がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「教育費が高いってどういうこと?」
 近頃よく教育費が高い、という報道を目にします。しかし、別に公立の学校の費用が上がっているわけではないようですし、何をもって高いと表現しているのかいまいち理解できませんでした(自分に子どもがいるわけでもないし当たり前なのですが)。
 しかし、どうも調べてみると、私立の学校でかかる費用や、学校以外の教育費(要するに習い事、塾)が昔に比べ増えているようです。

 私立の学校に通うかどうかはその家庭の自由ですし、習い事も同様です。一番大きいのは塾なのではないでしょうか。昔、塾に通うのは上位校への進学を狙う一部の好成績者でした。頭がいい人が通っていた、という印象があります。しかし、今ではほとんどの生徒が塾に通っている印象があります。特に大学受験を目指す高校生では入っていない人の方が珍しいでしょう。
 しかし、「教育費が高いから国が補助しろ」という論調は、変換すると「塾が高いから国が補助しろ」になってしまいます。いくら塾が高いからって国が塾に行く費用を出すというのもおかしな話です。何故、そんなことになってしまっているのか、少し考えてみました。

 一つ言えることとして、公立と私立の格差が広がっていて、それを埋めるために公立に通っている生徒が塾に通っている、という考え方があります。これはまず間違っていないと思いますし、これにより名門校へ進学するためにはまずお金がなければならない、というのが理不尽だという考えも理解できます。
 何故そのようなことがおきているのかといえば、二通りが考えられます。一つは私立学校や塾の費用が高すぎる、ということ。もう一つは公立のレベルが下がっている、ということです。

 個人的な感覚としては、これはどちらも正しいのではないかと思います。まず、私立の学校は教師はともかく運営している人間は教育よりも金儲けに走っている傾向が強く、だからこそ特定の部活を全国レベルに引き上げて宣伝する、という手段を取っている学校があったりもします。また、塾は親の不安を必要以上に煽り、どんなレベルの学力の子でも今以上に学力を上げないとまずいと思わせて加入させる技術を磨いています。塾の勧誘は本当にウザかった。
 一方で公立学校においては、レベルが下がったというよりは上がっていないと言った方が正しいでしょうか。やはりいかにも公務員という感じで、現状維持が最良であり変化を極端に嫌う傾向があります。もちろん全てがそうではありませんが、体質としてそういうものがはびこっているように思います。また、校長をはじめほとんどの教師が定期的に異動してしまうため、独自性はかなり出しにくい環境にあります。一定のレベルを保つという意味では優れたシステムですが、時勢に合わせて変化する、ということが極端に苦手なシステムです。

 ではどうすればいいのか、というとその逆をやればいいのですが、公立学校の質を上げるというのは多分しばらくは難しいのではないかと思います。理由はまぁ…その、政権とそれを支持する団体がアレなので…(笑)
 ただ実際のところ公立の学校教師のレベルは決して下がっているわけではないと思うんですよね。むしろ昔の教師に比べ責任が重くなっている部分はあります。モンスターペアレントとかそもそも小学校一年生のレベルに達していない子供の増加とか。
 ただそこにはシステムの問題があります。まず、教師には手本がありません。ベテランの教師の授業を新米教師が見て覚える、というケースは自分が知る限りほとんどないように思います。教育実習のようにベテランに見られる授業はありますが。経験が少ない頃から自分の判断だけで授業を進めることを強いられ、それを何十年も続けているわけですから、教師に独りよがりで頭の固い人間が多いのも仕方ないのではないかとさえ思ってしまいます。一般企業の場合、やはり仕事を覚える過程には上司の仕事ぶりを見るというのがかなり大きなウェイトを占めていると思います。反面教師も含めて。先行者のノウハウが後輩に伝わらない職場では、いくら質の向上をうたってもそれに現場がついていけないでしょう。
 ならばマニュアルを作ればいい、という考え方があって教育指導要領なんてものがあるようなのですが、マニュアルだけ渡されてあとは自分で頑張れなんて言われてまともに仕事ができるのはそれこそニュータイプでしょう。この問題が解決されない限り、たとえ某組合がなくなっても問題は解決しないでしょう。

 一方の私立学校や塾については、教育で儲けようとしている事自体に問題があるとも言えます。というのも、確かに教育の成果を金額に換算できる部分もありますが、基本的にはいくら積んでもそれが適正価格であると証明することが難しいからです。かといって安い学費で将来が安泰とも限らない…という不安が親の判断を狂わせます。極端な話いくら払っても払いすぎかどうかはその子が大人になるまでわからないのです。大人になっても分からないことの方が多いかもしれません。
 それ故に、問題があるとしてもそれは簡単には変えられないでしょう。変わる可能性があるとすれば、安くても質の高い学校や塾が現れることですが、そもそも教育は福祉と同じで普通にやったら儲からない分野であり、それゆえに経営者は資金に余裕がある金持ちに限られ、それでいて儲けようとするために、そのような事態が起きることはなかなかないように思います。
 結局のところ、単純な量比較はできないわけですから、私立学校や塾にいく必要はない、という考え方と対立させない限り値下げは難しいのかなと思います。

 しかし、時代は逆方向に進んでいるというか、結果的に私立学校や塾の高値をサポートするように国が支援するように向かっているように感じます。子ども手当はそのためではないと思いますが、結果的にそれを後押しするような気がしますし。
 何故高いのかを考えないまま、「教育にはお金がかかる」という印象だけを与え続けているのは非常に危険なのではないかと思います。だから公立高校を無料化すればいい、というのもそもそも公立高校の授業料が高いわけではないので無意味です。
 公立高校を無料化したいのは、そもそも公立高校にすら通う事が出来ない極端な貧困層であり、ここに一般的に「教育費が高い」(私立学校・塾のせい)と言われる事と貧しい家庭にとっての「教育費が高い」(単純に家計が苦しいせい)の問題をすり替えてるように思います。
 このことに限らず、民主党政権になってからどうも問題を摩り替えて結果的に貧困者対策にしてしまおう、という動きが活発なようです。派遣村も派遣切りの世情を利用したホームレス救済でしたし。貧困者を救うこと自体は悪い事だと思わないのですが、何故そのような論理のすり替えを行ってまで実行しようとするのか…と考えると胡散臭さが残ります。単純に「また政権が変わらないうちに、今出来そうな事を無理矢理にでもやってしまおう」と思っている人たちがいるだけなのかもしれませんが。

 いずれにせよ、どうも教育の問題はすぐには解決しなそうですが、公立の学校でそれなりの教育を受けるか、莫大な金を支払ってそれ以上の教育を受けさせるか、という選択肢は至極まっとうな物です。しかし、どうも今の時代は公立の学校が基準ではなく、私立の学校が基準で考えられているようです。これは、結局のところは良い大学にいかなければならない、という学歴主義が未だに残っている証明なのではないでしょうか。
 貧しい家庭にも一定の教育を受ける機会を与え、一般的な家庭の子の学力向上を煽る事は国民全体の学力を上げる意味では必要な事なのですが、その根底には公立は貧しい人々のセーフティネットであり、一般家庭は私立に進むべきという考え方があるように感じます。これが正しいのかどうかというのは、今の自分にはちょっと判断できません。ていうか子供できる予定は全くないし
 ただ、教育にはお金がかかるんだという考え方には、違和感を拭いきれません。それでは子供を育てる事にマイナスイメージを植え付け、結果的に少子化を促進させてしまうように感じます。お金がかかって大変なんだというネガティブなイメージではなく、お金をかければこういう教育も出来るというポジティブなイメージで報道すればいいのになぁと思うのですが。
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昔のように詰め込み教育をすればいいと思いますけどね
学童保育をやるぐらいなら、その分を授業時間にして学校の仲間と勉強するほうが学力が身につきますし、体育の授業で体力もつくと思いますけどね。
今までの6時間×5日(正確には週1で学活やHRがあるので29時間)のうち体育だけは放課後に移動して、体育以外を理系離れが進んでいるので理科や数学に当てればばいいと思いますよ。
1日8時間授業×5日で40日授業とか、土曜は半日授業の復活とかでいいと思いますよ。
国語の時間不足で日本語もなっていないのに英語を追加するぐらいなら

授業時間を増やして塾を不要にして
塾教師に学校で授業の一環で「放課後スペシャル」みたいなことをやってもらうほうがよっぽど安くて塾にも通えない貧しい家庭の子供を優秀に教育できるはずです。
給食で夕食も提供してもいいと思いますけどね。

もちろん履修不足や履修漏れなど反則技は論外です、スポーツで言うドーピングと同じですからね。
家庭科や世界史などを除外してはいけませんからね。
2010/03/04 (木) 17:46:42 | URL | #-[ 編集 ]
大学で教職課程をとりつつ、単位が足りずに実習にいけなかった私に言わせていただくと、子供(と教師)に要求される仕様がどんどんあがっていることが原因だと思います。
ゆとり教育だの、読み書きそろばんだの、道徳教育だの、教育のサービス化だの、介護もできなきゃだめだの、教えるほうと、教えられるほうの身になってくれと言わんばかりの要求ですから。
で、その要求に答えようにも、子供も教師も人間である以上ハード面で進歩することはできませんから、当然ほかで補う必要が出てきます。
そこにつけこんでいるのが私学や、塾なのだと思います。
ガンダムにたとえると、

連邦政府(政府)、連邦軍(親):これからに備えて、MS(子供)の質を上げたい。
具体的にはこれと、これと、これもできるようにしてほしい。

工場(学校):これだけの仕様を詰め込むのは難しい。

アナハイム(私学、塾):私どもならできます。
しかし、ご予算がこのようになります。

といった感じですかね。
結局、子供はどうなるべきかという問題に帰結するのですが、ガンダムにおけるアナハイムのように、子供観への私学・塾の影響は避けられないでしょうから、教育費が高いという問題は価値観の根本的な変革と、変革後の価値観の正しさが認められない限り解決することはないでしょう。
教育界にサナリィのような存在が現れるのを祈るばかりです。

長文失礼
2010/03/04 (木) 18:04:19 | URL | 量産型ROM民 #-[ 編集 ]
始めまして

私の住んでる北陸の県は人口が少ないので都会のような進学塾がありません。
なので#さんのいうみたいにかなり授業を詰め込み、ほぼ予備校です。
(もっとも、自分が通っていたのは私立なので、公立はどうかと言われると困りますが・・・)少なくてもまだ公立の学校の方が偏差値は上です。(中学受験もほぼない。)
でもそんなに優秀って言われると疑問です。(一応全国で実施する学力テストは上位3位ぐらい)ですけどたかが一点や二点差で決めるのもなぁ

後これは現役の高校教師から伺った話なのですが、余り学校で何でもかんでも教えると、クラスの平均が上がっても生徒が自分で勉強する意識が薄くなる、際立った奴、(東大とか行ける奴)がいなくなるそうです。

なんか今の学生って野生をなくして犬になった狼のように感じますね。なんか中国、韓国の学生に比べると小粒に感じてしまう。
2010/03/04 (木) 22:17:51 | URL | 雪風 #LtwsbDKE[ 編集 ]
>名無しさん
塾行くのが当たり前になるくらいなら学校の勉強を増やせばいいという意見はありますね。
仕事を増やしたくない教師とか、子供は放課後は遊んで過ごすべきと主張する人もいますが、
塾に行く必要がなくなるような風潮にならない限りは、学校機能を拡張しないと対応できなそうな気はしますね。

>量産型ROM民
教師の仕事を増やしている人間が実際に教える大変さまで考えていない、というのが問題ですね。
現行システムでは無理なわけですから、根本的に学校教育の仕組みを変えるしかないと思うのですが、
それには頑強な抵抗があるというのが実情なんだと思います。

塾経営をしている企業が政治に食い込んでくれば少し変わりそうな気がするんですが、
あんまりそういうことを考えている人はいないみたいですね。

>雪風さん
学校で一方的に教わった知識だけでは社会には役に立たないのは明らかですからね。
本当は学校で何でもやるよりは、学校以外での体験を豊かにする方が大事なのですが、
それを金を払ってやらなきゃいけないのが今の世の中、というところでしょうか。

今まで小学生以上に対する国の支援って、教育委員会に丸投げだったんですが、
そろそろ学校以外の支援策というのが必要になるように思います。
2010/03/06 (土) 19:30:53 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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