がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
プロトZガンダムのブロックビルドアップとは何だったのか
 MSZ-006XプロトZガンダムは、ブロックビルドアップの概念を導入した機体、とされています。それはどういうものかというと、「機体をブロックごとに分割することによって、生産性やメンテナンス性を向上させる」というものであるとされています。

 一方、RXF-91Aシルエットガンダム改のインストにおいては、このブロックビルドアップをB-BUS体制と呼び、「専門の部品製造部門がそれぞれのパーツを生産する」ということであり、アナハイムのMSはRXシリーズも含めてこの方式により生産されていたとされています。

 両者は同じ設定を言っているようで、微妙にニュアンスが違います。この両者の齟齬をどう解釈すればいいのか、という点からプロトZガンダムという機体について迫ってみようと思います。

 まず何が違うかというと、プロトZガンダムのブロックビルドアップは機体構造を指しているものであり、シルエットガンダム記述のそれは生産体制を指しているという点です。
 これについては、結局のところ生産体制を構築するには機体構造を分割しなければいけないわけで、必然的に繋がってくる要素です。
 要するに、ブロックビルドアップ体制をとるためには、ブロック構造を採用するしかないわけで、アナハイムで長年とられることになるB-BUS体制の原点となる最初の機体が、プロトZガンダムだった、ということになります。

 では何故、ブロックビルドアップという方式をアナハイムは採用したのか、という話です。もちろん生産性やメンテナンス性の向上というのが直接的な目的なのですが、おそらくはそれだけでなく、MS開発に関連する企業の多くを傘下に収めたアナハイムですから、それぞれの子会社で別々に部品を生産させることができるために、そのような方式を考えたのだと思います。
 この方式を取る利点の一つは、子会社側は何のMSのパーツを生産しているのかわからないという点です。連邦に隠れて密かにエゥーゴにMSを供給していたアナハイムにとって、都合のいいシステムだったのでしょう。全身の設計がF91の丸パクリだったシルエットフォーミュラプロジェクトでは採用されていませんが、そのようなケースでない限りは機密保持に優れたシステムだったのではないかと思います。

 それまでリック・ディアスやネモといったMSを量産していたアナハイムですが、プロトZで初めてこのシステムを採用したというのであれば、アナハイムとしては次期主力機はこのプロトZをベースにすることを前提にしていたのではないかと思います。
 しかし、プロトZのブロックビルドアップには問題がありました。機体の各部を完全に独立させてしまうと、連動に問題が出るというのです。なんとなく想像は出来ますよね。各部が独立するということは、それだけパーツ同士の接続部が多くなるということです。そうなれば、当然エラーの出る確率も上がってしまうのでしょう。
 これを解決したのが、ムーバブル・フレームというアイデアでした。全身の制御系をフレームに集約させてしまうこの構造であれば、そのような接続のミスは限りなく減らす事が出来ます。各部を分割して生産するというシステムも、「フレーム」と「それ以外」に分ける事で可能になったということなのでしょう。「それ以外」には動力系や推進系、装甲、センサー系などが考えられます。

 というわけで、ブロックビルドアップにムーバブルフレームの概念を導入したのが、百式であったとされています。このムーバブルフレームとは当然ガンダムMk-IIのものを参考にしたフレームであり、百式はムーバブルフレームの実験機でもあったと言われています。おそらくはブロックビルドアップ+ムーバブルフレームの実験だったのでしょう。
 百式は可変MSとして設計されたデルタガンダムの再設計機であり、そのデルタガンダムは基本構造については後のZガンダムと大きく変わるものではありませんでした。それを考えると、デルタガンダムもブロックビルドアップを前提としていたのかもしれません。そう考えると、プロトZガンダムと似ているパーツ(頭部やシールド)があることとも符合します。デルタガンダムはブロックビルドアップを採用した可変MSであり、プロトZガンダムは同システムを採用した非可変MSだったのでしょう。

 かくして、ブロックビルドアップ(めんどいのでB-BUSとします)とムーバブルフレームの組み合わせの実証がなされ、Zガンダムの完成に繋がります。このZガンダムはプロトZのパーツを大幅に流用しているということですが、これもB-BUSによる構造がなせる業だったのでしょう。
 ZガンダムはプロトZガンダムから始まるB-BUS体制を受け継ぐ形で完成していますから、生産体制はすでにあるていど敷かれていたのかもしれません。それ故に、何らかの形でなんとかして量産化にこぎつけようとしていたとも考えられます。このあたりがZプラス、量産型Z、ZII、リ・ガズィと続き、リゼルで結実するわけですね。
 そしてもう一つのB-BUS体制が百式です。こちらも量産型百式改やデルタプラスという形で量産化が検討されているものの、採用された形跡がありません。形を変えてギラ・ドーガに繋がっていったのかもしれませんが。

 このように、B-BUSというのは、要するにMSの量産体制のためのシステムだったことになります。アナハイムのZ計画は、エゥーゴのオーダーにより可変MSの開発計画となりましたが、そもそも当初は、B-BUS採用を前提としたMSの開発計画だったのかもしれません。
 だとすれば、このB-BUS体制の恩恵を最も受けているのは、アナハイム初の連邦軍制式主力MSことジェガンなのではないか、と考えられます。ただし、Zや百式とはまた異なるラインであることは間違いありませんが。

 アナハイムはGPシリーズの延長線上として次世代新設計機のリック・ディアスを開発しています。そしてこの技術をGM系にフィードバックしたのがネモ、ザク系にフィードバックしたのがマラサイであるはずです。(そして可変MSに昇華させようとしたのがデルタ系でしょうか)
 これに対し、更なる次世代機として設計されたのが、おそらくはB-BUSを採用したプロトZガンダムだったのでしょう。当初の「プロジェクトZ」のスタートはここにあったはずです。
 しかし、この計画はエゥーゴのオーダーとガンダムMk-IIの入手というファクターにより、新型のZガンダムという違う形の機体として変化します。それがなければ、もしかしたら後のジェガンは、プロトZガンダムの直系後継機になっていたのかもしれませんね。まぁ、ある意味ではそれが量産型Zガンダムだったんですが。
スポンサーサイト
コメント
コメント
量産機として採用されるためにはコストダウンだけではなく、整備や補修性の面と後はマイナーチェンジが容易にできるかということも大事なことだったのでしょう。

制式採用から世代交代までに30年を要したことを考えると、かなりの回数のマイナーチェンジを行ったのかもしれませんね。

2010/04/11 (日) 15:58:49 | URL | ドクトルK #-[ 編集 ]
マイナーチェンジの容易さというのは、ザクやGMにも共通する部分ですね。
その点では、両者の特徴を完全に受け継いだ機体だったのかもしれません。
2010/04/11 (日) 19:02:25 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 がんだまぁBlog all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.