がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
エゥーゴVSティターンズの裏側・政治編
 前回の経済編では、エゥーゴとティターンズの争いは月資本と地球資本の主導権争いだった、という話をしました。戦後の月資本の躍進を抑えるために、地球資本がティターンズを使って圧力をかけたという感じです。

 今回は、連邦の政策、すなわち政治面での対立構造を考察してみます。これは思想的な話よりも、むしろ利権構造の話になります。

 …といいながらも、まずは思想の話から始めます。エゥーゴという組織には、「人類はすべて宇宙に上がり、自然の回復を待つべき」という思想が共通の大義として存在しています。これに対し、ティターンズ側には「地球至上主義」という考え方があります。思想面の対立という意味では、このエレズムと地球至上主義の対立であったと考えられます。

 ところで、この思想対立の根底には、何があるのでしょうか。

 地球至上主義の方は、その言葉の通り何よりも地球を優先すべきという考え方なのでしょう。それと対になるということであれば、エレズム思想の根底の意味は「何よりも宇宙を優先すべき」というものであると考えることができます。要は、地球を中心とするか宇宙を中心とするかという話です。
 これがなぜ一年戦争後に表面化したかというと、それは復興の優先度の話になってくるのではないかと考えられます。いくつかの資料には、一年戦争後の復興は地球を中心に行われ、コロニーの復興はコロニー公社や月などの企業に丸投げになっていたとも記述されています。この事実と、「宇宙を優先すべき」という考え方を照らし合わせると、要するに「宇宙の復興を優先しろ」という要求が、エゥーゴの活動の根底にあるのではないかと推測できるのです。
 地球より宇宙を、ではなく地球人も全員宇宙に上がれ、という極端な考え方なので一見わかりにくいのですが、この戦後エレズム(としてジオン・ダイクンの思想と区別しましょう)というのは、「戦争で被害を受けた地球はもう放置して、お前らも戦争の被害が少ない宇宙へ上がってこい」というのが一部のスペースノイドの考え方だったのではないでしょうか。

 戦争の復興というのは、ある意味では公共事業の一つのようなもので、当然政府の政策レベルの話になります。どこを優先的に復興する(ための国家予算を投入する)かを決めるのは、当然政府です。だから、政治運動に発展したのでしょう。
 グリプス戦役は、政府が戦争の復興を地球中心に行うと決めたその時から始まっていたのではないでしょうか。

 無論、これは一年戦争の前からくすぶっていたことなのでしょう。政府がコロニーを作って人類を移民させたのに、そのコロニーの保守は公社に任せっきりだったのでしょうし(シャングリラやスウィートウォーターなど、老朽化が著しいコロニーがよく出てきましたね)、そういう意味でスペースノイドの政府への不満は溜まっていたでしょうし、溜まるだけの事実を一般市民に提供する勢力もいたのでしょうしね。
 これが、一年戦争という未曽有の大殺戮劇で溜まった鬱憤を晴らすかのように政府に向けられたのが戦後のエゥーゴに繋がる反政府運動だったのではないでしょうか。政府としてはジオン憎しにもっていきたかったのかもしれませんが、だからといって戦争の復興をジオンがやるべきという話でもないでしょうし(ジオンは賠償金を払ってないって設定もあるんで、必ずしもジオンが憎まれないわけではないでしょうけど)、何より反政府運動の思想はジオン・ダイクンのそれをベースにしているわけですから、あまり(公国ではなく共和国の)ジオンを悪者にはしたくなかったのかなという気がします。

 ただ、どんなにスペースノイドの運動が活発になったとしても、それが政治に直結するとは考えにくいものがあります。というのも、スペースノイドは中央政府への参政権がないようですし、市民レベルで政治を変えるのはスペースノイドには不可能なように作られているはずなのです。
 そもそも、政策を通すには議会の承認がいるわけです。いくら市民が騒いだところで、議会が認めなければ国は変わりません。親スペースノイドの政治家というのは少数派でしょうし(何より、スペースノイドは票にならないわけですからね)、せいぜい月やサイド6などと利権的につながっている政治家がいるくらいでしょう。
 しかし、政権をとらなくても市民運動で政策が動くことは決してあり得ないわけではありません。それは歴史が証明しています。参政権がなかったスペースノイドにできることは、声を上げることしかなかったはずなんです。
 そして、一年戦争後の情勢はスペースノイドの声をまとめやすい状況にあったと考えられます。元々、一年戦争の犠牲者はスペースノイドの方が多いはずですし(単純計算として、総人口の8割がスペースノイドの世界で、総人口の半分が死んだわけですから、仮に残り2割のアースノイドが全滅したとしても3割のスペースノイドが死んでるという計算になります)、それでいて戦後の復興は後回しにされたとなれば、どんな善良な市民でもそりゃないよって話になるでしょう。
 そんなこんなで、スペースノイドの市民運動はうまい形で広まっていきます。政府としては、議会での政治抗争であればやりようがいくらでもあるでしょうが、市民に動かれてしまうとなかなか手出しができません。膝元のアースノイドならともかく、はるか空の上のスペースノイドに好き勝手動かれては対策も難しいでしょう。

 で、政府は実力行使に出たわけですよ。ティターンズの結成です。ジオン残党の排除を名目に、「対軍隊」ではなく「対市民」に武力を行使できる(潜伏したジオン残党は市民に紛れているでしょうからね)この部隊によって、直接市民活動を抑えにかかったわけです。
 その後の結果は…ティターンズが必要以上に市民運動に攻撃してしまったためにエゥーゴの武装化を招き、正規軍や政府にまで裏切られて滅んだ、という歴史をたどることになります。

 これは経済編での考察にも繋がっていて、要するに地球の復興が優先されれば地球の企業が儲かるし、宇宙の復興が優先されれば宇宙の企業が儲かるわけですから、当然企業としても復興の主導権争いは死活問題だったということになります。連邦政府はどちらかというと地球の企業との癒着の方が強かったでしょうし、政府が地球の復興を優先させたことには、そういう側面もあったんでしょうね。
 こう考えると、Zガンダムの舞台背景はちゃんと一年戦争の歴史と地続きになっていますし、正しく「ファーストガンダムの続編」と呼べる設定になっていたんじゃないかと思います。ただ、思想面での対立を前に出しすぎたことと、ティターンズ側を一方的に悪と描く一面的な演出が、問題の本質を隠してしまったことで視聴者にうまく伝わらなかったんだろうなと思います。
 結局のところ、グリプス戦役っていうのは本来は連邦軍の内部抗争でもないし、地球と宇宙の人種対立でもないんですよ。単純に地球と宇宙のどっちを優先して復興させるかという争いでしかなかったんです。
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http://www5f.biglobe.ne.jp/~sannbiki/gundam106.htm

前にうちのサイトに書いたネタですが傍証として…、
政府が実力行使としてティターンズを結成する前に、軍の一部がそういう方向へ向くように仕向けていたんじゃないかと。

また、ジュドーの「俺達のコロニーは腐って壊れかかってる。人類全体がやり直さなきゃいけない時代なんだ」といっているのも、スペースノイドの生活向上を願った世論としての言い分として見ることもできますね。

…まぁ、グレミーに言ってるからややこしくなるわけですがw
2009/04/06 (月) 08:55:06 | URL | くっきーもんすたー #tBF1tvso[ 編集 ]
民主主義の法則に従うならば、総人口の8割が宇宙居住者であるならば、必然的に政策は宇宙よりにならなければならないはず何に、実際はわずか2割の地球人のために連邦が動いているという最大の矛盾が存在しているわけで。

宇宙市民の政治的な活動はひとえにこの異様な格差の是正であるといっていいでしょう。

内容は一致していますが、その温度差はコロニー単位で少々異なるようで、もうちょっと地球の人はこっちにも気を使ってくれ、というレベルから、地球人を根絶やしにしようってところまであるからややこしいのでしょう。

地球至上主義ってのは一種の優性論なんでしょう。宇宙市民は所詮地球に住めなくなった連中でしかないという意識がある。

これに対するカウンター優性論がジオニズムであり、コントリズムであると。
2009/04/06 (月) 16:59:29 | URL | ドクトルK #-[ 編集 ]
両者の主義主張の定義に首を傾げましたが、対立構造が分かりやすいと感じました。
ここまで名実ともに大衆をないがしろに出来るシステムを現実の延長上として据える某御大は、なんというか色んな意味で先見の明がありますね。
この構造が変わらない限り幾らでも続編が(ry
2009/04/07 (火) 06:06:42 | URL | 横山 理 #buI3a3AE[ 編集 ]
>くっきーもんすたーさん
ジャミトフの目的が、そもそもどちらの復興も阻止すること、という可能性は大いにありますね。
メラニーはそれに乗じて自社の利益を高めたと。
復興の主導権争いだったはずが、いつの間にか復興するかしないかの争いにさえ変わっていったということなのかもしれません。

>ドクトルKさん
大半がスペースノイドなのに参政権がない、というのは、
ちょっと現実味が無さすぎるんですよね。今の感覚から言うと。
当初から地球至上主義だったというよりは、
一年戦争で多くのスペースノイドが死んで、
あまり宇宙に気を使わなくなってよくなったからこそ表面化した、
と考えた方がいいのかもしれません。

>横山 理さん
この設定を考えた監督は本当にすごいと思います。
思想対立と見せかけてちゃんと裏があるようになってるわけですからね。
その辺のアニメの設定では、なかなかあり得ないことです。
2009/04/09 (木) 19:48:04 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
私的には、コロニー住民に中央政権への参政権がないということに問題があるというのは不思議です。

まず最初に植民地を作ったとして、自治レベルが村、町から始まり、通常であれば市へ、市が集合して州となり、構成国(国家ではない)へと昇格していくというのが順当な自治権拡大であると考えます。

その上で、中央政府への参政権については、自治レベルが州に達していないために議会に対し政治家を送り込むことはできないと考えられないでしょうか?

また私は、コロニーやサイドというのはアメリカのコモンウェルスなどのように「自治的未編入領域」であり、「保護を必要とするが本国ではない地域であるため国民とみなされていない」ということが言えるのではないかと考えています。

この両方を組み合わして考えると、宇宙市民に中央政府への参政権がないという状態は腑に落ちると思うのです。
2009/04/13 (月) 02:00:50 | URL | 陰鏡 #nL6A2.tM[ 編集 ]
単純に、人類の大半が植民地民であるというのは、
すでに植民地支配が悪しきものとさえ考えられている現代においては違和感がある、と自分は感じます。
それで民主主義というのですから、相当に矛盾に満ちた歪んだ時代なのだなと。

スペースコロニーがあり、そこに住む人に参政権がないところまではよしとしても、
その数が、ちょっと多すぎますね。

個人的には、せめて一週間戦争で攻撃された連邦よりのサイドの住民には参政権があったとか、
スペースノイドの参政権に大きな制限が加えられたのは一年戦争以降で、
それがエゥーゴの活発化に繋がったとか、
それくらいにしておいて欲しかったです。
2009/04/13 (月) 22:05:48 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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