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ガンダムネタだけを語るブログです。
カミーユは何故脱走しなかったのか
 アムロと同じく「成り行きで」ガンダムのパイロットになったのに、カミーユはガンダムのパイロットとして戦うことに、ほとんど抵抗感を見せたことがありません。それは何故か、という話。
 そもそもカミーユは脱走する理由がなかっただけと言えばそれまでなんですが、でもそれは何故?とも思ったのです。アムロだけでなく、ジュドーなんかもかなり抵抗感を見せていますし。ウッソはそんなに抵抗していないんですが、あれは「嘘のように物分りが良すぎる少年」というキャラだからという理由があります。カミーユはむしろ、おかしいと思ったことには率直に反感を見せるキャラだったはずです。
 かといって、カミーユがエゥーゴの思想を信じていたかというとそれも微妙ですし、アーガマという環境に居心地のよさを感じていたようにも見えませんし、カミーユがエゥーゴであり続ける心理的な理由というのが、どうもはっきりしないんですね。

 そのあたりを、実際に脱走したアムロと比較することで、浮き彫りにしてみようと思います。

 まず、アムロが何故脱走したか、ということですが、直接的な契機はブライトが「アムロをガンダムから降ろす」と言っているのを聞いてしまったからでした。
 当時のアムロにとって、「ガンダムを動かせるのは自分しかいない」というのがパイロットとして戦い続けるモチベーションになっていました。ブライトに二度もぶたれた時も、結局は他にいないからガンダムに乗れ、と言われたわけです。
 それなのにガンダムから下ろすと言われたので、「今まで散々お前しかいないってこき使っといてそれかよ」という気持ちと、「僕が一番ガンダムをうまく使えるんだ」という気持ちがあって、アムロは脱走という行為に出たのだと思います。
 その背景には、本当にアムロじゃないとガンダムを動かせないという事実がありました。サイド7脱出当時のアムロは、生き残るには自分がガンダムに乗って戦うしかないという状況だったわけです。

 一方のカミーユは、決して自分以外にガンダムを扱えないという状況ではありませんでした。エゥーゴにはクワトロはじめ実戦経験豊富なパイロットも何人かいましたし、戦力的にもガンダムMk-IIに頼らなければいけないほどではなかったんです。同じ「成り行き」でも、アムロとは全く違う状況下にあったのが、カミーユという少年です。
 しかし、だからこそ、カミーユは「戦わなければいけない」という状況ではなかった。両親が死んで身寄りがなかったとはいえ、カミーユが望めばアーガマから降りてアナハイムのアルバイト程度の仕事で生きていく事だってできたかもしれませんし、ジャブロー攻略戦前まで、及び再び宇宙に戻って以降は、逃げようと思えばどこへでも逃げられる環境ではありました。アムロは脱走したとはいえ、とてもそのまま一人で生活できそうな感じではなかったですね。若さゆえの、家出レベルの幼稚な脱走でしたが、カミーユは立場上、もっと現実的に脱走することも出来たと思います。

 アムロが明確に戦う理由というのも、結局はないのですが(だからララァに守るべきものがないのに何故、と突っ込まれてしまう)、最終的には「軍人になってしまったから」が理由になるのかなと思います。そして軍人になれたのは、それまでの実績と同時に、機密に触れた民間人を罰さずに済ますため(というか軍人化しちゃうところが罰のようなものですが)でもありました。
 この点が、カミーユが脱走できなかった明確な理由なのではないでしょうか。つまり、カミーユはガンダムMk-IIを強奪した犯罪者なわけです。軍用兵器をパクったら重罪でしょう。それも最新鋭のガンダムとくれば、もはや銃殺は免れないという感じです。カミーユは、脱走した方が危険だったのではないでしょうか。
 基本的にはティターンズの権限が強まっているという世界情勢ですから、カミーユはその辺をぶらぶらしていたらいつ捕まってもおかしくない状況だったのではないかと思います。指名手配がかけられているかはわかりませんが、カミーユがガンダムを盗んだだけでファの親が強制労働送りになるくらいですから、本人にも手配がかけられている可能性は高い、と言えます。
 また、完全にエゥーゴに参加してからは、まさにティターンズに狩られる対象なので、更に脱走しづらくなったでしょう。アムロは身元を知られていないのでランバ・ラルと対面しても大丈夫でしたが、カミーユの場合身元も完全に割れているので、誰に見つかってもアウトなんですよね。

 他にもエゥーゴがカミーユをパイロットとして育成したかったとか、理由はあるんですが、脱走しなかった最大の要因は「脱走できなかった」ということなのではないか、ということでした。
 そう考えると、カミーユには逃げたくても逃げ場がなかった、というのが相当なストレスになっていたんだろうなと思います。精神的な逃げ場もなかったようですし。エゥーゴでは決定的な仲違いというものがなかった分、特別な馴れ合いもなかったため、真綿で首を絞められるように崩壊へ向かっていったのかなぁ、なんて思ったりします。劇場版はエマとかとうまくやってたっぽいから大丈夫だったのかもしれませんね。
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コメント
コメント
カミーユ…ウッ(;ω; )
2008/10/09 (木) 07:07:03 | URL |   #-[ 編集 ]
劇場版で救われてよかったです。
アーガマ内がわりと和やかな雰囲気でしたもんね。
2008/10/10 (金) 11:14:06 | URL | 通行人 #-[ 編集 ]
逃げたくても逃げられない状況って精神的に物凄いダメージになるんですよね。
うつ病になるのもそういうパターンが多いですし。
劇場版は初めからアーガマのクルーがカミーユを受け止められるようになっていた印象がありますが、
TV版ではエマにもブライトにも親代わりを拒否されていますから、
見た目以上に苦しい環境だったように思います。

>horizonさん
本当に申し訳ありません。
コメントを誤って削除してしまいました。
もしよろしければ、もう一度書き込んでいただければと思います。
初めて書き込んでいただいたのに、
本当に、本当に申し訳ありません。
2008/10/11 (土) 01:07:39 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
改めまして、はじめまして!
いつも楽しみにさせていただいてます。
削除は気になさらないでください。僕もまた考えながら書くことができますし。

Ζのそういうのを一言で言ってしまうと描写不足なんですよね。
劇場版では一言「モビルスーツを盗んだんですから」と言ってますが、
エゥーゴに組みし続けるしかない描写としてはまだまだ弱い。
アニメなんか見るんじゃないよ!というのがテーマのひとつなら、
カミーユが壊れていく過程もしっかり描くべきだったと思います(まだ、あの最後はシロッコに魂を抜かれたという誤解がありますし)。
見るな!と言うのに何度も見て考えないとわからないじゃないかと思います。

逆にそういった描写不足が、ミロのビーナスの手足のように
今日に至るまでの考察の隙というか遊びのフィールドを生み出していると言えますし、
フィールドとしてあの話はどうなんだろ?って思いますし、
僕は愛憎入り乱れてますね(笑)
僕は丁寧に補完できないのでプラモでマラサイを青く塗って「本当はこうなの!」って
ごり押しの脳内世界を作っちゃったりしてますが(笑)、
ルロイさんのΖセンチュリーが素晴らしいものになると願っています。
本になったら買いますよ!ホントに!
2008/10/12 (日) 07:36:28 | URL | horizon #TY.N/4k.[ 編集 ]
寛大な対応に感謝いたします。

Zガンダムはほんと仰るように足りない部分が多くて、
それはファーストのようにしっかりした脚本や設定の担当がいなかったことが最大の要因なのですが、
だからこそきつきつの一年戦争より掘り下げ甲斐があると感じています。

Zガンダム関連の考察成果は何かしらの形にはしたいと思ってますので、
忘れた頃になるとは思いますが、よろしくお願いします。
2008/10/12 (日) 20:10:48 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
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