただここで想定外のデギン死亡が起こります。もともと情報機関を牛耳っていたキシリアは裏方的なところもあり、キシリアという旗印ではジオンを纏められなかったと思われます。
当初の想定ではデギンを通して戦後の世界に発言するつもりが、デギンが死にました。
そしてギレンの地位を奪取する錦の御旗がそこに現れたわけです。「父殺し(ジオンの国父ともいえる)のギレンを罰した。そしてデギンの実子は自分だけが残っている」自らが表舞台を牛耳ることの出来るシナリオです。
ただし唐突な計画変更は微妙なバランスだった戦況は連邦側有利に転がります。
総帥は好かぬと言ったものの、計算に基づく思考・判断をする点で実はギレンとかなり似ています。
冷徹なギレンが何故か油断したのは、どこかシンパシーを感じていたからでしょう。
2011/05/17 (火) 22:50:09 | URL | T #-[ 編集 ]
>うまのめさん
あーなるほど、安彦氏もそう思ってるってことでしょうかね。
サスロ暗殺がきっかけってことは、キシリアはデギンが特にというよりは家族をないがしろにするギレンに憤りを感じているのかもしれませんね。
2011/05/19 (木) 21:51:41 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
間違えてエンターを押してしまった…

>フェーべさん
なるほど、ギレンに任せておいてもジオンは有利にならないと判断したからこその行動であるとも考えられますね。
ただギレンを殺すタイミングが良くなかったように思います。
もっと戦局が優位になった時点だったら違っていたのかなと。
ただ裏で和平路線を進めていたのはキシリアの意思かもしれなかったので、
ギレンを殺してキシリア中心の和平を実現させるつもりがキシリアも死んじゃったから、実質連邦勝利みたいな終戦になってしまったのかもしれませんね。

>ドクトルKさん
ガルマとその他の人相が違い過ぎるんで、少なくともガルマは母親が違うっていうのは確実視されてる部分がありますよね。
ガルマとミネバがちょっと似てるってのはどういうことなのか気になるところではありますが。

ギレンは親兄弟に比べても頭が良すぎたんじゃないかと思います。だから自分で全部できるって思っちゃったんじゃないかと。
ある意味シロッコが一番近いキャラだと思っています。

>Tさん
確かにデギンが死んだからこそキシリアが決起する動機になったんでしょうね。
ギレンはキシリアが裏切ることを微塵にも想定していなかったように見えるので、
キシリアがそんなことをするはずがない、という思い込みはあったんでしょうね。
それが状況的に今このタイミングはありえないという意味なのか、単にキシリアを過小評価していたのかはわかりませんが。
2011/05/19 (木) 22:03:39 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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2011/11/11 (金) 00:02:13 | | #[ 編集 ]
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