がんだまぁBlog
ガンダムネタだけを語るブログです。
人類全てがニュータイプになったらどうなるか・番外編
 論を進める前に、そもそも管理人にとってニュータイプの定義は何なのか、というのを明確にしておかないと、どうも不毛なやり取りが今後発生しそうな気配を感じるので、改めて「ニュータイプとは何か」を定めておこうと思います。

 まず前提にしておかなければならないのは、「ガンダムシリーズの作中においてニュータイプの明確な定義は存在しない」ということと、「ニュータイプには"観念的ニュータイプ"(ジオン・ダイクンが提唱したもの)と"科学的ニュータイプ"(サイコミュ適応者)の二つが存在するということです。
 前者においては作中だけでなく、富野監督を含むガンダム関係者一人一人においても違いますから、そもそもアニメ、漫画、小説などの描写や文字設定から定義を持ってくるのは実質不可能です。
 後者はあくまで物語中(設定上ではなく)の定義の話で、事実上定義は二つしか存在しません。ただしシャアはジオン・ダイクンの思想を誤解している節がありますし、アムロも別の答えに辿り着いているように見えます。なので、"観念的ニュータイプ"に対する考え方はやはり人それぞれです。それに対し"科学的ニュータイプ"は単純明快であり、唯一ニュータイプであるか否かを明確に判断できる要素です。ただし、この「サイコミュ適応者」がジオン・ダイクンの思想と合致するかどうかはまったく別であり、それはキリストは神だったかを論じるのと同レベルの問題です。宇宙世紀の科学世界においては、便宜上サイコミュ適応者をニュータイプと呼んでいるのであり、観念的な意味でのニュータイプとはイコールではないということに気をつける必要があります(だから、Vガンダムの時代においてサイコミュ適応者は「サイキッカー」と呼ばれていたのでしょう)。

 要するに、ニュータイプという存在について確実に言えることは「サイコミュを作動させる特殊な感応波を持っている」ということだけであり、それ以外の要素は全て推測に過ぎないということです。ならば、それを基点として「実際にニュータイプが存在するならどういう存在の事を言うのか」を考えるしか無いだろう、ということです。
 故に、本来は混乱を避けるために「ニュータイプ」ではなく「サイキッカー」と呼んだ方がいいのでしょうが、それではガンダムの話をしている気がしなくなるので(苦笑)誤解されるのを承知でニュータイプという単語を使っています。

※今回はこれに時間を費やすので、小説の更新は延期します。申し訳ないです。
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人類全てがニュータイプになったらどうなるか・その3
 そろそろ続きを。今回のテーマは「誤解なくわかりあうとどうなるか」という話です。
 ニュータイプの定義として「誤解なく分かり合うことができる」という要素があります。本当にそれが可能かどうかという点ですが、これはニュータイプがサイコミュ通信を行える人間と言うことであれば、それは脳波レベルで通信をしているということで、言わば脳同士で会話していることになります。だとすれば、いわゆる「感覚」を共有できるということであり、例えば「ほらあれだよあれ」と言われた時に、その人間が思い浮かべている何かが見えるということなんだと思います。
 この手の「あれ」で会話が可能な状態のことを俗に「つーかーの仲」と言うわけですが、実際我々がそのような仲になるのケース、お互いのことを極めてよく知り合っている状態に限定されます。ある程度の共通認識が存在しているからこそ、指示代名詞だけで会話が通じるということです。赤の他人が「あれ」といわれても推測の選択肢は無数ですが、分かる人間はその時の状況や相手の性格、行動パターンから選択肢を絞ることができるわけです。それは相手を知っていなければわからないことです。
 ニュータイプは赤の他人と「つーかー」になれるのです。何故か?それは脳波を介して他人の考えていることを一瞬で感じ取ることができるからです。この能力が、「誤解なく分かり合える」という理由です。

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人類全てがニュータイプになったらどうなるか・その2
 前回は、人類全てがニュータイプになったら言語文化が衰退し、結果人類は滅びるのではないかということがテーマでした。
 今回は、ニュータイプの意志伝達能力はどれほど発展するか?という話をしたいと思います。
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人類全てがニュータイプになったらどうなるか・その1
 というわけで企画物いきます。ちょっと「話し手」と「聞き手」の責任はどちらが大きいかということを考えた時に派生したネタです。
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