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YMS-07の発展過程について
 YMS-07プロトタイプグフは、単にグフのプロトタイプであるだけでなく、MS-07Hに改修されたり、B型がランバ・ラル専用機として配備されたりと、試作機ながら広く運用されているようです。また、その開発時期についてもはっきりしていない部分があります。
 そこで今回は、このYMS-07という機体について、少し考察してみようと思います。

 まず開発時期についてですが、具体的な記述としては、MS-ERA年表に記載されている0078年5月という設定が挙げられます。ただし、この記述は同時期にMSM-01~08が同時に完成したということになっている、極めて信憑性の低い記述です(少なくともMSM-07はMSM-03や04より後でなければならない)。しかしCD-ROMソフト「ジオン軍ミリタリーファイル」では、この年にツィマッド社がホバークラフトを応用したMSの開発を開始したという解釈をしており、同じようにして「後の」MS-07~09、MSM-01~08になるMSの研究開発がこの時点から始まり、モックアップ的な試作機が完成したと解釈する事も出来ます。
 少なくともYMS-07とYMS-08が、この時点で開発を開始されていてもいいのではないか、と思います。地球侵攻を前提とした、MS-06をベースとする純粋な陸戦型MSの開発のスタートと捉えられるのではないでしょうか。

 そしてMSV設定によると、グフは第三次降下作戦にはすでに少数が配備されていた事になっています。これは、初期生産型である32機のMS-07Aのことだったのではないかと思います。
 この時点で量産機が完成して実戦配備されているわけですから、その試作機であるYMS-07は0088年5月~0079年3月の間に開発されていたものと考えられます。

 さて、このYMS-07は、MSVポケット百科では試作3号機から固定武装が導入されたことになっていますが、MSVハンドブックでは試作1,2号機に導入された事になっています。決定的に矛盾している記述なのですが、ポケット百科が「3号機から」と表記されているのに対し、ハンドブックは「1,2号機は」という表記になっていることから、「3号機が初めて固定武装を装備し、その後1,2号機も固定武装を装備した」という解釈もできなくはありません。プロトタイプガンダムなんかがそんな改修過程を経てますよね。

 YMS-07は、YMS-08と競作関係にあったことでも知られています。ただし、いくつかの記述を見る限り、YMS-08が07に敗れた理由は固定武装ではなくコストパフォーマンスにあるようで、YMS-07は08とのコンペの時点では必ずしも固定武装を装備していたとは言えなそうです。
 また、YMS-07はYMS-08と計画が統合された事になっており、それ故に量産型のMS-07Bはバックパックや脚部の推進器がYMS-07よりも強化されているようにデザインされています。量産型と同じ外見であるYMS-07Bは、YMS-08と計画が統合された後に開発された機体であると考えられます。
 YMS-07Bは、MS-07Bと同じ仕様なので、当然固定武装を装備しています。そのため、試作3号機以降に固定武装が導入されたというYMS-07の記述から、試作3号機はYMS-07AからYMS-07Bに改修されたと考えることもできそうですが、これはMS-07Hの設定からするとそうともいえないようです。

 MS-07Hは当初4機が生産されており、これらはYMS-07A3機、YMS-07B1機を改修して作られたことになっています。つまり、YMS-07Aはこの時点で少なくともYMS-07Bとは別に3機存在しており、「YMS-07Aの試作3号機はYMS-07B」と言うことはできません。固定武装の導入は3号機「以降」ということになりますから、仮に4号機以降が存在したとしてもそれらは全て固定武装を装備していた事になり、「YMS-07Aに固定武装を装備した物が、YMS-07Bというではない」と言うことができます。
 むしろYMS-07のA型とB型を隔てる要因は、YMS-08の設計が取り入れられているか否かの違いなのでしょう。

 つまりYMS-07の改修スケジュールは、以下のような流れであったと考えられます。

(1)0078年5月ごろ、YMS-07Aの最初期の案が完成する
(2)同時期に開発されたYMS-08Aと競作となる
(3)YMS-07Aは試作3号機以降、(1,2号機も含め)固定武装が導入される
(4)(3)と前後して、YMS-07AがYMS-08Aを下し次期主力陸戦MSに選定される
(5)YMS-08の設計を統合した、YMS-07Bが開発される
(6)YMS-07Bをベースに量産型のMS-07が開発されるが、固定武装の生産が遅れたため非装備の07Aが先行配備される
(7)残されたYMS-07Aの3機、YMS-07Bの1機は、MS-07Hに改修され試験運用される
(8)ガルマの死後、YMS-07Bの1機がランバ・ラル専用機として配備される

 ところでグフは第三次降下作戦の時点から配備されているにもかかわらず、戦場で目立ち始めたのはランバ・ラルの死後以降でした。青い塗装もその際に採用されたと言われるくらいですから、グフは先行配備から本格配備までの間に実に7ヵ月あまりの年月を費やしている事になります。
 この間に何が行なわれていたかと言うと、「グフの飛行実験」だったのだと思われます。この実験はサイド3で開発されたYMS-07をキャリフォルニア経由でアリゾナに送られ行なわれていますが、キャリフォルニアの制圧は公式設定では0079年3月12日ですから、少なくともそれ以降であることは間違いありません。
 おそらくグフは、連邦軍がMSを実戦配備するまではオーバースペックだったのではないかと思います。ザクより高性能だったことは間違いないでしょうが、そこまでザクをパワーアップさせるほどの戦局は大戦初期にはなかったということなのでしょう。むしろパワーアップが必要なのは、カタログスペックではなく行動半径、航続距離といったものだったというわけです。つまりグフが真にザクを上回るMSになるには、移動距離の問題をまず解決する必要があった、ということなのではないかと思います。

 グフの飛行実験は失敗に終わり、実際に採用されたのはド・ダイ爆撃機をSFSに流用して運用するという手法でした。これが採用される事でグフは晴れて正式に陸戦型ザクの後継機と認められ、MS-06Jの生産ラインを閉じてまで量産されるようになったのではないかと思われます。
 しかしその頃にはすでに戦局は不利に傾き、またツィマッド社が開発したドムも登場していたため、グフの活躍の機会はあまり多くありませんでした。入念に時間をかけて開発された割に、それに見合う結果が得られなかった機体、それがグフだったのかもしれません。
 
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コメント
コメント
なるほど、グフ→ドムまでの期間が短すぎる理由がイマイチ思い浮かばなかったわけですが、そういう訳か…
グフフライトタイプ
グフフライトタイプ改→実験中爆発空中分解
一旦諦めて、ドダイに乗せる
やっぱり諦められない
グフ飛行試験型
何が彼らをここまでグフを飛ばすことに拘らせたのか理由がわかんなかったんですよね
2010/11/19 (金) 02:39:12 | URL | 神 長門 #-[ 編集 ]
SFSに頼らないMSの単独飛行、というのは悲願だったんでしょうね。
完全に達成されるのは70年以上後になってからでしたが…。
2010/11/24 (水) 23:50:22 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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