がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
避難所としてのホワイトベース
 今日は阪神・淡路大震災があった日です。そのためということもあって、たまたま個人的に大震災の避難所を運営していたという方の話を聴く機会がありました。

 詳細はともかくとして、避難所での生活というのは、戦時中の空襲があった地域にかなり近かったのではないか、という印象を受けました。ある原因によって都市が壊滅し、極めて厳しい生活を強いられ、復興の見通しがつかない日々を送るという意味で、似ているのかなと。
 そして、我ながらガノタ脳だと思ってしまうのですが、その戦時中であるかのような避難所生活の様子に、ホワイトベースの人々を重ねてしまったのでした。

 そもそも、元々ホワイトベースの乗員のほとんどは、「コロニーが敵襲を受けたので軍艦に避難した」という人々で、いわば本来シェルターとかに避難するところがたまたま軍艦であったというだけのことでした。実際、クルーとして参加したアムロらのほかに、普通の避難民というのが、序盤は度々登場しています。
 この元々の設定自体が、「戦時中あるいは終戦直後の生活を知っている人間」だからこそ思いついたものなのではないか、と思ったのです。
 例えば今自分の住む場所が大震災に見舞われたとして、避難すべき場所というのは、大抵は学校か公園といった公共施設です。しかし、それがたまたま軍艦で、しかも正規のクルーがほとんど死んでしまって、やむなく自分達で艦を運用しなければならなくなったら…「機動戦士ガンダム」という物語は、この発想から生まれているのではないでしょうか。そのためにはまず、何故軍艦に避難しなければならないかという状況を考えなければならず、そのためにスペースコロニーというアイデアが生まれたのではないかな、と。宇宙であれば、安全の保障を得るには避難先は宇宙船の機能を持ったものでなければなりませんからね。

 そして、ファーストガンダムとそれ以降のガンダムを決定的に区別しているのは、この「避難所生活」の感覚だったのではないか、とさえ思いました。これはなかなか戦後世代の人間には理解し難い感覚なのですが、戦争でなくとも自然災害で似たような体験はできると考えると、ファーストガンダムの普遍性にはそういった意味があるんじゃないかと思います。
 ファーストガンダムにおいては、戦争とは何かというような考え方はあまり必要なくて、何らかの「生き延びなければならない状況」があって、そのために四苦八苦するという話がメインなわけです。ただ、ロボットバトルを行う必要があるために、戦争という舞台をもってきたというだけであって。そこが抜けている限り、あるいはそれに代替する普遍的なテーマが含まれていない限り、ファーストガンダムを超える作品は、少なくともガンダムシリーズにおいては、なかなか出てこないのかなと思います。

 もしファーストガンダムの物語を戦争ではなく大震災を舞台とした場合、ストーリーは多分、被害を受けた地域の救助隊に類するもの(消防とか自衛隊とか、あるいは支援物資を届ける公的機関やマスコミなど)がほとんど死んでしまい、地域の人々だけで復興作業を行う、という話になるのかなと。後半はその人たちが正式な救助隊と認められ(第十三独立戦隊)、積極的に他の地域の支援も行うようになると。
 そんな風に考えると、ガンダムの戦争という観点ばかりクローズアップするのはあまり良いことではないのかな、という気がします。ガンダムを戦争の兵器という観点から引き離したGガンダム(とか∀ガンダム)というのは、そういう意味では良い視点だったんだろうなと思います。まぁ、戦争を舞台にした方が人気が出るのもまた間違いないですが…。


 なんてことで大震災をダシにしてネタのような話をしてしまいましたが、実際の体験談はとても衝撃的な内容でした。普通の小学生が死体や人が死んでいく瞬間を目撃したり、親が実の子供が断末魔を上げて炎の中に消えていく姿を見ているしかなかったという話を聞かされれば、これは尋常じゃないと思います(だから戦時中のようだと思ったのですが)。
 また、避難所生活で大人たちが肉体的にも精神的にも披露のピークに達したとき、なんとかやっていけたのは、子供たちが自発的に清掃したり年下の子供の面倒を見ようとしたからだったという話を聞くと、極限状態において最も前向きになれるのは実は子供なんじゃないかと思ったりして、そりゃニュータイプみたいな幻想も抱きたくなるわと思いもしました。

 全ての地震災害により亡くなられた人々の冥福を祈ると共に、このような非常事態に遭遇したときに、まずどう行動すべきかというイメージくらいは、頭の中で思い描いておいて損は無いのかな、と思います。
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コメント
コメント
自分も阪神・淡路大震災の被災者ではありますが、最早当時の記憶はあんまりないです。

戦時中の空襲云々というか、ガンダムって元々「十五少年漂流記」をイメージソースとしてますよね。「子供たちだけで何とかしなきゃいけない」ってのは。バイファムもそうですけど

>戦時中あるいは終戦直後の生活を知っている人間
これは冨野監督が戦時中の生まれだから、そういう「終戦時の混乱」などが鮮明に記憶に残っているからなんでしょうね
2009/01/17 (土) 22:47:36 | URL | コンラッド #8l8tEjwk[ 編集 ]
自分が震災のときに関西にいたら 関西生まれだったら。 ほんの少し何か違っただけで被災者だったかもしれない そこらへんの若いやつらよりはそういう重大さは感じます 一日一日を悔いなく生きよう
2009/01/17 (土) 23:57:25 | URL | ロウ #-[ 編集 ]
>子供たちが自発的に清掃したり年下の子供の面倒を見ようとした

子供を含めて震災などの災害現場で、人々が心をひとつに助け合っている姿をよくテレビなどで観ます。

こういう姿を観ていると人間もまだまだ捨てたもんじゃあないんだな、と思います。
逆に人はどうしていつもこういうように心をひとつに、優しくできないんだろうと思いますが。
これがシャアの言っていた「地球をこわすやさしさ」なのかアムロの信じた「希望」なのかは判断のしがたいところです(そのことにこじつけてしまう私もガンダム脳です・・・汗)

震災の話はよく聞きますが、一方で人々が危機感を持っていないのも実情な気がします。
耐震強度がしっかりしてるから大丈夫、みたいな安心感がそうさせているのでしょうが、それを踏まえても「もしも」ということもありえるので私たち自身もこういうことを忘れず、心にとどめておかなければいけませんね。

2009/01/18 (日) 17:00:18 | URL | クレア #I4t1ZHtI[ 編集 ]
>コンラッドさん
被災者だったのですか。聞いた話は一番被害が大きかった地域の話なので、また違うんでしょうね。

ファーストのイメージソースはまさに十五少年漂流記ですよね。
それが今の形になる過程で、また違うイメージが入っていったのかなと。

戦時中の生まれは富野監督に限らず、安彦氏や脚本のメンバーなど多くのスタッフがそうだったと思うんですよ。
それが大きかったのかなと。Zガンダムの時はかなりスタッフが若かったみたいですし。

>ロウさん
自分も震災の一ヶ月前に神戸に行ってたりして、
新潟の地震のときも一ヶ月前に新潟に行ってたりして、
どちらもしゃれにならない被害があった場所だったりしたんで、
考えるところは色々あったりします。

>クレアさん
まぁ、結局人間は切羽詰った共通の目標があれば協力できるってことなんだと思います。
シャアの台詞は「そんな優しさをもつ一方で、地球を破壊する残虐性ももっているんだ」と言いたいのかなと思っています。

日本は地震が多いが故に、余計に危機感をもっていないのかなという気もしますね。
外国人の方なんか、震度1でも相当怖いみたいですし。
2009/01/18 (日) 22:28:53 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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