がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
月初のガンダム以外の話「本を読まない人に読ませるには?」
 出版業界とは大学時代を除いて全く無縁な自分ですが、ちょっと本の話でも。

 本を読むことはとても大事なことだと思います。読解力というのは、実生活ではとても必要なものですからね。例えば、社会人であれば大なり小なり書類を作ったり、他人の書類を読んだりする機会がありますが、それをちゃんと書けるか読めるか、そして何よりミスがないか、内容の漏れがないかがわかるかどうかというのは非常に重要な能力です。こういうものは、やはり普段から文章に触れていないと研ぎ澄まされるものではありません。
 ただ、その一方で、人間は図やイラスト、映像のように一目で分かるものの方を好む性質があります。だから小説より漫画、漫画よりテレビの方がウケるわけです。ビジネスの世界においても、文章だけで書き連ねるより、図や表を入れて視覚に訴えるような形にした方がより効率よく相手に情報を伝えることが出来ます。
 そういう意味で、文章の読解能力と言うのは、年々重要度が下がっていることは事実です。一方で、それが全く不要になることはないでしょう。文字でしか伝えられないことというのは多くあります。現実的な課題として、文章に触れる機会が必須ではない時代において、いかに文章を読む能力を伸ばせるか、ということ、出版業界の視点で言えばいかに本を読ませるか、というのが挙げられるのでしょう。

 そのためには、いかに本を読まない人に読む気にさせるか、というのが重要なのですが、「本を読ませる」立場にある人は、往々にして自分自身は本を読むのが好きな人間であり、本を読むのは当たり前のこと、日常のひとつとなっていることが多いように思います。そういう人間には、本を読まない人間の気持ちなんて全くわからないのだろうな、と思います(ちなみに自分は本を読まないほうです)。
 ネットなんかでも書評は検索すればたくさん出てきますが、やはり本を読むのが当たり前だ、というスタンスを強く感じることが多いです。
 また、本を好む人の中には、本はとても高尚なものであり、難しいのは当たり前であり、読まない人間は俗悪、読めない人間は読めない程度の頭しかないのが悪いと言わんばかりの価値観を持っている人がいます。こういう態度が、時代の変化についていけなくなっているのかな、と思うことがあります。そういう人に限って、本当に本の内容を理解しているわけではなく、ただ一通り読み終わっただけで著者と同等の知識を得たように感じていたりするんですが…。
 要するに、本をたくさん読む人と、全く読まない人には、致命的な意識の差があるのだと思うのです。この差が埋まらない限り、読書は一部のマニアの行為にしかならないのかなと。
 これは当然、読まない側にも本を意識の隔たりを生む要因があることを意味します。ただ、なんでもいいから本を読みたいから適当に本屋を歩き回るとか、とりあえず時間があるから本でも読もうとか、そういう思考になれる人間というのはなかなかいません。

 一番顕著な例が、ケータイ小説ですかね。読書好きは、ああいうものを本当に毛嫌いしています。その一方で、ああいうものをとても好んでいる人たちがいます。双方は、読書という視点では決してわかりあうことなど出来ないでしょう。この差は、普段から本を読む人間と、全く読まない人間の決定的な差なのだろうな、と思います。

 また、これは自分の子供の頃の経験に基づくものですが、小学生の頃なんかは、何か必ず本を読まなければならない、という期間があったと思います。夏休みの感想文とか、読書週間とか。自分はこれが苦痛で苦痛で仕方ありませんでした。何でもいいから本を読め、と言われても困りますし、かといって本を指定されてもつまらなすぎて読むのが苦痛でした。それでも、教師は子供に本を読ませるのは正しいという信念の元に(?)読書を強います。しかし、小学生の頃から本を読むのが好きな子供はいても、そういう子は学校の指導のおかげで読書に興味を持ったわけではなくて、元から本を読むのが好きなだけであることがほとんどで、こういうやり方が効果を挙げているかというのはかなり疑問なんですよね。
 その一方で、自分が興味を持てる本は少しは読んでいました。ドラクエの小説版とか。本を読むのは嫌だったけど、文章を読むこと自体は決して苦痛ではありませんでした。興味を持てるものであれば、ですが。

 結局のところ、本当に本を読む気がない人間、というのはほとんどいないんじゃないかと思うのです。読解力や教養には人によって差があるにしても、それぞれに読みたいと思える本はあるんですよ。
 一番悪いのは、「読書とは難しい本を読むことだ」というイメージなんだと思います。小学校で本を読まなきゃいけないときに、それらしい本じゃなきゃいけない、という雰囲気があるのは良くないんだろうなと。そこで読書という行為に壁を作っているんじゃないかと思うわけです(漫画はダメでも、漫画の小説版だったらいいと思うんです。いや、今の小学校はそれでもいいのかもしれませんが)。
 正直言って、小難しい本なら有難い、というのも幻想だと思うんですよ。そういう本に限って、著者が言いたいことをただ言っているだけの非生産的な内容だったり(タダで見れる一般人のブログの方がよほどためになったりすることも…)、結局何が言いたいの?というような意味不明な内容だったりしますし。一方で、著名な作家の有名な小説が、意外と漫画っぽい内容で読みやすいなと思ったこともあります。

 また、最近はどうも小説の挿絵と言うものが重要になっているようです。自分はラノベは全く読まないのですが、ラノベは内容よりも表紙の絵で売り上げが決まるというような話も聞きますし、純文学の小説の表紙を漫画家に書かせたら売れたという例もあります。
 本の醍醐味の1つは、文章から自由に作品世界を想像できることにあると思うのですが(こういうのは、昔のファミコンゲームなんかにも通じるものだと思います)、最近はテレビに始まる視覚情報技術の進歩の影響か、まず想像の基礎となるキャラのイラストなどが用意されていないと、そこから先には進めない人が多いようです(想像力自体は減退しているとは思えないのです、ネット上を見る限りは)。
 これはこれ、時代の流れと言うことで、なんでも文章だけで伝えようとせず、視覚化できるものはできるように補完していけば、読書の壁は薄くなるのかな、と思います。だからといって漫画化したり映像化したりしてしまうと、こんどはそっちがメインになってしまうのでよろしくないのですが(閃光のハサウェイは映像化しなくていいんじゃないかな・笑)
 こういうのは突き詰めるとメディアミックスになってしまうのですが、そこまで大掛かりなプロジェクトにしなくても、ちょっとした気配り次第で本の売り上げは伸ばせるんじゃないかな、と思うのです。

 今の時代、本当に本を読まなければ得られない情報というのはほとんどないんだと思います。娯楽的な部分は特にそうだと思います。かといって知識に関しては誰でも等しく欲しがるものでもありません。本を読む時間を、ネットやテレビや携帯をいじる時間に費やしている人は増えているでしょう。
 そういう中で人に本を読ませるために、「本は(テレビとかより)とても有難いものだから読みなさい」という言い方をする人がいますが、それが一番間違っているのだろう、ということでした。
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大学生と本
うちの教授の受け売りと私がここまでに経験上感じたこと


1:本がすべて正しいとは限らず、むしろ多くのバイアスをはらむ
2:だから疑い、自分の頭で考えろ
3:そして、自分が物を書くときには確実にわかっているものを書け。わからないものやウソを書くな

つまり、本を書いて残すということは責任を伴う作業である。


もちろん、ここでも本は大事で高尚なものだ、という無言の大前提が出てきます。その意識と相互作用的に、本の持つ特性やらハードルを考えるときには、この「責任」という概念が決定的に重要であるように感じる今日この頃。
2008/07/07 (月) 16:48:56 | URL | ナタル #-[ 編集 ]
読書をする人としない人では好きな好みもジャンルもぜんぜん違いますからね。
結局、その人が「読みたいか」「読みたくないか」ということが重要だと思います。
例えば小説しか読まない人がいれば漫画しか読まない人もいる。もちろん両方読む人もいます。
他人と好みが違うのはよくあることですし、肝心なのは自分の価値観を他人に押し付けないということだと思います。
誰でも無理やり押し付けられたらイヤです。
私も読書感想文を書かされました。
本が指定されていましたが、やはり興味のない本を読んでもまともな感想は出てきませんでしたがw

本を読むにこしたことはないですがやっぱり自分が読んでいて楽しいものを読むのが一番いい気がします。


ただ、このまま本業界が衰退してしまいそうでその辺がちょっと心配です。。
2008/07/07 (月) 17:28:42 | URL | クレア #I4t1ZHtI[ 編集 ]
上のクレアさんの言葉に尽きる気がしますね。
「自分の価値観を他人に押し付けない」。

何だかんだで一番効果的なのは、
まず自分自身が「楽しんで見せる」ことなんだろうなぁと。
「俺は本を読むのが楽しいんだよ」っていうのを、
言葉じゃなくて、グルーヴで相手に伝えるっていうか(笑

私は母親に勧められた本が面白くて
本を読み始めたクチなんですが、
何より母親が推理小説とかをガンガン読んでて、
それで楽しそうにあらすじ語ったりしてたから、
勧められた時「まぁ読んでみるか」と思ったし、
それで勧められた本も面白いと思えたから、
反発もなく「本って面白い」って
感じられるようになったんだろうと思ったりします。

ま、そこで「ぼくらの七日間戦争」シリーズを勧めてくる
母親も今考えればかなりすげぇなと思いますが(笑
2008/07/08 (火) 00:43:53 | URL | zsphere #mgsj5vwc[ 編集 ]
>ナタルさん
もっともだと思いますが、
それって必ずしも本だけに限った話じゃないと思うんですよね。
テレビでも、ネットでも言える事だと思います。
本は保存性が高いという点で一歩抜きん出ているとは思いますが。

>クレアさん
映画なんかも似ているんですよね。
いわゆる映画マニアと大衆映画ばっかり見ている人では全然違うわけで。
zsphereさんも仰ってますが、まさに楽しいと思えることが全てでしょうね。
日本人の特徴なのかわかりませんが、
子供の好みがどうこうよりも自分の好みを押し付ける大人が多いのが気になります。

本業界の何が一番きついのかというのをよく知らない自分ですが、
流通関係がポイントなのかなぁとは思います。

>zsphereさん
本を読む楽しさ…うーん、教わりませんでしたね、自分は(苦笑)
何を楽しいと感じるのかは、そういう幼少時の経験も大きいんですよね。
目の前に本があって、読む時間を与えたとしても、
それに読みふける子供と、全く目もくれないで走り回る子供がいると思いますし。

で、後者にいかにして本を読みたいと思わせられるか?ということになるわけですが…
結局はその子の好みに合った、楽しめる内容の、質の高い本を、上手に薦められるか、というところなんでしょうかね~。
2008/07/08 (火) 22:26:16 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
携帯小説は何がダメなのか
面白い議論ですね!
私もあまり本を読まないタチでして、
これは私の思うところなのですが・・・

本を役に立つモノと仮定して、
本を読むという行為の何が重要なんだろうなぁっと逡巡したところ、
「自分とは異なる価値観・物の見方を取り込むことができる」
これに尽きるんじゃないかという結論に達しました。(有りがちな意見ですが)
文章読解力というのは、相手が何を言わんとしてるかを理解する能力です。というより、そういう能力を前提としています。
本を沢山読んでいると、自分とは違った視点をすんなり受け入れやすくなり、結果として面白い人間になれますよ。っていう感じですかね。


だから、携帯小説も結構なんですけど・・・
問題点としては、上記の視点から考えてみたとき、ターゲット層に特化しすぎた内容っていうのは、確実に馬鹿製造機だな~と。
漫画などは生まれた時から読者を意識しまくってきたメディアですから、やっぱり馬鹿製造機です。
今のTVなんかも特にそんな感じですかね。
本は今まで、ある程度作者が好き勝手やって良いというような土壌、聖域性みたいなのがあったんじゃないですかねー。コマーシャリズムとは無縁だったというか。それが時代の流れでそうもいかなくなったぞ、という・・・。

最後に
バカバカ言っていますが、人間時にはバカになることも重要ですので、用法用量を守って正しく服用すれば大丈夫だと思います。
2008/07/10 (木) 19:30:36 | URL | R.M #-[ 編集 ]
私は洋楽のCD買うとアルバム解説までキッチリ読む方なので、文字から情報を得るという行為自体は基本的には好き…なんだと思います。
ただ、世を忍ぶ仮の義務教育課程の頃の、如何にも偉ぶった教師が大上段から薦めてくるよーな本とかは、やっぱり大嫌いでしたね。
読書感想文の課題図書なんて焚書しちゃえ!とか、当時は思いました。
アレこそ「価値観の押し付け」ですからねえ。

そんな課題図書の登場人物の名前だけ拾って、既存のポルノ小説の文章にそのまま入れ替えて「読書感想文」として提出したら、提出したコト自体を「無かったコト」にされたのも、今となってはちょっと良い思い出です。
怒られるどころか完全スルーという具合でした。

R.Mさんの視点は物凄くその通りだと思います。
私の場合、大学の学部が理系→大学院が文系なので、「考え方」ソレ自体だけじゃなく「考え方の使い方」までも違う…という場面に出くわすコトが多くて、尚更ですね。
特に今読んでる政治思想の本は、現在の理系の思考原理として当たり前となった考え方の出自が分析されてる部分もあって、恐ろしいほど目から鱗です。
自分自身の無条件の前提も実は「条件付き」だと疑えるようになる、というのは大きいと思いますね。

事実、ルロイさんのサイトやブログを読ませていただいてるうちに、私自身がずっと信じ込んでた宇宙世紀史観が続々と改変されてたりします(笑)

あと教師はアレです、「やりたくないことを無理矢理やらされる=努力」というよーな変なイデオロギー持ってるヤツとかたまにいますから…
その流れで、「難しくて分からない=ありがたくてためになる」とか思い込んじゃってると、もう末期ですねえ。
2008/07/12 (土) 03:46:40 | URL | 闇鍋影人 #-[ 編集 ]
>R.Mさん
確かに本を読むことは異なる価値観を知るいい勉強になりますね。
ただどういうわけか、本をたくさん読んでいるはずなのに思考が凝り固まったような人もいるんですよね(笑)
なんというか、本を読んで知識は増えていても、考え方自体は決して変わらないって人は多いです。
こうあるべきだという考え方が決まってしまっている人が本を読んでも、
自分の都合のいいようにしか内容を解釈でいないという現実もあると思います。

携帯小説も同様で、あれも1つの世界、1つの価値観なんだと分かる人が読めばそれはそれで勉強になると思うんですが、
初めからこんな世界は認めないという否定的な態度を取っている人にとっては害毒でしかないわけで。
読む人間がすでに価値観が固まっている状態だと、あんまり有難いものでもないのかもしれません。

ただ、そうではないまっさらな状態の人間が、教育とか経験の1つとして本を読む場合は、
仰るように携帯小説のようなものは馬鹿製造機になり得ると思いますし、
だから小さい頃からテレビは見せちゃいけない、というのは正しいのだろうとも思います。

>闇鍋影人さん
教育者というのはどうしても、大人の目線でしか子供を見ることができないというか、
大人の価値観で良いと思ったものを子供に押し付けようとするのが良くないですね。
お前ら教員免許だけじゃなくて保育士の資格でも取ったら?と言いたくなります(笑)

むしろ学校では、読む本を指示するのではなく、
本の読み方を教えるべきなのかなぁなんて思ったりもします。
本は知識を増やすためだけにあるんじゃないんだぜ、考え方のパターンだって増やせるんだぜ、と。

>「やりたくないことを無理矢理やらされる=努力」

まぁ正直、この考え方は必ずしも間違いではないと思っています。
自分で自分に(できればやりたくない)課題を課す訓練には確実になっていたと思いますよ、今思うと。
ただそれは自発的に行動して、かつ理解できるようになればという条件つきで、
意味も分からずただやらされて身にもつかず、では意味がないんですよね。
そこまでわかってやらせるのと、ただ盲目的にやらせるだけなのでは大きな違いだと思います。
2008/07/13 (日) 14:06:36 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
そうですねー。
現状、携帯小説の主な読者って所謂「ターゲット層」のヤングでしょうから、そうすると馬鹿製造機(自分にとって心地よく純度の高いカタルシスを得ることができる)としての機能を果たしますし、
価値観が凝り固まった大人は、そもそも読まないですね。読んでも
「やっぱりゴミクソのような内容だった」
としか思わないわけで・・・
これが、冒頭でルロイさんが仰ってる携帯小説「読む派と読まない派の断絶」みたいなことなんでしょうね。
ここでガッカリなのは、実は読んでるヤングの方も馬鹿製造機作用によって考え方が凝り固まってしまっていることなんですよね。
読む派も読まない派も両方馬鹿という(笑)
少女漫画とかを「へー、こういうこと女の子は考えてるのね」(←男)って読める人じゃないと、教材にはならないでしょうな~(笑)
2008/07/13 (日) 22:02:56 | URL | R.M #-[ 編集 ]
携帯小説派とアンチ携帯小説派(と、あえて分かりやすく二項化してみる)の差って、
かなり早い段階から生まれている気がするんですよね。
かたや「異性交遊が大好き」で「勉強ができない」生徒だった人で、
かたやその真逆というか(本当はもっとたくさんの要素で真逆の関係になってそう)。
価値観の壁は根深そうです。
2008/07/15 (火) 22:03:06 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
携帯小説、面白いのもありますけどね。
ラノベよりも更に気軽に読めるって点では、ソコから何かを得るとかいう要素は薄いですけど暇潰しにはなる。
でも、本質的にはホントの読書とはちょっと違う情報取り込み法だと思います。
なんてーか、気軽に読める分、情報として「軽い」っていうか…
本って、物理的に存在するモノだから、どこいらへんのページに何が書いてあったとか、好きな表現の下りに折り目を付けたとか、厚い本だから今日はココまでとか、夏の暑い日にじいちゃん家の縁側で読んだとか、そーゆー体感的な記憶と共にあるんですよね。

まあ、読書をしないコトが人間的にダメになるコトと直結するとは思いませんが(だって、本のない時代にも人間は存在していたし、思考もしていたもの)、物理的な本を読んで育った世代とは感覚的に異なる情報の捉え方をするようになる可能性はあるかなと。
2008/07/17 (木) 13:52:57 | URL | 叡天 #-[ 編集 ]
それこそ高級料理とジャンクフード並に違いますよね。
ちゃんとした食事と間食の違いといった方が近いかな?

携帯小説は基本的にメールの延長線上の話し言葉なんで、
書き言葉とか論理的な文章構成とか、
そういう部分で差が出そうな気がします。
2008/07/17 (木) 20:11:10 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
ケータイ小説に関しては、そこまで否定的でもないんですけどね、私の場合。
家庭用据え置きゲーム機と携帯で出来るミニゲームの差みたいなもので。
たまさか現在のケータイの機能でストレスなく読める枠内で
娯楽として読める範囲に納めたのがケータイ小説なのかな、というか。
それが、同じケータイ文化であるメールの文体や感覚と結びついたんでしょう。
いわば、ケータイという発展途上のメディアが生んだ、
過渡期の作品形態なのかなーと。

当然の事ながら、メディアが変われば物語も、知のあり方も、
人の考え方も変わります。
ウィキペディアのお陰で、十冊くらいの大判の「百科事典」という存在は
価値を失いました。
物語にも、同じような時代の要請は起こっているでしょう。

それでも私が、まだ「本は読んだ方がいいよな」と思うのは、
ケータイはもちろん、インターネット上で得られる知も、物語も、
書籍から得られるそれらの深さにまだ届いていないなと思うからです。
あえて言えば、「それだけの理由」に過ぎません。
2008/07/18 (金) 00:45:30 | URL | zsphere #mgsj5vwc[ 編集 ]
携帯の小さな画面に表示できる情報量なんて、たかが知れてますからねえ。
製本された書籍ですと、目で追ってる部分以外からも必然的に数多くの文字が視覚に飛び込んでくるので、情報の前後関係が無意識レヴェルにまで喰いついてくる……ってな可能性を今考えました。
可能性だけですが。

先述しましたCDの解説も、実際のCDの音を聴きながら読んで初めて「生きた」情報になると思いますし。
複数の情報が、単なる個別の情報から「知識」なるものへと昇華するには、何か総合的な感覚の「リンク」が必要な気がするのです。
今読んでる400ページくらいの本も、もしも携帯で読んだら……って想像してみますと、なんか同じ理解を統一的に得られる気がしないんですよね。
情報が小さな画面によって「断片化される」というか……。
ってのも、単なる私の体感ですが。

実際どんな時でも、意識より無意識が認知してる情報の方が多いハズなんですよね。
文字情報もその中には当然含まれてる気がするのです。

……という件について明日、認知心理研究室のかわいーおんなのこと徹底的にディスカッションして来ます(ソレが目当てかっ!
2008/07/18 (金) 02:09:53 | URL | 闇鍋影人 #-[ 編集 ]
なんかだんだん携帯小説の話になってますね。
私は携帯小説を読みませんが最近書籍化されるのを見ると一定の評価はされているのかなと思います。(もっともそれを読むのが読書家とは限りませんが
そもそも携帯の小さい画面で読むのでは読み応えがあるのかと疑問に思います。
・・・それ以前にあの小さい画面を長時間見ていると目が疲れます(汗

>それこそ高級料理とジャンクフード並に違いますよね。

これは納得です。
ようは今、人々は気軽に楽しめる“ジャンクフード”を求めているのだと思います。

最近売れている本を見ると雑学本が多いですし。
本以外だとファーストフードの売れ行きが好調だったり、芸人では一発屋と称される一発芸が流行し、ドラマも気軽に楽しめる作品が好評です。
今の現代人は名作の“奥深さ”より流行の“気軽さ”を求めているのかと。
最近周りの人々を見ているとつくづくそれを感じます。
ましてや私みたいに“罪と罰”を読んでる人は皆無に等しいですw

この状況を考えると「読書家」が少数派になってしまうのも時間の問題なのかもしれません。
2008/07/20 (日) 11:17:53 | URL | クレア #I4t1ZHtI[ 編集 ]
媒体の宿命
私が上で述べた「馬鹿製造機」っていうのは、媒体そのものの性質というより、媒体が置かれている状況(携帯の機能を使いたがるのは若者が中心)から中身の情報が規定されてくるみたいな話なんですけど、
zsphereさんが仰られてるのは、携帯の機能的な制限から中身が決まってくるというお話ですよね。
しかしながら何れにせよ、携帯小説といジャンルは制限が多いので、栄養が偏りがちっていう感じはしますね。
本はやはり1000年単位(詳しくは知りませんがw)の昔より存在している媒体なんで、「本は本」っていう共通認識みたいのがあって、それが作者の自由にやれたり、深い知識を織り込んでいける土壌を育んでいるように思えます。
あと、そんなわけで機能的にも洗練されているんですよね。ちゃんと文章を読みやすいように整備されています。
それと闇鍋影人さんの仰られている、「体感的」な部分っていうのも本の優れたところかなとも思います。
なんていうか・・・電子辞書と辞書の差と言いますか。
昔の人って辞書を電子辞書ばりに早く引くよねー・・・みたいな話ですね。
この場合、多分目的とする項目以外のワードも関連付けられる形で無意識に覚えてるんじゃないかな、と闇鍋影人さんの文を見て思いました。
2008/07/20 (日) 22:18:17 | URL | R.M #-[ 編集 ]
連投すいません
あ~、本の体感的な部分については叡天さんが既に仰られていたのですね。
それと、情報のとらえ方が変わってくるということについては、確かに考えてみると既にそういう匂いみたいのはあるなと思いました。
トリビアとか、○○が5分で分かるみたいなTV番組って最近多いですよね。
知識を縦に積み上げるんじゃなくて、水平に並べる・・・みたいなイメージはあります。
そういうことって、本が廃れてるのとも無関係じゃないと思います。
2008/07/20 (日) 22:32:25 | URL | R.M #-[ 編集 ]
>zspehreさん
自分も、決して携帯小説を評価していないわけではないです。
むしろ面白いものは好きですし、自分で書いたこともあります。
盲目的に携帯小説を否定している人には知性を感じないですね。

仰るように、携帯を通して物語を読みたいと思ったときの、
現状での最適な形なんだと思います。
今は携帯で漫画を読めたりもしますけど、
やはり本と同じ内容のものを携帯で読むのはちょっと辛いものがありますしね。

メディアを移すというのはとても難しいことで、
新聞の電子化なんかもかなり形を変えないと難しいと思いますし、
結局はそういう中での1つでしかないんだろうなと思います。

>闇鍋影人さん
携帯ってのは所詮電話でしかないわけですからね~。
そこに情報量を求めること自体がナンセンスなんでしょうね。
情報量としてはチラシとか、中吊り広告とか、テレビのCMとかに近いんだろうなと思います。
物語式になってるCMなんかに近いのかも。

>R.Mさん
たぶん携帯小説がこれまでの小説に、本質的に取って代わることなどないでしょうし、
根本的に違うものだと思うんですよね。

ただ、携帯小説が書籍化されて、しかもそれなりの売上があるという事実から、
じゃあ売れるから携帯小説みたいなのいっぱい出しちゃえということになると、
他の本が書店から排除されてしまう可能性がある、というのが現実的な問題なのかなと思います。

これは情報の捉え方が変わってくるということもあると思うんですけど、
単純に今まで本を読んでいなかった層がそういう本に手を出すようになったというだけのような気もするんです。
変わったんじゃなくて、パイが増えただけなんじゃないかと。

スポーツにおける野球の低迷に似ているような気がするんですよね。
本質的な価値が下がったんじゃなくて、他の価値が上がっただけなんだ、という意味で。

だから「本は素晴らしい」というのではなくて、
本はどういう時に読むもので、どういう効果が得られるのか、
というのを明示して他の媒体との差別化を図らないと、
なかなか苦しい未来が待っているのかなと思い始めたところです。
2008/07/21 (月) 12:11:18 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
お詫び
zsphereさんからコメントを頂いたのですが、
誤って削除してしまいました。
本当に申し訳ありません。管理人として深く反省しています。
以後二度と同じ過ちをしないよう心がけたいと思いますので、
また何かありましたらコメントをいただけると幸いです。
大変失礼いたしました。
2008/07/25 (金) 22:29:53 | URL | ルロイ #-[ 編集 ]
アメリカの小説で小学校の国語の授業がでてきました。
それによると向こうでは読書感想文等をかかせるのではなく、もうお話を書かせてそれを添削して文章力をつけさせるというやりかたのようです。

2008/12/29 (月) 15:47:09 | URL | DN #mQop/nM.[ 編集 ]
日本の学校でそれをやらせるのは難しいでしょうね。
教師の負担が大きすぎるからです。

公立学校の教師は、全員がそうとは言えないまでも、
職務遂行よりもその聖域を守ることを優先する傾向が強いですからね…。
全国テストの公開に反対している理由は、
本当は生徒が競争主義になってしまうからではなくて、
教師が競争主義になってしまうことを恐れているから、なので…。
2008/12/29 (月) 18:12:02 | URL | #-[ 編集 ]
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